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知的なアウトサイダーズ~10月12日 渋谷らくご 立川吉笑 桂春蝶 笑福亭福笑 林家きく麿~

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ティッシュや、これ絶対ティッシュ

 

これ何の笑い?

 

15対0やぞぉ!

 

だし昆布じゃねぇって言ってんだろぉ! 

 

知的なアウトサイダーズの会、開幕!

  暑い日だ。行き交う人々の顔が少しばかり固く見えるのは、自分の顔が柔らかすぎるからだろうと思う。見てもらう占い師にことごとく「あんたは優しい」と言われてきたせいか、どうやらそういう顔つきらしい。金曜日の夜ということもあって、既に酒の席を整えたらしいご一行が街を歩く姿がちらほら。仕事が半ちくになったので、私は酒も飲まずに渋谷に行って落語を見ようと思い立つ。

 渋谷らくごはユーロライブという場所で行われており、最初に会に行った日はとにかく迷った。グーグルマップ先生もお手上げということで、近い場所をグルグル回った記憶がある。今ではスマートな一本道。セブンイレブンが潰れていて無くなっていたのには驚いた。

 20時スタートの渋谷らくごの会に行ってきた。幸運にも良い席が取れた。ざっと見回すと女性が多い。落語会は結構女性が多い、特にイケメンが出る日は。

 話は変わって、この記事を読む前に最初に記載しておこうと思う。

 

 私は世間の評判だとか、世間を騒がせるニュースだとかにはあまり興味が無く、自分が面白いと感じたものしか信じない人間である。だから、何も憚らずに言うが、桂春蝶が出ようが出まいが、私には関係の無いことである。恐らくこのブログを更新することによって、何かしらアンチがやってくるかも知れないが、そんなことは私にはちっとも関係が無い。私は私が良いと思った芸を見たいし、自分の中で言葉でもって刻み付けたいのだ。だから、私は書く。

 

 立川吉笑『くじ悲喜』

 このネタは二度目。一度目はソーゾーシーのメンバーと新宿末廣亭深夜寄席でやった時に見た。ここぞ、という時にやるネタらしく、二度目に聴いたが面白い。それに芸が細かい。落語は想像の物語であるが、その想像を過大に観客に要求する落語です、という断りを入れてから落語に入ったが、動作や言葉遣い、手ぬぐいの使い方など、見る者すらも惹きつける所作。登場人物が変わる時に、見事に手ぬぐいを折ったり、戻したり、その芸の細かさに驚いた。

 内容はざっくり『くじとくじの話』なのだが、どこかで同じような体験をしているかも知れない。と思った。というのは、男同士で部活動をサボったりした時に、『くじ悲喜』の登場人物達のような会話をしたような記憶があるのだ。内容は全く違っても、どこか似通っている、いわば『男子学生がふざけあうノリ』が籠っているような気がする。その中で自らの立場や、自らの考えをぶつけたりしながら、時に流されたり、時に誘導したり、心の駆け引きみたいなものが見事に表現されていて笑えるのだ。一見、設定だけで終わりそうなネタを、さらに幾つもの起爆剤を仕込んで爆発させていく吉笑さんの落語は、とてもテクニカルでありながら伝統的だと私は思う。小ゑん師匠の『ぐつぐつ』における『おでんの擬人化』、喬太郎師匠の『母恋くらげ』における『海洋生物の擬人化』など、人間でないものを擬人化するという手法を、吉笑さんは『くじの擬人化』を行い、その悲喜こもごもを見事な話術と展開で見せていく。根本に流れるのは、自分のアイデンティティとか考えを自分以外の考えや個性とぶつけ合わせていく、そうした青年期における人格形成の様、みたいなものを私は『くじ悲喜』から感じた。大いに笑った。最高の開口一番である。

 

 桂春蝶『短命』

 お待ちかねの(笑)春蝶師匠。出てくるなり客席から「待ってました!」、「三代目!」の掛け声。さぞ嬉しいだろうなぁと思って春蝶師匠を見る。座布団に座って話始めたのは『野球の話』。これがもう爆笑である。フリとオチが見事に決まった小噺の後で、最後は春蝶師匠の奥さんが春蝶師匠の仕事を表現した時の一言。これは言い得て妙というわけで、敢えて書きませんが、素晴らしい一言。その流れからの『短命』。

 もう知的なオーラが全開、そして語り口がお見事としか言いようがない。身振りと美しい声と間。ああ、素敵だなぁ。なんだか美しいクラシックでも聞いているような調べにただうっとり。

 短命という話は、美人と結婚した旦那が次々と死んでいき、それを不思議に思った男が、甚兵衛さんのところに行き、事の真実を知って家に帰って自分の妻と会って一言言う話である。この話をあれほど見事に広げ、かつ魅力的な言葉で彩れる春蝶師匠には脱帽である。前回書いたと思うが、林家しん平師匠のような『一歩間違えたら詐欺師』感は十分に醸し出されていたが、声と間と言葉のセンス。どれも面白くて最高だった。

 私は芸人の日々のスキャンダルはあまり気にしない人間である。それは裁くべきところが裁けば良いのであって、あの桂三枝師匠でさえ不倫問題で音声が出ながらも、舞台に上がって落語をやっている。きっとあの会場にいた誰も「ふざけんな!」とか「DV野郎!」なんて思わずに見ていた。そういう幸福な人間が多いのだ。それを「馬鹿な野郎どもだ、頭がお花畑になりやがって」と思ってもらっても結構である。私は自分が素晴らしいと感じるからこそ見に行くのであって、それ以上でも以下でも何でもない。

 そんなことをなぜ強く思ったかと言うと、次の笑福亭福笑師匠に繋がっていく。

 

 笑福亭福笑『憧れの甲子園』

 お初の福笑師匠。吉笑さんがマクラで「楽屋であれだけ笑かす人初めてですよ。モンスターですよ」と言っていたので楽しみだった。その前評判を大きく上回るモンスターっぷり。もう落語じゃなかったら炎上騒ぎになる問題発言連発の落語、『憧れの甲子園』、内容は酔った野球部の監督が色々と言う話なのだが、これが抱腹絶倒。次から次へと吐き出される言葉が面白すぎて半端ではない。もう笑いすぎて腹と頬骨が痛くなり、正常な状態でいられないほど笑った。

 痛快なのである。とにかく痛快なのである。色々な品格だとか、表向きの体裁を整えていた監督の、腹に溜め込んだ鬱憤を全て吐き出していく爽快感。誰一人として「それは問題発言だ!」とか「最低の教師だ!」なんて野次を飛ばすものはいない。ただただ笑うのである。それは、前記事で書いた『道徳性と不道徳性のぶつかりあい』があったからだと思う。

 こんなに面白い落語家がいたのかという驚きと、滲み出るフラ。そしてあの耳に心地よく響いてくる声。全てが最高のおっちゃん感の中で花開いていた。客席などは爆笑に次ぐ爆笑で、今まで味わったことが無いくらいに笑い続けた。人生で一番笑い続けた落語である。もっといろんなネタを見てみたい。それくらいに素晴らしい落語家さんである。

 福笑師匠の落語を聞き終わった時に、私の心には「なんでもいいんだ」という気持ちが湧いた。たとえ世間でどれだけ非道な人間と罵られようとも、どれだけ貶されようとも、人間は道徳と不道徳の両方を内心に秘めている。不道徳な面ばかりが取り上げられ、いろいろと叩かれる。随分と息苦しい世の中になったものだと思う。でも、どんだけ綺麗なアイドルでも便所で用を足すように、綺麗なものは全てが綺麗なものではない。反対に、汚いものは全てが汚いわけではないのだ。兎角、人は汚いものを嫌い綺麗なものを好む。道徳を敬い、不道徳を嫌う。質実剛健な生徒と建前では言いながら、実際はヤンキーだったり、良妻賢母な女性と建前では言いながら、実際はずべただったり、そういうものを全て内包して全て肯定する。それでいいんです、あなたは!と認めること。福笑師匠を見て改めて思った。そして、最後のオチが最高でした。

 

 林家きく麿 『だし昆布』

 福笑師匠で笑い続けた後で、さらにきく麿師匠が待っているという、まさに『笑いの過剰摂取によるオーバードーズ』の危険性を感じた。でも、きく麿師匠のプレッシャーは半端じゃなかったと思う。前の福笑師匠というモンスターが阿保みたいにウケていたのだから、かなり内心は緊張されていたのではないかと思う。そんな中で、会場の様子を探りながら、見事に後半で爆笑をかっさらったきく麿師匠の『だし昆布』。途中から「あれ?なんでそんな動作するんだ?」という疑問を一気に解消するパワーワードの後で、もう笑ったが最後、逃がさないぞ!とばかりに畳み掛けるような笑いの連発。もはや狂気すら感じさせる人物が登場する中で、見事に一つのファンタジーを作り上げたきく麿師匠。福笑師匠のようにゆっくりとした大振りのスイングで爆笑をかっさらうスタイルとは対照的に、来てもいない空想の球を何度も何度もスイングしてかっ飛ばすスタイルのきく麿師匠。今回の会を通して通底していた野球のテーマをこじつけるとすれば、きく麿師匠はホームラン率は高くないが、ヒット率は高い印象。とにかくホームランしか打たなかったのは福笑師匠という感じで、吉笑師匠は部室でふざけあっている野球部員。春蝶師匠は野球を分析し野球そのものについて考えていた感じ。そしてホームランをバカスカ打った福笑師匠。きっちり鮮やかなヒットを連発したきく麿師匠。一言で表すならば『知的なアウトサイダーズ』という感じだった。

 最後は歌謡ショー、『昔の名前で出ています』をきく麿師匠が熱唱。握手もしていただく。意外に手が冷たかった(笑)

 

 総括すると、人生で一番笑い続けた日になった。腹と頬骨の痛みが心地よい。あの気分から少し気持ちは落ち着いたが、とにかく笑っていたので冷静に分析するスタイルは成りを潜め、ただただ感動だけをお伝えする記事になった。でも、いいんです。なんでもいいんです。とにかく笑えたら、それだけでも幸せってことでいいんです。そういうもんです、落語ってのは。

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