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自称・演芸ブロガーが語る日本演芸(落語・講談・浪曲)ブログ!

讃花鳥笑歌~4月21日 新宿末廣亭~

朝顔 昼顔 夕顔あれど

寄席に咲くのは笑顔の花ぞ

誰が咲かすか 高座をごらん

扇子 手ぬぐい 座布団一つ

裃振り分け 江戸の風

 

私の心の草花は 光を浴びねば育たない

養分取らねば育たない

笑いという名の光を浴びて

笑合成でもしやしょうか

色んな笑を浴びましょう

自分一人じゃできないことも あなたとならばできやしょう

  わたし、笑う

 空気を吸って、ちょっと屈伸。

 うん、今日もいい天気。カーテンを開けて、窓の外。

 わんわん吠えている犬がいる。

 わんわん鳴っていた選挙カーはもう通らなくなって、

 いつもお願いをしていた人の、お願いが叶ったかどうかも分からない。

 ちっぽけな私の力で、誰を助けられたんだろう。

 ありがとうって言葉は、永遠に帰って来ないまま、

 迷子になってしまったようで、なんだか寂しい。

 まどろむような朝。珈琲にミルクは溶けていく。

 聞こえない音を鳴らすオルゴールが回る。

 誰かに会いたい、そんな気持ちだけが私の中にある。

 

 素敵な人に出会うと、素敵な人になれる気がする。

 素敵な本に出会うと、素敵な人になれる気がするみたいに。

 素敵な言葉に出会うと、素敵な人になれる気がする。

 素敵な音楽に出会うと、素敵な音楽を口ずさむ人になるみたいに。

 素敵な場所に行くと、素敵な人になれる気がする。

 素敵な景色を見ると、自分が素敵な景色の一部だと気付くみたいに。

 私は毎日素敵なことに出会って、どんどん素敵になっていきたい。

 毎日毎日素敵になる自分を信じていたい。

 わたし、笑う。きっと自分が知っている一番素敵な笑い方で。

 わたし、歩く。きっと自分が知っている一番素敵な歩き方で。

 わたし、見る。きっと自分が知っている一番素敵な見方で。

 わたし、話す。きっと自分が知っている一番素敵な話し方で。

 わたし、聞く。きっと自分が知っている一番素敵な聞き方で。

 私の顔も、足も、眼も、口も、耳も、きっと自分が知っている中で

 一番素敵なものに近付いている。そんな風に私は私を信じていたい。

 柳家小里ん師匠と柳家喬太郎師匠の名前を見た時に、行かなきゃって思ったのは、そんな風に思ったからなのでした。

 

 寄席に咲く

 寄席の木戸口から連なる行列を眺めていると、今日一緒に空間を作ってくれるのは、この人達なんだな、といつも思う。

 もう本当は私のことを知っている人も、

 私かなって思っている人も、私のことを全然知らない人もたくさんいる。

 同じように、私も相手のことを知らないし、この人かなって人もいる。

 みんなが寄席を作っている。

 考えてみたら、物凄い奇跡。

 きっと、こんなに大勢の人がいるんだから、この空間に混じり合わない人もいるだろう。でも、それは決して悪いことじゃない。混じり合えないまま生きて行くことだって、とても大事なことだと私は思う。

 許せないことを許せないまま生きていくことと同じように。

 笑えないものは笑えないまま生きていく。

 そんな自分を認めていく。他人と違うからといって、自分を否定する必要なんて無いのだ。ただ一つの座席に寄っていくだけだから、寄席なのだ。

 今日も私は寄席に行き、自分の好きな場所に座りました。お気に入りの場所に座れたので、今日一日、ここに座り続けようと思って座りました。特に気にすることは無かったのですが、隣の人の笑い声が聞こえると、なんだか嬉しいものです。

 自分一人じゃないんだ、笑っているのは。そう思うと、ぷかぷかと湯船に浮かぶアヒルのように、この空間に居続けることが出来る幸福が、呑気で温かいのでした。

 

 昼席の温度

 り助さんの勢いのある与太郎を聞いた後で、柳家小もんさんが出てきました。とても乙な人です。粋な人です。私は小もんさんが出てくると、ほっとします。ゆっくりと湯船に浸かるような心持ちになるからです。

 優しくて、温かい温度で語られた『手紙無筆』の後で、お次は桃月庵白酒師匠です。軽やかなリズム。サーフボードに乗って温かい海を滑るような『ざるや』。雲助師匠の絶品の『ざるや』が、白酒師匠の中で生きているように思えて素敵でした。

 高座から漂う素敵な匂いと、可愛らしい語り口が絶品の桂やまと師匠『近日息子』の後で、橘家半蔵師匠の『反対俥』の語りには、橘家圓蔵師匠が見え隠れ。柳家小ゑん師匠の活き活きとした語りが、会場を盛り上げた『下町せんべい』。

 もうすっかり心はほかほかになっていました。レンジでチンをしなくても、寄席でショウすれば私の体は温まるのでした。

 小燕枝師匠の柔らかな物腰、静かに淡々と小さん師匠との思い出を語りながら、嬉しそうに、遠くを見つめて微笑むような、やわらかい『長短』の後、同じように志ん生師匠との思い出を語る伯楽師匠は『猫の皿』。高座にはいないけれど、私の心の中に生きている小さん師匠と志ん生師匠。どちらも素敵な笑顔で、今、高座に座っている二人とともに、そこに存在しているのだと思いました。

 柳家権太楼師匠は、高座に上がるとたくさんの笑顔を咲かせます。愛らしさの中に、強い人間臭さを感じました。笑顔の花咲か爺さんと言うと、少し失礼かも知れませんが、ぱあっと花を咲かせる権太楼師匠の姿は、まさに花咲か爺さんでした。

 可愛らしい金坊が素敵な三語楼師匠の『真田小僧』、馬の助師匠の破裂するような声で繰り出される『百面相』。小団次師匠は選挙演説のような力強さで『ぜんざい公社』、そしていよいよ、トリの柳家小里ん師匠が出てきました。

 小里ん師匠を初めて見た時は、口元が猫みたいで可愛いなぁと思っていました。口元とは裏腹に、クルミを横に割いたような目元が怖かったことを覚えています。最初は地味だと思っていたのですが、だんだんと私も大人になったようで、小里ん師匠の面白さが分かってきました。小里ん師匠の語りには、江戸の時間が流れている気がするのです。江戸の時間軸とでも言いましょうか。高座に座って語り始めた途端、寄席の空間が江戸の時間軸になるような、不思議な感覚を味わいました。

 『試し酒』には、お酒を飲む場面があります。『五升の酒を飲むことが出来るかどうか、賭けをする』というお話で、五升の酒を飲もうとする清蔵の姿が、とても面白いのです。私は小里ん師匠の清蔵がとても好きです。気取らないし、芯が通っているし、真面目で、一所懸命な清蔵の姿を、私は小里ん師匠を通して、見ているような気がしました。

 お酒を飲む場面は、思わず息を飲んでしまうほどの凄みがありました。五升なんて簡単に飲める、そう言っているかのような、力強い飲みっぷりをする清蔵。だんだんと酔いが回ってくる姿がとても素敵なのです。思わず「頑張って!」と声をかけてしまいたくなるような、そんな可愛らしさが小里ん師匠にはありました。

 私も飲みたい。そう思っている間に、小里ん師匠はお酒を飲み干し、オチを言いました。その後で、左右を見ながら何度も『ありがとうございました』という小里ん師匠の姿が印象に残りました。どうにも言葉には言えません。なんだか胸がジーンときました。

 温かい昼席の温度に温められて、私は一人、減ったお腹を増やすのでした。

 

 キリンザストロングな夜席

 焼き鳥があって、キリンザストロングがあったら、きっと夜席は『とり喬』だったかも知れません。小里ん師匠の『試し酒』もあって、私は飲みたくて飲みたくてうずうずしていました。でも、明日は月曜日なので飲むのは控えます。金曜日に飲んだので、休肝日にします。そんなことを思いながら、夜席が始まりました。

 きいちさんのワンハプニングな『平林』の後で、サーカスのように楽しい小太郎さんのんを廻さない『ん廻し』。しゃがれた声が渋い龍玉師匠の『たらちね』のあと、喬之助師匠の真面目な人柄溢れる『締め込み』、TKOの木下さんに似ている萬窓師匠のくりくりっとした目が素敵な『悋気の独楽』、鉄板のはん治師匠『妻の旅行』、トゥーランドットを語る悟りの境地で朝馬師匠『六尺棒』、遠い過去を思い出しながら、今を生きて役目を果たしているような、静かな語りに熱の籠る小袁治師匠『堪忍袋』。

 随所にキリンザストロングのキラーフレーズも混じりながら、仲入りを迎えました。この辺りから、どっと寄席に人が増えたように思います。

 仲入り後はキレッキレのアドリブ?時事ネタ?全開でノリにノッた馬るこ師匠の『都都逸親子』、ヤクザBZに絡まれながら高座に上がり、ヤクザTBZをいじりつつ、物凄い顔芸を見せた左龍師匠『宮戸川』、ヤクザBZ、いや、怒られるのでやめますね。少し酔っているのかと思うほど、絶品の文蔵師匠『馬のす』。糸を引っ張ったり、お酒を飲んだり、枝豆を食べたり、時事ネタを話してみたり、文蔵師匠は見た目はYKZだけど心優しいBZです。仲良くなりたいです、仲良くしてください。

 勝丸師匠の失敗なのか成功なのか分からない曲芸の後で、いよいよ『とり喬』の大将、柳家喬太郎師匠の登場でした。私が初めて行ったホール落語で、抜け雀を見て以来、ずっと大好きで、面白い喬太郎師匠。本当は喬太郎師匠とパセラに行きたいし、喬太郎師匠の好きな歌を一緒に歌いたいし、二人で超高カロリーなハニートーストを食べたいくらい好きなのだけど、私よりも大好きな人はいるだろうから、少し離れた場所で見ているくらいの、初恋の距離感で私は喬太郎師匠を見ている。

 『夢の酒』に入るまでのマクラで大笑いしました。いつも笑顔にしてくれる、素敵な喬太郎師匠。素敵な人に出会うと、素敵な人になる。そんな風に信じさせてくれたのは、喬太郎師匠でした。

 たとえこの世界が誰かの見ている夢であっても、私は喬太郎師匠の高座を見ることが出来る今を幸福に思います。こんなに面白い落語家が生きている今に、私は生きていることが出来る。それだけで素敵なことだと思うのです。素敵な人が生きている今日は、素敵な日に違いない。そう思いませんか。

 

 わたし、帰る。

 新宿末廣亭を出て、家へと帰る道中、私は今日のことを思い出していました。お酒を飲もうと決め、お酒を飲み、ゆっくりと眠ると、夢の中で好きな落語家の高座を見ることが出来るかも知れないと、そんな風に思いました。

 今のところ、私の夢に出てきたのは、初代林家三平師匠と、古今亭文菊師匠のお二人だけです。残念ながら桂枝雀師匠は出て来てくれません。きっと呼ぶのにも少々銭がかかるのかも知れません。

 あまり夢を見るほうではありませんし、見た夢を覚えている方ではありません。ですが、今日は誰か素敵な人と額を合わせながら話をする夢を見ました。よくわかりません。

 家に着いて、お風呂に入って、眠る。そしてまた、私は目を覚まして、空気を吸って、ちょっと屈伸をする。鏡を見ると、昨日より少しだけ素敵な笑顔に近づいている気がする。

 自分が思う一番素敵な形を思い浮かべていると、きっと自分はそれに近づいていくのではないかと思うことがあるのです。同時に、一番素敵な形を思い浮かべなければ、一番素敵な形を知っていなければ、それに近づくことは出来ないと思うのです。

 だからいつも私は、自分が思う一番素敵な形を思い描き、それに近づいているのだと信じるようにしています。思い描かなければ、何も形にはならないと思うからです。言葉にしなければ、何も相手には伝わらないことと同じように。

 この文章も少しだけ、またいつもとは違う文章になりました。前記事を見た人は驚いてしまうかも知れません。私は少し驚いていますが。

 言葉はいつも、私の心に沿って生まれてくるのでしょう。

 笑顔もきっと、あなたの心に立って、咲くのではないでしょうか。

 あなたが素敵な演芸に出会えますことを祈ります。

 それでは、また。

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