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上方落語のフルスロットル~2019年11月16日 桂米紫ひとり会~

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万有引力とは

ひき合う孤独の力である

宇宙はひずんでいる

それ故みんなはもとめ合う

谷川俊太郎『二十億光年の孤独』

  

感謝、感謝やでぇ

ひょんなことから、TwitterでDMを頂き、桂米紫さんの会に参加することを決めた。教えてくれたのはPOBOXさんという方で、桂米紫さんを一押ししている方である。

私のようなどこの馬の骨とも豚の骨とも分からない若造(髭剃り忘れて無精)に、とても真摯に挨拶をしていただき、恐縮至極の気持ちだった。眼は優しく、声もやわらかく、とても真面目な雰囲気のお方のように見えた。落語が好きで、米紫さんや小満ん師匠や喬太郎師匠の会にも行かれ、東京の二ツ目(落語家の身分)が出演する連雀亭にも行かれている。私のブログがお役に立てているかは分からないが、落語好きの方にお会いすると、その人が如何に落語に救われているかが分かるような気がする。

米紫さんが袖から現れた時の、嬉しそうな満面の笑みが私は好きだ。顔をくしゃくしゃにして笑っている。言葉は無いけれど、そこには幾千もの感謝の意味が込められているような気がする。とても素敵な笑顔を見るだけで、心がグッと盛り上がる。

熱だ。米紫さんには熱があるのだ。人の心を温めてくれる熱が。疲れた体を癒してくれる銭湯のような温度を米紫さんに感じるとき、私はその温度の心地よさに身を委ねる。なんて気持ちの良い風呂だろう。温かくて、ずっと入っていたい。

平成6年(1994年)入門の米紫さん。私が生まれて二年後に落語の世界に飛び込んだ方。だから何だと言われたらそれまでだが、この年に入門した上方落語噺家さんは個性的で、凄いパワーを発揮している。

桂春蝶師匠は、艶やかで色気と品を兼ね備えた流麗な落語をされている。桂かい枝師匠は明るくて朗らかで、元気いっぱいの英語落語もされる多才ぶり。亡くなられた桂三金師匠は文福師匠に負けず劣らずの恰幅の良さと、周囲の仲間から愛される人柄、そして何より太っていることをネタにして昇華される白熱の高座。そのほかの方については、まだ高座を見たことが無いので何も言えないが、そんな個性派揃いの上方落語、平成6年組である。

以前、王子落語会で桂米紫さんの『法華坊主』を聞いたことがあった。声は本調子ではなかったが、熱い高座が印象に残った。

さて、今宵はそんな米紫さんの、熱い熱い高座を記していくことにしよう。

 

 瀧川鯉舟 浮世床

開口一番は鯉舟さん。師匠は瀧川鯉昇師匠。

たまさんの独演会で見た時から、メキメキと実力を付けてきた鯉舟さん。独演会というスーパー・アウェイな空間でも、怯むことなく笑いを巻き起こす。

床屋に集まった様々な人物を描写しながら、顔芸、扇子芸を披露する。とても面白くて、愛嬌がある。

語り口の可愛らしさも相まって、なんだか愛くるしい。色んな師匠の独演会に行って、どんな力を付けて成長していくのか。とても楽しみな二ツ目さんだ。

 

桂米紫 手水廻し

先に記した満面の笑みで登場の米紫さん。この笑顔だけで私は心が温まる。マクラでは新幹線内のことから、お手伝いに来てくれる若手の方々に触れる。東京と大阪の違いに触れながら、演目である『手水廻し』へ。

この話は簡単に言えば『勘違いが止まらない』お話で、言葉の意味が分からず、どんどんあらぬ方向へと物語は進んでいく。

登場人物の空回りぶりが最高に面白い。時速100kmの球が放たれる前から、ずっとフルスイングするバッター。振ってるバットが大根。投げられる球が卵。いざ時速100kmの球(卵)がやってきても、ずっとフルスイングしていて、おもいきりストライク。と思えば、捕手がグローブ嵌めてなくて「痛ぇええええ!!!」みたいな。

めまぐるしく空回りし続ける登場人物たちの爽快な行動が気持ちいい。坊主が見栄を張って「知っとる。知っとるよ」みたいなことを言う場面や、『手水』を勘違いした店の使いによって招集された男が、上方からの客に対して向ける言葉など、めちゃくちゃ面白かった。

なんとなく三谷幸喜の映画に近いようなドタバタ感覚。ふとした見栄が、一気にあらぬ方向へと突き進み、訳の分からない行動へ繋がっていく。上方からのお客も、さぞ驚かれたことだろうと思う。

物凄い勘違いが上方の客を困らせた後で、宿屋の主人と使いの男はさらなる勘違いの旅に出る。一体『手水』ってなんだ?というところから、実際に上方の宿屋に行くのだが、この宿屋での勘違いっぷりも最高だった。

語弊があるかも知れないが、『とにかく明るい馬鹿』なのである。『一点の曇りもない馬鹿』なのである。『とても気持ちの良い馬鹿』なのである。その愚かしさに気持ち良さがあるのは、米紫師匠のフルスロットルな熱量があるからだろうか。突き抜けて明るく、どこにも暗い部分が無い。とことんまで人間臭くて気持ちが良い。

なんでもそうだけど、善でも悪でも、『突き抜けている人』は面白い。米紫さんの落語には、登場人物に『中途半端』な印象を受けない。みんながみんな、突き抜けている気がする。だからこそ、突き抜けた者同士のぶつかり合いが面白いのかもしれない。

とにかく熱い、熱い高座だった。会場も大盛り上がり。さりげなく江戸と上方で女中さんの所作と声色を分けていたのも印象的だった。ところ変われば品名が変わる。私も旅の時には注意しなければ。とまでは思わなかったけど、素晴らしい爽快な一席。

 

 桂米紫 法華坊主

羽織を羽織って登場の米紫さん。王子落語で聴いて以来の演目。これは『小噺集』のようなお話。

声も本調子で掠れておらず、物凄く張りがあって力強い。カラスや鶏の鳴き真似が秀逸。愛らしい鳥類の鳴き声が実に素晴らしかった。

以前に聞いたときよりも、声の調子が良かったせいか、また新しい熱さを感じた。二回聞いたからなんとなくオチも覚えたが、人前で披露するには勇気がいる。私がやるとなったら恥ずかしくてできない。

そうそう。なんというか、米紫さんの衒いの無い感じが好きだ。なんでも全力で振り切れた登場人物が出るから違和感が無い。明るくて、まさに鶏が鶏として元気いっぱいに生きている感じ。ほぼアッパーを放っているように上へ上へと行く力強さ。

からっとした芯の強い声と高座に、会場は拍手喝采。素敵な一席で仲入り。

 

仲入りの際に、POBOXさんがいらっしゃってご挨拶させていただきました。

 

桂米紫 帯久

ネタ出しされていた『帯久』。敢えて演目がどんな内容か調べずに聞いた。この演目自体、初めて聴く噺だった。

仲入り前の大爆笑の雰囲気から、グッと整えられた丁寧な語り口。ところどころに笑いを挟みながらも、描かれていく帯屋の物語。

この話はざっくり言えば『二つの帯屋を巡る、金と情の裁きの行く末』という感じになるだろうか。

とても情に厚い人物や、情を屁とも思わない浅ましい人物や、その二人の周辺に住む人々、裁きを下す奉行が登場する。

物語が大きく転換していく金を受け渡す場面。そこから一気に転落をする情に厚い男と、一気に隆盛していく浅ましい男との対比。様々なことを考えさせられる物語だ。

金の輝きと、人の心の情の輝きの、異なる光が重なっていく。最後に登場する奉行の知恵も光って、ぬくもりのある一席だった。

情に厚い男も、浅ましい男も、米紫さんの演じ分けには愛があるように思った。不義理な男にも温かい眼差しがあるし、情に厚い男が犯す罪にも温かい眼差しがある。人間みな等しくあるというような、米紫さんの心意気を感じた。

思えば、冒頭で話されていた新幹線内のマクラも、心地が良かったのは、たとえちょっとした事件が起こっても、そこに笑いを込めて、ぬくもりのある心で米紫さんが語るからだと私は思う。思い出したけど、私はデヴィッド・リンチがめちゃくちゃ好きです。

だから、悪い男が登場しても、その人物をとことんまで毛嫌いするような、嫌味が無い。ひょっとすると、米紫さんが愛猫『めんちぼうる』に向ける眼差しが、落語の世界の登場人物たちにも向けられているのではないか。そんなことを少し考えた。

最後は温かく大団円。大ネタだったけれど、あっという間の時間だった。

人の情の温かさに溢れた、圧巻の一席だった。

 

 総括 上方落語 フルスロットル

繁昌亭に行ったり、ささやかな上方落語体験から言えば、上方落語はとにかく『熱い』。どこか温かさと、人間の純粋な熱があって、私はそれが大好きである。

ところかまわず「あんた、どこから来たん?」みたいに、一瞬で相手の懐に入ってくる大阪のおばちゃんの、ボーダーレスな感じが好きだ。「これ、なんぼするん?」とか「あんた、口臭いで」みたいに、ストレートに言ってくれる人って、私は大好きだ。変におべんちゃらを言われるより、よほど信用できる。人によっては「こいつ、ちょっと図々しいな」と思われる人もいるかも知れないけど、私は割とウェルカムな気持ちになってきた。

本音と建前という言葉があるように、どちらかと言えば上方落語は『本音でぶつかり合う』感覚がある。東京で仕事をしているせいか『洒落と本気』が分かりにくいときもある。特に「今の冗談だからー」とか「洒落だよ、洒落」みたいに言う感じが東京にはあって、それもそれで粋だから好きだ。どちらが良いとか悪いとかは無い。どちらも素晴らしいのだ。

今宵は、そんな米紫師匠の『本気と本音』が全開の会だった。

改めて、この会を教えてくれたPOBOXさんには感謝申し上げる。

それでは、またいずれどこかで会いましょう。

今日もあなたが、素敵な演芸に巡り合えますように。