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私は柳家小三治に何を期待していたのか?~2018年10月3日 鈴本演芸場  柳家小三治~

嫌ですねぇ、情報ってやつは

 

自分が良いと思えば良い。良くないと思えば良くない。それでいいじゃないですか。そう思いませんか、ねぇ。

 

私の趣味はいつの間にか落語になりました。

 

What did you expect from Kosanji Yanagiya

 兎角世間というものは情報に流されやすい生き物である。人が良いと言えば良いと感じ、人が悪いと言えば悪いと感じる。どうしてこんなに流されやすいのだろうかと思っていると、それは芯が無いからなのかもしれない。或いは、自分に自信が無いからなのかもしれない。或いは、そもそもそういう判断力、決断力が無いのかもしれない。

 いずれにしろ、人は情報化社会(もはや死語?)の中で、ありとあらゆる情報の中から取捨選択して自らの言動、行動を決めている。

 自分の目や耳や肌で感じたことの無い情報であっても、ある程度発信者に信頼を寄せていると、情報を鵜呑みにしてしまう人が多いのも事実だ。有名なブロガーが言っているのだから、この落語家は面白いのだと信じ込む人。有名なアーティストが良い曲を作ったと言うからいい曲なのだと思い込む人。否、当の本人たちは信じ込むとか思い込むとか言うよりも、本気で信じていたり思っていたりする。

 でも、それって本当のところはどうなのだろう?と私は思う。人が良いというものが、必ずしも自分にとって良いものになるだろうか。人が悪いというものが、必ずしも自分にとって悪いものになるだろうか。私は、私が見たり聞いたり肌で感じたことだけを信じていたいと思うのだ。なぜなら、そこに私という存在を見出すことが出来るから。

 今日は鈴本演芸場に行って柳家小三治師匠を見ることに決めていた。私にとって柳家小三治師匠に対する思いは「人間国宝がなんぼのもんじゃい」だった。肩書きはその人を知る上で確かに重要なことだろう。後世に名を残す者として栄誉あるものであろう。けれど、私にとってはそんな肩書き抜きで、今自分は柳家小三治師匠に何を求めているのか、ということに結論を出したかった。もう齢七十八だからいずれ見れなくなるという希少価値、人間国宝という一応の肩書きの現在地、どんな間で話すかという技術的な面。そういったものを享受できるのではないかという淡い期待を胸に、私は柳家小三治師匠を見ることに決めていた。無いと言えば嘘になるが、「死ぬ前の柳家小三治を見たことがある」という事実が、後々胸を張って威張れるのではないかという、実に矮小な見栄を得たいという欲求もあった。それらを含めて、私は鈴本演芸場に入った。

 会場は予想通りの超満員である。常連が多い。そして何より落語通が多いように感じられた。中央の後ろ側に初めての客っぽい層が多く、中央前列は常連、左右は落語通という布陣に感じられた。こういう寄席は大体の場合笑いが少なく、玄人好みで演者達も苦労するだろうなぁ。という印象である。特にトリが柳家小三治師匠という人間国宝であるから、そこに対する期待感が半端ではなく、もはや見慣れた寄席芸人は軽く流されてそそくさと消えて行く。久しぶりにそんな玄人の寄席に来たなぁというのが、私の客層に対する印象である。今のところ、同じ雰囲気を持っている落語家に出会ったことはない。

 かくいう私も、お目当ては柳家小三治師匠である。それ以外は大変申し訳ないがオマケという印象になる。ただ淡々と寄席特有の演者達のリレーが続き、柳家小三治師匠が出てくる。当然、待ってました!の掛け声をかける者もいる。だが、ここで私はやはり何か一種独特の違和感を感じた。その違和感の正体を暴くために、文字を費やそうと思う。

 ゆったりと柳家小三治師匠が歩いてくる。座布団に座って客席に頭を下げる。その時に、私は他の若い落語家さん達に対する思いとは別の感覚を抱いているような気持になった。

 一つは、そう寿命が長くないということを感じさせたという点。そこには漲る生命力というものはなくて、ただ普通のお爺さんが着物を着て出てきただけという雰囲気があった。ところが、拍手はその何倍も勢いがあって、そこに何か違和感があった。ただ普通のお爺さんに対する反応じゃないよな、この拍手。という感じがしたのだ。

 真打昇進したばかりの若手に向けられる拍手と、柳家小三治師匠に向けられた拍手は、大きさとか勢いとかは似ているのだけれど、そこに籠る思いは大きく異なっているように感じられた。若手真打に対してはこれからの未来への期待とこれまでの労いを込めた拍手に感じられた。ところがどうにも、柳家小三治師匠には一体何を期待しての拍手なのだろうという疑問が生まれた。これは単純に凄い物を見せてくれるという期待なのだろうか。でも、どこからどう見ても凄い物を見せてくれるというような風貌ではない。少なくとも私にはそんな風に感じることが出来なかった。

 例えば、これが二十年前だったら印象は違っていたのかも知れない。その頃の柳家小三治師匠が発揮していたものと、今の柳家小三治師匠が発揮していたものは異なっていると思う。だが、それを明確に比較することは出来ない。柳家小三治師匠が若い頃に生の体験をした者でしか、それは判断することが難しいと思う。一つ言えることは、50代の頃には50代の頃の良さがあるように、今の柳家小三治師匠にも今の柳家小三治師匠の良さがあるのだ。それが私にとって良いものか、悪いものかということは、まだはっきりとはしない。

 自分にとって何が良いとか悪いとかいう判断というか、自分が何に対して良いと感じたかということは説明できる。柳家小三治師匠においては間、だ。言葉を発するリズム、その拍、余白、湯飲みを飲む時間、物事を考える時間、演目へと話を繋げる時間、そして演目が始まった後の間、全てが小三治師匠の間なのだ。他の誰にも真似のできない間だと思う。けれど、それが私には少し冗長に感じられる時間があった。

 早く演目を聞きたいという私の勝手なワガママもあったのだろう。おそらく、それが小三治師匠のマクラを冗長だと感じた一番の大きな原因だったと思う。要するに私が大ネタを期待してしまったのが良くなかったのだ。なんて欲張りだったのだろうと自分を恥じた。一期一会とは言いながら、やはり人間国宝に期待してしまう自分が情けないと思った。

 そんな中で、やはり冒頭のマクラは印象に残った。ごく当たり前のことなのだけれど、改めて柳家小三治師匠から言われると、そうだよなぁ、と思う。

 人が良いとか悪いとか言っても、結局は自分で良いと感じるか悪いと感じるか、そこにその人の感性があるのだということ。ちっぽけでありきたりな哲学かも知れないけれど、小三治師匠の間と声で言われると胸に迫るものがあった。

 小中高校のお話をされてから、趣味の話をふって、演目は『野晒し』。節が良くって気持ちがいい。感動するほどのものではないけれど、静かに朗らかに終わっていった。

 なんだろう。柳家小三治師匠の落語を聞いていると、自分というものが見えてくる気がするのだ。自分が何を好み、何を良しとし、何を悪しとしていたか。そういったことを考えるきっかけを頂いたように思う。

 

 別冊太陽という雑誌で柳家小三治師匠の特集をやっていた。掴みどころが無いなぁ、と思う反面、小言めいたことも仰られていた。でも、詰まる所、人から何を言われたって、自分がどう感じたかの方が大事なのだ。

 もちろん、柳家小三治師匠に何かお告げのようなものを言われたら、その通りだと思うかもしれない。その通りだと思うことは間違いではないし、悪いことでもない。同じように、そんな訳ないじゃん、言ってることは全然違うよ、と思うことも間違いではないし、悪いことでも無いのだ。

 何が正しいとか正しくないかというのは世間が決めることではなく、自分自身が決めること。だから、自分が正しいと思う方を選択することが正しいし、自分が正しくないと思う方を選択することが正しくないのだ。ん?ちょっと違うかな(笑)

 こんな当たり前のことを頭ではわかっていても、いろいろな問題が起こる。未だに誰かと誰かは喧嘩をしていたり、何かと何かはしょっちゅうぶつかって傷つけあっている。酷いと思ったんです!と発言したら、顔の知らない人達が「それは酷いね、それは酷いね」と言って助けてくれて、酷いと思った人がひとまず安らぐ社会もある。

 でもそれはただ単に量の問題であり、量が質を決めている状態だと思うのだ。見知らぬ人にお尻を触られました。最悪ですよね、触った人の顔を晒します。と言ってネットにお尻を触った人の顔があげられる。それを見た大勢の人たちが「酷い」とか「個人を特定しました!」と言って躍起になる。でも、それってどっちの方が酷いとか、一応の目安はあるけれど、どっちが悪いって最終的には言えないんじゃないだろうか。その境界って実はとても曖昧なものなんじゃないだろうか。

 何か、そういうドツボにはまっていきそうなことを考えさせる柳家小三治師匠の高座だった。本当はそんなことなど一切気にせずに、良いも悪いも含めて気楽に生きられたらいいなぁ。なんて思ったりもするのだ。

 最後に、私は柳家小三治に何を期待していたのか?きっと大ネタであり、痺れるような感覚だったのだと思うのだが、今日の高座を見た感じでは、どうやら柳家小三治師匠からそれを得るよりも、文菊師匠や伸べえさんの方がそれを得られそうな気がするという結論に至った。それはきっと自分の感覚なのだと思う。今の自分の感覚が柳家小三治師匠とフィットしなかったのだと思う。もしかしたら、どこかのタイミングで、柳家小三治師匠の演目からそういう感覚を得られるかもしれない。でも、それは激しく追うほどのものではないという結論に至った。それを知れただけでも、私にはとても幸運なことである。

 鈴本演芸場を出ると、テレビクルーの人たちが感想を求めていた。私はスルーして家路についた。

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