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自称・演芸ブロガーが語る日本演芸(落語・講談・浪曲)ブログ!

その熱量に用がある~2019年7月15日 天満天神繁昌亭 昼席~

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ぬくもりという名の獣道

Moanin'

いつもと同じ時刻に起きる。上方遠征最終日の三日目、天気は良好である。それまでの二日間は、降りしきる雨ではなく疎らに降る雨であったため、幸いにも服が濡れて気分が落ち込むということは無かった。

室内鑑賞が主であるから、体調管理はそれほど難しくはなく、たとえ湿り気を帯びた夜の街を歩いても苦ではなく、むしろどこか色気があって良いと思ったほどである。

旅に終わりは付き物で、終わるからこそまた旅に出ようと思う。次はどんな景色を見ることが出来るのか、次はどんな芸に出会うことが出来るのか。『分け入っても分け入っても青い山』と詠んだのは種田山頭火であるが、私は山頭火と同じような心持ちで旅をしている。たとえ一人旅であっても、それが少しばかりの寂しさも伴わないのは、そこに自らの信念と情熱があるからである。足腰が丈夫であるならば、歩いた方が得である。心が折れることなく、情熱を失うことなく、前に進みたいと強く望むならば、進むべきであるし、恐らく私は進んでいるだろう。

勿論、体の声を聞くことも大事である。諸先輩方の言葉によれば、年齢とともに心と体の差異を感じるという。「心では行けると思っていても、体が付いて来ない」という状況は、今の私には無い。そんな日が訪れるかどうかも疑わしいくらいである。それでも、もしその言葉通りの状態が私に訪れたとしたら、私はなるべく受け入れようとは思うであろうが、何とかならないものかと策を練るであろう。その策も全て失敗に終わろうと言うのであれば諦める、という訳にはいかない。きっと『心では諦めないが、体は諦める』瞬間が来るのかも知れない。いずれも、訪れて見なければ分からない。

それでも、そんな状況が来ることを少しでも先延ばしすることは出来る。第三者に自らの身体を矯正してもらう、と言えば聞こえは良いが、要するにマッサージに行こうと思った。浅はかな考えかも知れないが、旅の疲れを癒すにはマッサージに限る。心がどれだけ癒されようとも、体も癒さねば広く活発に行動することは出来ないと思ったからだ。ローマの詩人ユベナリスは「健康な身体に健全な精神が宿るようように祈らなければならない」と書いている。私も同感である。祈り続けるだけではなく、一つ一つを確かめながら補正していく。心も体も。何と比較して補正していくかと問われれば、それは自らの理想である。どのような精神が健全であり、どのような身体が健康であるか。これは自らの判断に委ねられている。情報は溢れている。その中で、自らが信ずるものを信じれば良い。

そんなことを、天満天神繁昌亭のすぐ近くのマッサージ店で肩を揉まれながら考えていた。とても気持ちが良く、それまでぼんやりしていた体の不調がスッキリした。マッサージ師は「お兄さん、肩凝ってますね。背中も張ってますよ」と言う。自分では気づかないうちに体に無理をさせていたのだろうと思う。

マッサージ店を出ると、丁度、天満天神繁昌亭の開場時刻になっていた。桂二豆さんという方が一番太鼓を叩いていた。その音に引き込まれるかのように、ぞろぞろと繁昌亭の中へと入って行く人々。私もチケットを取り出して中に入った。

いよいよ、目的の九ノ一さんの高座である。

 

桂九ノ一 牛ほめ

ほぼ満員の会場。年齢層が高い。恐らく60代が殆どであるように思えた。そんな中で、才気煥発、気迫と熱量を持った九ノ一さんが高座に上がった。

一目見て、目には見えない強いオーラが九ノ一さんから放たれているように私は思った。別にスピリチュアルな話をするわけではない。それでも、確かにはっきりと、何か強いものが発散されているような佇まい。それをどう言い表せば良いか分からないが、とにかく、その雰囲気が私の心を打っていることは間違いない。

東京で見る『牛ほめ』のどれとも異なる、力強い言葉と所作。才能という一言で片づけたくは無いが、素質という点では九ノ一さんの気迫と熱量はズバ抜けていると思う。何よりも、『この人がこの話をやったら、どんな風になるんだろう?』という思いを強く抱かせる。これは私の完全な好みであるが、これまで記してきた記事をお読みの方であればご理解頂けると思うのだが、文菊師匠や伸べえさんには『この人がこの話をやったら、どんな風になるんだろう?』と思う魅力がある。落語鑑賞において、それはとても重要なことだと思っている。古典という不変の物語をどのように演じるのか、それぞれ見る者には『自分の好きな演じ方』というものがあると思う。『この話をこの人で聴きたい』という思いがあるからこそ、足繁く寄席に通ってお目当ての落語家を見たり、独演会に行って落語を楽しむ。もちろん、それ以外にも様々な理由はあるだろう。私に限って言えば、『この人がこの話をやったら、どんな風になるんだろう?』という思いが、追いたい落語家を決定している。

そんな思いで私は九ノ一さんの高座を見た。やはり、他の誰とも違う、覇気のある力強い高座。何度も聞いている前座噺なのに、そこにまだ私が見た事の無い新しい雰囲気、視点が感じられた。何よりも才気走っていて、声が大きくて、笑顔が物凄くくっきりとしている。顔が大きいせいもあるかも知れないが、何もかもがダイナミック。

私は思った。

 

 あっぱれ!!!桂九ノ一!!!

 

これから、どんな風に進化していくのか楽しみでならない。出来ることならば、頻繁に東京で活躍する落語家になって欲しいと思っている。他の誰とも違う、唯一無二の気迫と熱量を武器に、磨きに磨きをかけて行って欲しいと思う。同時に、大阪の地でしかその成長ぶりを逐一見ることが出来ないというのが、非常に嘆かわしい。東京にも凄い前座さんはたくさんいる。春風亭朝七さんや林家やまびこさん、柳家小はださんなど、それぞれの個性を十二分に発揮して、未来の落語界を担うと思う前座さん達が大勢いる。その中に混じって、上方には桂九ノ一さんがいる。

もしも大阪に住まわれている方がいるならば、九ノ一さんの高座に触れて欲しいと思う。そして、応援して欲しいと思う。それほどに、凄い才能だと私は思っている。いずれは名人であると信じて疑わない佇まい、オーラが九ノ一さんにはある。

迫力の牛ほめで袖へと去って行く九ノ一さん。会場にいたお客様は未来の名人の高座を万雷の拍手で包み込んだのだった。

 

 笑福亭松五 平林

ゆったりとした足取りで高座に座る松五さん、お初。虚弱体質という風に見えるのは、先ほどの九ノ一さんの高座を見た影響なのか。静かに滔々と演目へ入った。

上方であっても、平林の読み方は変わらないようである。オチは異なっていたが、静かで奥行きのある高座だった。

 

桂ちょうば 皿屋敷

twitterでは良く目にしていた桂ちょうばさん、お初。すっきりとした顔立ちと飄々とした語り口が心地よい。演目は怪談話寄りの滑稽話で、鳴り物も入って実に鮮やか。流暢な語りと、さらさらとした春の陽射しに照らされた川の流れを見ているかのような淀みの無い語り口。三連休の初日に見た吉坊さんと同じく、しっかりと細部にまで気の入った所作。どこか掴みどころのない、ふらふらっとした雰囲気、あっさりした雰囲気が何とも言えないオーラを発していて面白い。近所の含蓄のあるお兄さんが、弟や弟の友達にせがまれて、仕方なく落語を一席披露してみたら、めちゃくちゃ上手で拍手喝采。というような光景を想像するくらいに、抜け目なく上手い。

幽霊を怖がる男にも可愛らしさがある。言い方は失礼かも知れないが、絶妙な詐欺師感がある。可愛らしい愛嬌のある声と顔で駄々をこねられたら、思わず何でも買ってしまいそうな、そんな飄々とした明るさを高座から感じた。

と言っても、初見である。出来ることなら、もう少し他の演目も見てみたい。

 

笑福亭智之介 マジック

「鮮やかでございます」だったか、そのような言葉が決まり文句の智之介さん。

初めての方が多いのか、客席には引き込まれたご婦人が多く。「あらー!!!」とか「おおっー!!!」という声が上がっていた。

何度見ても種が分からない私は、ただひたすら沈思黙考していた。あのマジックの種は、一体何なのだろうかと。

 

森乃福郎 紀州

物凄い顔の小ささと太い眉に名人の風格を漂わせる福郎師匠、お初。柔らかく教え諭すような優しい語り口が耳に心地よい。愛嬌もあって可愛らしく、語りのふんわりとした感じが他に無い個性を放っている。『紀州』という演目は、簡単に言えば『次代の将軍を決める』というお話であるが、様々に挿話が入り込んで脱線する部分に面白さがある。

年の功とも呼ぼうか、様々に知識を披露する福郎さんの含蓄のある語り。この辺りは年齢の高い落語家の特権とも呼ぶべき利点で、歳を重ねているからこそ言うことが出来る様々な情報、考え方は聴くだけでも非常に価値があると思う。何せたかだか二十年しか生きていない青年と、齢98を迎えようとする大老とでは、圧倒的に経験に差がある。この経験の差を上手く纏め、人々に伝わる形で披露できるのが、高齢となった落語家である。ただ高齢であるというだけでも、有難いお話を聞く価値はあるが、それだけにとどまらず、言葉の一つ一つにひょっと顔を出す知性には、痺れるほどの面白味がある。

東京で言えば柳家小満ん師匠、柳家小里ん師匠などは、聞いているだけで痺れるくらいにカッコイイ言葉を聞くことが出来る。それと同じように、上方には笑福亭福笑師匠のような、ハッとするような言葉を放つ落語家さんがいるのだ。

森乃福郎師匠も、その愛嬌のある風貌から放たれる含蓄のある言葉が素晴らしかった。とても貴重な時間に立ち会うことが出来たように思う。

 

口上 笑福亭笑瓶 森乃福郎 桂文之助

口上では、テレビでお馴染み笑瓶さんと、仲トリの福郎師匠、そしてお初の文之助師匠。笑いに包まれた良い口上だった。福郎師匠の「次リニューアルするときは、私はいませんので、その分もお祝いしときます」という言葉に少し胸がきゅっとする。もしかしたら、私は再び繁昌亭のリニューアルに立ち会うかも知れない。その時は、この光景を忘れないようにしようと思った。同時に、私の書く記事全ては、私自身が記憶に残すため、同時に、一人の演芸ブロガーが生きた時代に出会った演芸に対する思いを多くの人に伝えるために書いている。

どうか、末永く続くことと、御贔屓頂ければと存じます。

 

笑福亭笑瓶 VIP患者

一切テレビを見なくなった私が、幼い頃に良く見かけていた笑瓶さん。薬のCMで声を担当もされていた。高座も、生で見るのも初。一体どんな落語が聴けるんだろう!?と思いきや、仲入りの抽選会が長引いて、急遽、漫談へ。

これがどれも面白い。会場がドッカンドッカンとウケていた。特に糖尿病の話から、病院の話など、短い持ち時間の中で、腹を抱えて笑ってしまうほど面白かった。私の近くにいたお客様も、全身をよじらせながら「あっはっはっはー」と笑っていた。

昨年の9月から繁昌亭に出ておらず、自ら『上方落語の天然記念物』と仰る笑瓶師匠。どうやら体調を崩されたり、ご病気をされていたようである。テレビを全く見ないので、まだ見ていた2016年以降、とんと芸能界、テレビに興味を失ってしまった。

生の演芸の魅力に惹かれているため、テレビの芸能人に対する私の捉え方は、テレビを見る多くの人達とかけ離れてしまっているのではないか、と思う。不祥事、不倫、その他事件に関しても、特別な興味を抱かなくなってしまった。何も考えが無いというわけではないが、取り立てて述べるまでもない、と思っている。

たとえテレビに出なくなったとしても、生で、生きていて、その高座が面白ければ十分であると思う。テレビに出なくなったからと言って、人気が無い、死んだ、ということにはならない。テレビは頂点では無い、少なくとも私にとっては。ラジオだって、Youtubeだって、幾らでも自らの情報を発信する術はあるのだ。用いるべき手段を用いて、世に出れば良いと私は思う。

爆笑の渦に包まれて、颯爽と帰って行く笑瓶師匠。とても貴重な高座だった。

 

桂文之助 星野屋

気象予報士の資格を持つという、見た目も真面目そうな文之助師匠、お初。ネタは露の都師匠と被って『星野屋』。女形の色気があって良い。優しい顔立ちと知性がある。まだ初見であるため、これと言って特徴を述べることは難しいが、端正で落ち着いた語りがしみじみと心地よかった。

 

総括 上方落語の熱量

これで、三連休の上方落語遠征は幕を閉じることとなった。帰り際、桂九ノ一さんをお見かけすると、「あっ、昨日の・・・」と九ノ一さんは言ったが、私が出会ったのは一昨日である。これで私の『兵庫船間違い』もチャラになるであろうと思った。

「最高でした」と言って九ノ一さんと握手を交わした。またいつか必ず私は九ノ一さんに出会うだろう。その時には、今日見た数倍、数百倍も凄い高座が見れる筈である。

外に出ると、笑福亭笑瓶さんがサインに応じていた。東京から来たことを告げて、サインを頂いた。滅多に生でお会いすることの出来ない人だと思ったから嬉しかった。嬉しすぎて、演目の張り出された写真を撮り忘れたが、仕方ないと思って諦めた。

素晴らしい三日間だった。初日には熱く品のある高座を見、二日目は浪曲の熱と東西の熱のぶつかり合いを見、そして三日目に若き一人の落語家の熱を見た。ご飯だったらアツアツである。風呂であったら高温過ぎて茹で上がる。それほどに、凄まじい熱量が上方落語にはあった。

心底、自分は落語が好きなのだな、と思う。出来ることなら、その思いが多くの人に伝われば良いな、とも思う。私の記事を読んで、たくさんの落語家を好きになって、色んな良いところを発見してくれたら、こんなに嬉しいことは無い。願わくば、私と同じように、自らの言葉で語り始めてくれたら、私は喜んでその記事を読む。

話すことは相変わらず苦手で、芸人さんの前に出ると緊張するけれど、少しでも自分の思いを直接言うことが出来るように、これからも演芸を見続けて行きたい。

東京も大阪も、それぞれに素晴らしい落語家はたくさんいるのだ。

あなたにも、そんな素敵な落語家との出会い、素敵な演芸との出会いが訪れる日が来る。望み続ければ、必ずそれはやってくる。

上方三部作の記事を読んで頂いた方がいたら、本当に感謝である。またいずれ、上方落語の記事は書く予定である。

良い出会いに恵まれた三日間。これからも私は良い出会いに恵まれるだろう。

今はただ、その予感に胸を高鳴らせながら、この記事を終わりたいと思う。

それでは、また、いずれどこかの会で、ご一緒致しましょう。