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自称・演芸ブロガーが語る日本演芸(落語・講談・浪曲)ブログ!

なぜサスペンダーズの『知恵の輪』は素晴らしいコントなのか

 自分の値打ちを下げてはいけない。
それが特に大切なポイントだ。
さもないと君は終わりだ。
もっとも生意気な人間に絶好のチャンスがある。

ヴォルフガング・アマデウスモーツァルト

  

 大丈夫、大丈夫になった。

 サスペンダーズ 『知恵の輪』

https://www.youtube.com/watch?v=q5LuogRLogE

 才能

 類稀なる才能を持ちながらも、様々な要因によって、その才能を潰してしまう人がいる。或いは、磨けば光るような力を持っていながら、様々な要因によって、磨くことを止めてしまい、光る機会を失ってしまう人がいる。
 サスペンダーズのコント、『知恵の輪』を見たとき、僕は面白さと同時に、才能を持つ者が才能を失ってしまうことの悲哀を感じた。それほどに、奥深いコントに出会ったような気がして、どうしても文章を書きたくなった。

 現代社会は、イノベーターに後ろ指を指す空気が支配している。誰かが何かに挑戦をすれば、応援する人よりも否定する人の方が多い気がする。ファミレスで食事をしているときでさえ、「私の友達がベンチャー企業を立ち上げたんだー」という発言に対して、「成功できんの?どうせ、すぐに潰れるでしょ」と返す言葉を聞くくらいである。もちろん、それは心配しているからという面もあるだろうし、成功者は一握りであるという意識の表れであるかも知れないから、安易に首を傾げることはできない。それでも、やはり挑戦する者に厳しく、足並みを揃える者に優しい社会であると私は感じている。
 ところが、コロナによって、どちらかと言えば、そうした現代社会の風潮は変わりつつあるように思える部分もある。誰もが、当たり前だったことを見直すようになったのではないだろうか。少なくとも、僕はかなり自分の生活を見直すようになったし、自分自身のスキルを見直すようになった。それまでは、ただただ楽しいことだけを享受していれば幸福であるという考えにあったのだが、今はもっと社会に目が向いた。自分だけの幸福追求はもちろんだが、同時に全体が幸福を追求するような社会にできないものかと、微力ながら考え始めた。それで、結局自分に何ができるのかと言えば、こうやって自分の考えを書いて出す以外になかろうという結論に至った。

 

 さて、サスペンダーズの『知恵の輪』である。単純な面白いコントかと思いきや、私にはとても深い内容に思えたのである。

 

 知恵の輪を解くという才能

 冒頭、登場するのはサスペンダーズの古川彰悟さんである。コントではショウゴくんと呼ばれる。

 知恵の輪を解く才能に気づき、彼が発する言葉、「誰かに伝えてぇ!!!」という言葉が素敵だ。

 それが、どれだけ小さなことであっても、『誰かに伝えたい』という純粋な気持ちは、誰もが持っているものではないだろうか。思い出してほしい。子供の頃は、どんなことでも『誰かに伝えたい』と思った筈である。ミミズを捕まえた時でも、カブトムシを捕まえたときでも、逆上がりが出来たときでも、運動で1位になったり、テストで100点を取ったときでも、きっと、誰でも『誰かに伝えたい』と思った筈である。その純粋な思いが、知恵の輪を解いた後でショウゴくんが発する言葉にあるように思えた。

 そんな純粋な気持ちを、なかなか他の人に伝えられないもどかしさが面白い。大人になることによって、様々な考えが純粋な気持ちを阻害する。『誰かに伝えたい』のならば、伝えてしまえばいいのに、それを素直に出来ないことのもどかしさ、やるせなさ、どうしようもなさが、どこか、大人になった自分の心を揺らす。

 心の底から、「ヤッター!」とか、「これはめちゃくちゃ凄い!!!」ということを、叫ぶことのできないもどかしさ。ひょっとすると、誰もが抱えているもどかしさではないだろうか。仕事が上手く行ったり、いつもより少しだけ良い結果が出たり、ほんの小さな幸せを、ほんの小さな幸せであると認識してしまうがゆえに、大きく喜ぶことができない自分を自覚する。

 だが、サスペンダーズの『知恵の輪』には、知恵の輪を解くということが、とてつもなく凄いことのように思えるのである。絶妙な達成感を得られる設定をサスペンダーズは選択している。誰にでも共通する『達成できたら凄いこと』の中で、もっともハードルが低いように見られがちな『知恵の輪』を選択し、それをコントの中心に据えて展開させる。どこまで計算しているかは分からないのだが、一切計算していないように見えながらも、実に緻密な小道具を選択しているところが痺れる。

 前述したような、逆上がりができたとか、カブトムシを捕まえたというようなことがコントの中心に来ると、どこか違う気がする。そう考えると、知恵の輪に焦点を当てたのは、物凄いセンスだと僕は思う。

 そうして、誰かに伝えたくなるような知恵の輪を解く才能を自覚したショウゴくんが、ようやくお兄ちゃんの友達であるタカユキくん(依藤昂幸)に出会う。ところが、タカユキくんに伝えたかったことを伝えようとするショウゴくんに、思わぬ言葉が告げられる。

 まるで、一つ一つ状況が明かされていくサスペンス映画を見ているような、残酷な一言の後で、状況は一変する。つい数分前までは、知恵の輪を解く才能に気づき、純粋な気持ちを抱え、誰かに伝えようと行動した筈のショウゴくんが、一気に現実に引き戻される。ショウゴくんの純粋な気持ちに、社会の常識という圧力が重くのしかかってくる。

 知恵の輪を解いたときの気分が上昇するような場面から、タカユキくんの一言によって一気に下降していく場面へと展開する。その絶妙なスピード感と落差が面白い。

 純粋な気持ちを打ち砕かれ、現実に対面するショウゴくん。その後で、今度はタカユキくんが、ショウゴくんが言おうとしていたことを聞く。

 上昇していた気分を叩き落とし、ボロボロになったショウゴくんに対して、追いうちをかけるような、タカユキくんの社会人としての圧倒的な真っ当さが胸に刺さる。

 現実が突き付ける言いようのない理不尽さに対して、ショウゴくんが抵抗し、うちひしがれ、心折れそうになりながらも、『誰かに伝えたい』という思いを吐露する場面は感動すら覚える。これも上手く表現できる言葉が見つからないのだが、とにかく、ショウゴくんのやるせなさが面白いのである。どこか、自分にも共通する感覚があって、同情の気持ちと言えば良いのだろうか。どうしようもなくダメな人間なのに、それでも純粋な気持ちを忘れずに精一杯生きているショウゴくんに対して、なぜか笑ってしまうのである。それは決して嘲笑ではない。気持ちが分かるのだ。

 

 サスペンダーズの新たな一面

 どちらかと言えば、サスペンダーズのコントは、youtubeで見る限り、やるせなさを爆発させ、怒りの感情で大爆笑を起こすネタが幾つかあった。圧倒的な真人間である依藤さんに対して、反骨精神で怒り狂う古川さんの姿が面白いネタがあった。

 ところが、今回は新境地というか、さらに奥行きが深まったネタになったように思えた。それは、現実が突き付ける逃れようのない事実に対して、古川さんが怒りで反発せずに、受け止める展開になったからである。だからこそ、『知恵の輪』でショウゴくんは、タカユキくんから「誰かに伝えたい」と思った気持ちを、「大丈夫。大丈夫になった」と誤魔化しながらも、最終的に「言うしかないか」と決意する。自分が感じた純粋な気持ち、最初に思った『誰かに伝えたい』という気持ちに正直に従う。

 素直に、自分が感じた凄さを伝えるショウゴくんに対して、物凄い激高でその気持ちを捻りつぶすタカユキくんの圧力が面白い。タカユキくんもタカユキくんで、社会の常識を強く芯に持っているがゆえに、ショウゴくんの気持ちに寄り添えない。この絶妙な両者のすれ違いが、とてつもなくやるせなさに満ちていて、笑うしかない。とても絶妙な隙間を貫く面白さで、もしも面白さが種類で分けられるのだとしたら、悲哀を帯びた面白さに分類される。サスペンダーズの面白さは、それまでの怒りや、やるせなさの爆発による面白さから、社会性を帯びた不安や緊張による面白さという、新しい面白さへ一歩足を踏み出したのかも知れない。これは本当に素晴らしいことである。サスペンダーズの新たな挑戦の、記念碑的コントかも知れないと思った。

 畳み掛けるタカユキくんの言葉の後で、『知恵の輪』から一段階上がった、メタ的な『輪』の存在に気づくショウゴくんのクレバーさが、このコントの中で最も興味深く、面白い点である。まさか、そこに繋げてくるとは思わなかった。何の変哲もない『知恵の輪』という題材から、ショウゴくんが自覚する『輪』の存在に至るまでの過程が、実に見事な構成とスピード感で見る者の心を揺らす。

 メディアに出演する機会も増え、確実に人々に周知されつつあるサスペンダーズが、メキメキと実力をあげている。今年、バティオスで行われたグレイモヤの『ペイチャンネル』のコントから、サスペンダーズに痺れっぱなしの僕である。コントの動画が上がる度に、サスペンダーズの凄さ、幅の広さを感じ、間違いなく、今一番面白いコントをやるコンビを問われたら、僕はサスペンダーズと答える。

 

 それほどに

 サスペンダーズは

 凄い!!!!

 

 才能の消滅

 現実の理不尽さに押し潰されたショウゴくんが、再び『知恵の輪』に触れた後のことについては、何とも言えない寂しさと儚さがある。まるで、マルセル・エイメの『壁抜け男』や、ヘルマン・ヘッセの『車輪の下』のような、類稀なる才能を持ちながらも、様々な要因によって、その才能を失う、或いは自滅してしまう人の姿がここにあって、文学的なコントになっているように思えた。知恵の輪を解く才能に気づきながらも、紆余曲折あって、才能を失ってしまうショウゴくんの、一人の男の盛衰が、儚くもあり、面白いのである。上手くいかない、どうにも幸福になれない、そのもどかしさに対して、優しさの笑いが零れる。

 落語には、タカユキくんのような社会常識がガチガチに染みついた真人間は登場しない。どちらかと言えば、ショウゴくんのような、だらしなくて、ちょっと間の抜けた人が多い。だからこそ、サスペンダーズのコントには、落語に近くありながらも、また一つ別次元の、それまで誰も着手してこなかったような分野の面白さがあって、それが僕にはとても魅力的なのである。『それまで誰も着手してこなかったような分野』と書いたが、僕がお笑いに疎いだけかも知れないので、同じようなことは他にも大勢の人がやっているのかも知れない。

 それでも、少なくとも僕がyoutubeを見る限りでは、他に見たことのない設定、それも物凄い着眼点で作り上げたコントをやっているのは、サスペンダーズしかいない。これほどにオンリーワンで、面白いコンビがいるということに気がつくことが出来て僕はとても嬉しい。

 これから、さらにサスペンダーズがどんなコントを作り上げていくのか。僕はサスペンダーズが作るコントが物凄く見たい。今すぐにでも見たい。

 素晴らしい才能に溢れたサスペンダーズ。いかがでしょう。素晴らしいコントであることを、お分かりいただけましたでしょうか。

 分からなくても大丈夫。僕だけが知っている素晴らしさだとしたら、それもまた良し。

 それでは、皆さんが良き演芸に出会えることを祈って。