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神田松之丞はなぜ最低で最高なのか~TBSラジオ 問わず語りの松之丞~

芸人を過保護にすると、面白い芸人が出てこなくなるっていう怖さもある

 

爆笑問題太田光でさえ呆れた「神田松之丞」の非礼ぶり』という

記事を見た私の反応(は?)

 

出る杭は打たれるべきか、飲み込まれるべきか。

 

人間だれでも最低で最高だ

  

 憤怒と正しさの居場所について~前置き~

 私は他人に対して憤怒の念を覚えることがある。でも、私は他人に対して憤怒しようとは思わない。憤怒したところで、スッキリするのは私で、言われた方は傷つくか、もしくは私以上に憤怒することが想像できるからだ。でも、違う視点で考えてみれば私は不親切な人間なのかも知れない。なぜなら、私の憤怒の念は、私が憤怒しなければ他人には分からないからだ。だから、仕方なく私は憤怒することもある。滅多にないけれど。

 なぜ私が他人に憤怒するのかと問われれば、幾つか理由がある。それは私の信念が他人と違っていたり、私の思うように他人が行動してくれなかったり、私が良いと思ったことを他人から理不尽に否定されたりなど、様々である。私は自分がどういう時に憤怒するかをある程度自覚しているから、殆ど憤怒することはない。時々、理不尽な発言をする他人を見て腹の立つことはあるが、自分とは考えが違うのだと割り切るようにしている。

 人に対して腹が立っても、言わずにぐっと堪える私にとって、人に対して腹が立ち、怒ることの出来る人は輝いて見える。その人には確かな信念があり、どうしても許せない基準があり、言わずにはいられない性分がある。環境や経験、それまでに費やされた時間がその人を『腹が立ったら言わずにはいられない人』に作り上げたのだ。そう考えると、腹が立っても言うことの無い私は、信念もなく、全てを受け入れて、言わなくてもいい性分がある。どちらが良い悪いという話ではない。私はどちらも良いと思う。怒る人は力強いし、怒らない人は優しい。

 世間の雑多な意見を見ていると、色んな事柄に対して様々な人が自分なりにある程度の定義を持っている。例えば、赤と青の二色があるとする。赤は赤で青は青だと定義しているケンジ君と、赤は青で、青は赤だと定義しているミチル君がいるとする。さて、この二人が赤と青という二色を巡って話をするとしよう。どんなことが起こるか。当然、喧嘩になる。ケンジ君にとって赤だと思っていることがミチル君には青に、ミチル君にとって赤だと思っていることが、ケンジ君には青だ。

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 もしも二人がトマトを書こうとしたら喧嘩になるだろう。ケンジ君は「トマトは赤だ!」と言い、ミチル君は「いいや、トマトは青だ!」となる。こんな争いを時々目にする。

 一見、ミチル君が変な少年だと思われるかも知れない。けれど、ミチル君が『色盲』だとしたらどうだろう。ミチル君はケンジ君とは違う色の見え方をしていたのだ。だからケンジ君と言い争いになったのだとしたら、こんなに悲しいことはない。

 さらには、ケンジ君も『色盲』だとしたらどうだろう。黄色のトマトだったとして、ケンジ君には赤に、ミチル君には青に見えた。どちらも本当の色である黄色に気づくことなく、お互いが正しい色を主張する。これもなんだか悲しい。

 詰まる所、どちらが正しい正しくないというのは、数の多い方によって決まっているようである。赤いトマトが見える人がたくさんいたら、ミチル君は変わり者で、ケンジ君は普通の人になる。仮にトマトの本当の色は黄色だが、それでも赤く見える人が世界中にたくさんいたら、トマトの色は赤色が正だと思われるようになるだろう。

 すっかり道徳の授業になってしまったが、以上の前置きをご理解いただき、記事のメインである神田松之丞さん、そしてラジオに触れて行きたいと思う。

 

 松之丞さんの高座との出会い

 私が初めて神田松之丞さんを見たのは、2017年12月10日の渋谷らくごである。当時はきく麿師匠が面白くて、ついでに神田松之丞という人がトリらしいということで行くことにした。開口一番の鯉斗さんは色っぽい『紙入れ』、志ら乃師匠は談志師匠を彷彿とさせるような『粗忽長屋』、そしてきく麿師匠は絶好のタイミングで『守護霊』に入った。既に「ああ、面白いなぁ」と思っていたところで、最後に松之丞さんが登場。初めて聴いた『赤穂義士銘々伝 赤垣源蔵 徳利の別れ』。これが実に素晴らしかった。ゆっくりとしたテンポで、不在の兄に対して、兄の羽織の前で酒を飲む源蔵の姿がありありと浮かんできた。この時「お、講談も面白いじゃん」と思い、物販で売っていた『絶滅危惧職、講談師を生きる』を購入し、サインを頂いた。

 それから、一週間ほどサインを頂いた本を読んだ。色々な生い立ちはあるけれど、瀧川鯉八という人や、松鯉師匠がコメントしているのを読んで、何となく松之丞という講談師について、ダークだけど力強いものを感じたのだった。

 私を決定的に松之丞さんのファンに変えたのは、何度かブログでも書いているが、『12月17日 神田連雀亭』で見た『甕割試合』である。日曜日だというのに連雀亭はまだ満員でも無く、今ではお決まりとなっている「待ってました!」の掛け声もなく、私は最前列で鑑賞することが出来た。これは私にとって一生の思い出である。

 その時の高座は、凄まじかった。たった40人ほどの連雀亭。その時はまだパイプ椅子のみだったと記憶している。舞台袖から少し猫背気味の、眼鏡を掛けた大男がひょろりっと出てきた。一瞬拍子抜けしてしまう。あれ?この人が噂の講談師なの?ちょっと貧弱なのかな、と思っていたら、釈台に座って張り扇を鳴らした瞬間、少しだけ身が引き締まった。何のマクラだったかもあまり覚えていないが、普段はあまりやらない話で、宮本武蔵が出て来ない宮本武蔵伝というようなことを言ってから、眼鏡を外した。この瞬間に空気がガラッと変わって、そこからはもう、ただただ凄まじかったとしか表現することが出来ない講談を見た。特に最後の場面、思わず私もカッと目を見開いてしまうほどの光景が、松之丞さんの声と姿と共に見えた。

 演目が終わった後、しばらく私は放心状態だった。眼鏡を掛け直し、釈台を持って舞台袖に下がっていく松之丞さんと、さっきまで高座をやっていた松之丞さんがまるで別人のように感じられて驚いた。そうだ、最初に舞台袖から出てきた松之丞さんはあまりにもひ弱に見えていたのだ!とその時、驚きとともに力が抜け、講談そのものの凄みに私は圧倒されてしまった。

 その後に上がった瀧川鯉津さんの『片棒』や宝井梅湯さんの『赤垣源蔵 徳利の別れ』も、全く頭に入って来なかった。後にも先にも、松之丞さんの講談に真の意味で痺れたのは、あの日だけだ。『甕割試合』の後、現実に連れ戻された時、全身がビリビリと痺れているのが分かった。そして「あ、これが本物の芸だ」とはっきりと分かった。あれをどう形容したらいいか、私は上手く言えない。『鬼神』を見たような感覚になるし、思い出す度に、あの日の高座の迫力を感じて少し身震いしてしまう。また、物語も非常に良かった。出来ることならば、今の超人気ブームが去って落ち着いた時に、また連雀亭で『甕割試合』が見たい。それだけ私には思い出深い一席になった。

 とにかく、これだけ語るのだから(笑)私は松之丞さんのファンになった。それから何度か松之丞さんの高座を聴いた。2018年に入ってからの人気は凄まじく、一年前と比較にならないほど人気が出た。思えば、もっとあの時、『甕割試合』を自慢しておけば良かったと後悔した(笑)

 そんなこともあって、私は高座で活躍する松之丞さんの売れて行く姿に驚いた。松之丞さんの存在を知り、たくさんのファンが出来て行く過程も見ることが出来て、売れる人と言うのは、売れるべくして売れるんだなぁと思ったのである。

 

 問わず語りの松之丞を聴いた日

 話が前後するが、高座の松之丞さんを見たのは2017年12月10日だが、ラジオは2017年10月3日に聴いた。Twitter上で話題になっていたので聞いてみた。10分という短い間だったが、声と語りのテンポが面白くて聞き続けた。私はあまりラジオを聴く習慣は無かった。昔はヒダカトオル山口隆の深夜放送に大笑いしていたし、(やましげ校長やしろ教頭時代の)スクール・オブ・ロックを毎日欠かさず聴くような人間だった。毒舌が面白くて、特にEDの話や伸三さんの話が面白かった。それほどラジオっ子でも無かった私に、ラジオの楽しみが出来るなんて思ってもいなかった。

 今では放送の度にTwitterが盛り上がるほど人気も知名度も上がっている。才能と力を持った人はどんな場所でも輝けるのだということを、松之丞さんはその身を持って体現している。カッコイイなぁ、と私は思う。賛否両論はあるかもしれないけれど、私は『振り切れている人間』が好きなのだ。

 

 言葉を選んだ本音、その真の意味について

 人気者になってくると、必ず弊害も起こるのだなぁというのも良く分かった。私は毎日楽しく聴いているが、Twitterを見ると『ラジオ好きのツボからも 結構外れちゃってる気がする』や、『手抜きラジオ』とか、色々言われているようである。

 私にはラジオ好きのツボがどういうものか分からない。手を抜いているとも思わない。ただ、なぜ私が松之丞さんのラジオを面白いと感じるのかを説明することは出来る。

 私が思う『問わず語りの松之丞』の魅力は、『言葉を選んだ本音でぶつかっている』ところだと思う。この『言葉を選んだ』という部分が肝だ。一般的には誰も傷つけず、偏った思想もなく、時間と場所と場合をわきまえた行為として『言葉を選んだ』と使われるが、ラジオの場合はそういう意味ではないと私は思う。なぜなら、『言葉を選んだ本音』を松之丞さんは言っていないと思うからだ。私は『本音』を松之丞さんは言っていると思う。では、『言葉を選んだ』はどこにかかるのか。それはラジオを放送に乗せる前に編集をする戸波さんにかかっていると私は思う。すなわち、『言葉を選んだ本音』に私が思う言葉を付けると、

 

 『言葉を選んだ戸波さんによる、神田松之丞の本音』

 

 だから、放送に乗せる判断をしているのはあくまでも戸波さんだと私は思っている。放送に乗ったラジオの内容について、Twitterで松之丞さんに対して発言するというのは、そもそも対象が異なっていると私は考えている。真にラジオを面白くしているのは戸波さんで、戸波さんという一人の人間がOKを出したからこそ、放送されているのだと考えると、意見を言うべき対象は戸波さんということになってくるのではないだろうか。驚くべきことに、Twitter上の殆どは戸波さんよりも松之丞さんに対する発言の方が圧倒的に多い。これは私からするとお門違いで、「戸波さんの判断は凄い」とか「戸波さんはラジオのツボを間違えてる」とか、「戸波さんよ、これは放送に乗せるべきじゃない」とか、そういう発言の方が、私はしっくり来る。

 これが仮に、松之丞さんが自分の判断でラジオに乗せているとしたら、それはもちろん、意見を言う相手は松之丞さんということになるだろう。そんなこと百も承知じゃい。と言う方には、戸波さんが切り取った松之丞さんの本音を聴いているのだということを、もっと自覚して頂けたらなぁ。と勝手に私は思うのである。

 要するに、この戸波さんの存在によって神田松之丞さんは最低にもなり、最高にもなるのだということを私は言いたい。

 

 なぜ最低で最高なのか

 ラジオの話題の前に触れておきたい話がある。それは、私が友人達とカラオケに行った時のことである。何の曲だったか忘れたが、私の大好きな曲を友人が歌った時に、ある違和感を抱いた。それは『歌い方が激しすぎる』ということだった。私は何度もその大好きな曲を聴いていた。私が聞き続けた大好きな曲の歌手の歌い方に比べると、友人の歌唱は何もかもが過剰だった。声を張り上げすぎている、唸り過ぎている。と感じた時に、私は「下手くそだなぁ」と友人に対して思った。ところが、その後に私が別の曲を歌うと、私が歌い終えた後で友人が「森野君、この曲の歌手はそんなに力入れて歌ってないよ」と言ったのである。そんなバカな!と思ったのだが、私は悔い改めた。それは、たった一つの曲であっても、聞く人によって感じ方は様々だということに気づいたからだ。

 なぜ冒頭にそんな話に触れたかというと、2018年12月16日の『問わず語りの松之丞』の放送において、若い頃の伊集院光さん、爆笑問題さんのラジオについて、松之丞さんは自分の放送内容と比較してこんなことを言っている。

 

こんな感じじゃなかった?もっと凄かった気するけど? 

 この言葉を聞いたとき、私は勝手に共感した。なぜなら、冒頭に書いたカラオケの話と重なったからである。自分にとっては当たり前だと思っていた歌い方が、他人には力み過ぎているように感じられるということの、その驚きを共有したように思えたからだ。

 ロックンロールな曲を聴いて、実際に歌ってみると、原曲よりかなり激しく歌っている自分に気づくことがあった。自分の声を録音して聴き、原曲を聞くと、赤面するくらい異なっていたのだ。その時初めて、「あれ?こんな感じじゃなかった?もっと凄かった気がするけど?」という思いを抱いたのだ。

 これは、良い悪いという話ではない。上記のような戸惑いを感じたことのある私にとって、松之丞さんの発言は私にとって他人事ではなかったのだ。

 2018年12月16日の放送における今の伊集院さんや爆笑問題さんに対する松之丞さんの思いは、大体以下の感じだと私は思った。

 

 自分の好きだったラジオDJの語りと比較して、自分の語りはそれほど激しくないと思っていたのだが、ふと気が付くと実際は想像を超えて激しくなっていたと気づくとき、人はふと我に返って戸惑う。それでも、自分の想像は間違っていないのだと確かめながら、自分の意志を貫く。その時に人が抱く思いは怒りだ。平凡だと感じられる語りをするようになったラジオDJに対して、人は怒りを抱く。前はそうじゃなかっただろう、さんざん俺を夢中にさせてくれる語りをしていたじゃないか、何をいまさら穏やかになっているんだ、それはずるいじゃないか!

 

 この松之丞さんの思いに私は胸を打たれた。一応、上記は私の勝手な想像補正であるが、これぞパンクな精神であると思ったのだ。

 今まで当たり前だと思って自分がやってきたことが、実は当たり前じゃなくて度が過ぎていると注意されたところで、自分の中に出来上がった当たり前は、そう簡単に変えられるものじゃない。自分が憧れ、夢中になり、自分にとっての当たり前を形作ってくれた奴等は、今一体どこに行ってしまったんだ?ちくしょう、もっと穏やかなところに逃げ込みやがって、ずるいぞ!と思うのは至極当然のことである。

 この瞬間に、私は同じような体験をしている松之丞さんを応援したくなった。これは私の勝手な思いだが、こうやって自らの当たり前を周囲にとって当たり前ではないことに変えていくことの出来る人が、時代を作っていくと私は思っている。だから、松之丞さんはラジオパーソナリティとして、絶対に必要な存在だと思うのだ。

 さらに忘れてはならないのは、これを編集した戸波さんの存在である。戸波さんがどう思ったかは知らないけれど、きっと同じような思いだったのではないだろうか。既存の概念をぶっ壊して、新しい物を作り上げて行くのは、それまでの当たり前の度を更新する意志と情熱を持った者だけだと私は思うのだ。

 そう考えると、『ラジオ好きのツボからも 結構外れちゃってる気がする』という発言は、一つの大きな成功と捉えることが出来る。それまでのラジオ好きから、これからのラジオ好きを生む偉大な放送を、戸波さんと松之丞さんは成し遂げたことになるのだ(超ポジティブ)。

 そして、私のようなラジオ好きのツボも分からない一人の人間に、『問わず語りの松之丞』は最高のラジオとして届いたことは間違いない。私ははっきりと言う。こんなラジオを待っていたのだ。ずっと待ち望んでいたのだ。

 同時に、最低である理由も語ろう。これは、既存のラジオ好きにとって最低であるのかも知れないということだ。きっとラジオを長く聴かれている方は、自分の中に確固たるラジオ好きのツボというものがあって、それから外れた時に「このラジオは最低だ」という判断をするのだと思う。それもまた一つ間違いではないのだ。

 以上のことから、神田松之丞さんは最低であり最高だと私は言いたい。今のところ、私にとっては最高のラジオだけれども、もしかしたら今後は最低になってしまうかも知れない(笑)

 断っておくが、私は全ラジオリスナーを代表している訳ではない。私はあくまでも私個人として感じたことを記述している。私の判断で、私は文章を世界に向けて発信している。だから、私に賛否を向けるのは全く問題の無いことだと断っておきたい。

 改めて私は問いたい。

 

あなたにとって、

 

『問わず語りの松之丞は最高ですか?最低ですか?』

 

 最後に~問わず記しの森野照葉~

 今回、ずっと聴いている大好きな『問わず語りの松之丞』について一つ記事を書こうと思ったのは、2018年12月16日の放送が大きなきっかけだった。それまでもずっと面白いなぁと思うことはあっても、記事にして書こうという気持ちにはならなかった。書けば角が立つだろうし、色々と意見を言われて凹むだろうと想像していたからだ。それでも、私がこの記事を書こうと思ったのは、Twitter上の意見やSmartFlashの名の知れぬ記者の記事を読んで、「なんか私と全然思っていることが違うなぁ」と思い、これは少し記事にして読んでもらえるだけの価値があるかも知れないと思ったからだ。

 さらに記事を書くにあたって後押しになったのは、ダウンタウン松本人志さんと構成作家高須光聖さんの対談放送を聴いたからだ。参考に下記URL(違法かも知れないので、ご注意)

【松本人志】「馬鹿にされまくった若手時代」あの頃はつらかった… - YouTube

  この放送を聴いた時に、芸人としてダウンタウンが有名になった理由が、松之丞さんの今と重なるように私には思えた。だから、冒頭で放送の中での発言を引用させて頂いた。

 何が正解で不正解かは分からない。お前は何も分かってないなと言われても仕方がないのかも知れないとも思う。だが、私は松之丞さんの放送、そして偶然見つけた松本人志さんと高須光聖さんの放送を聴いて、書いてみようと思った。

 出る杭が叩かれず、そっと元の箱に戻されたり、或いは打たれることなく錆びて行くのだとしたら、打たれながらも出る杭に、美しさと輝き、面白さを私は見出して行きたいのだ。鯉だって滝を登って龍になる。鮭だって激流を登って子孫を残す。いつの時代も、素晴らしい功績を残した人は、その素晴らしさがもたらす、あらゆる弊害を乗り越えて、素晴らしい功績を残す人になるのだ。全てが順風満帆にいかないからこそ、私は松之丞さんを応援したい。そして、松之丞さんに本気の腐しを言う人も、冗談交じりで腐しを言う人も、全員愛していたい。

 誰もが最低で最高だ。最後、かなりカッコつけたけど、そんな言葉で記事を終わりたい。

 

 人間だれでも最低で最高だ

まもなく!正月初席 演芸初めは今しかない!~新宿末廣亭編~

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千里の道も一歩から

 

大いなる助走 

  演芸は縁芸だ。この世界でただ一人ぼっちだと考えている人に向かって「止せやい」と言う場の寄席で、人は芸人と芸と縁を結ぶ。自分は一人では無かったと気づかせてくれる芸人に出会って、あなたはあなた自身も気づかなかった扉を開く。誰にでも必ず縁を結ぶ芸人が現れて、今までは考えもしなかったことをあなたは知ることになる。

 寄席にいると、案外周りの人の声というのは耳に入ってくるもので、「大阪から来ました」、「長野から来ました」、「北海道から」、「鹿児島から」、あらゆる場所から人々が寄席にやってきているのだと知る。そして、一つの場所で笑ったり泣いたり寝たりする。もしかすると、あなたの隣に座って笑う客人は、どこかで出会ったことのある人なのかも知れない。もしくは、遠い昔にどこかで会釈をしてすれ違った古い友人なのかも知れない。あるいは、これから遠い未来で結ばれることになる運命の人なのかも知れない。寄り合って席に座り、高座の芸人を見ながら、私は寄席という空間に染み込んだ、人々の感情を想像する。笑い声に振動した寄席の建物。笑い声を浴びた芸人。その場には、人間という存在の感情の波が、時に大きなうねりを持って、時に小さくたゆたうように、寄せては返して美しく輝いている。

 暮れの忙しなさを乗り越えて新年を迎えた朝に、私は寄席に行きたいと思う。それは独りぼっちの寂しさを紛らわせたいとか、賑やかな場所の空気を味わいたいということではなく、ただ寄席という場所にいて、顔も名も知れない人々と肩を寄せ合いながら舞台の上に着座する、芸人を見ていたい。ただそれだけの思いがあって、私は寄席に行きたい。

 読者にとって、寄席がどんなものになるかは分からない。読者の中には既に寄席の楽しみを発見した人もいるだろう。この記事では、まず『新宿末廣亭』という寄席の正月の番組を紹介したい。私のオススメと合わせてお読みいただけると幸いである。

 

 もしも最前列で落語家を見たいという方は、開演時刻午前11時の2時間前に並ぶことで可能性はグッと高くなる。1時間前だと寄席の常連も集まって行列になる可能性がある。正月は特に大勢の人が集まり、テレビ中継等もあるため、普段の寄席とは違って賑やかさを味わうことが出来る。反対に、じっくり落語を聞きたいという人には向いていないように思う。とにかくたくさん芸人が出るので、時間の都合上マクラ(漫談のようなもの)だけになったり、「冗談いっちゃいけねぇ」と、演目を途中で切り上げることが多々ある。だから、正月の寄席は『顔見せ興行』とも呼ばれており、有名・無名を問わず大勢の演者が出演する。客人に求められるのは、自分に合う芸人は誰だろう?という審美眼である。もちろん、そんなもの持っていないよという人でも問題ない。何度か寄席に通っていれば、その内に面白さが分かってくることがあるのだ。

 余談だが、私は友人を寄席に誘ったことがある。友人は「専門用語が多すぎて分からない」と幻滅した様子。さらには「森野君、全然知らないデスメタルバンドのライブに行きたいと思う?君が落語会に僕を誘うのは、それと同じことだよ」と言われてしまった。興味を持った時に行けば良いというのも、寄席である。お腹いっぱいの人にどれだけ美味しい料理を食べて貰おうと力説したところで、食べてもらえないことと同じように、人に演芸を進めることもまた、その人の興味に因るところがある。だからこそ最初は慎重にならねばならない。渋谷らくごが特にオススメではあるのだが、もっとどっぷり演芸を味わってもらうには、やはり寄席しかない。寄席の魅力を最初から駆け足で味わってもらうことが出来るのも、正月初席の魅力である。

 

 新宿末廣亭 正月初席 第一部

 新宿末廣亭、11時~14時30分の第一部の主任(最後に出る人)は、笑点の司会者でもお馴染みの独身貴族(褒めてます)、春風亭昇太師匠だ。落語芸術協会に所属する名実共に抜群の真打。お弟子さんの結婚がニュースになるという珍しい落語家さんである。新作・古典のどちらも力を入れており、『ストレスの海』、『親父の王国』、『鷺取り』、『二十四孝』など、爆笑系の落語家さんである。とにかくお客さんに楽しんで貰おうという松岡修造ばりの情熱があり、笑点ではあまり見ることの出来ない毒舌と、独身であることの開き直りマクラなども面白い。

 五代目春風亭柳昇師匠の弟子である昇太師匠。プログラムではお弟子さんと同じく柳昇師匠門下の瀧川鯉昇師匠門下の落語家さんも出る。11時に交替出演する6人はイケメン揃い。特に瀧川鯉斗さんは来年5月に真打決定。今がチャンスですよ奥さん。俳優のような甘いマスクと絶品のウィスパーボイス、イケメンが映える『紙入れ』という演目を聴いたら、奥様も明日からフ・リ・ンの三文字に手を出してしまうかも知れません。

 お次の交代出演の四人は春風亭小柳枝師匠門下、三笑亭可楽師匠門下、三笑亭夢丸師匠門下の方々。この辺りは渋めの層。

 お次は相撲甚句の一矢さん。2018年の相撲に関する時事ネタが聴けるかもしれません。一緒に「どすこい、どすこい」言うのも一興。ヴァイオリン漫談のマグナム小林さんは、是非とも「おぎゃー」と拍手をして頂きたい。

 お次は芸術協会の講談枠。オススメはド迫力の江戸っ気のある神田鯉栄先生。粋で溌溂とした声と、畳み掛けるような気持の良い張り扇のリズムで、爽快感間違いなし。私的な呼び名は『一人スカッとジャパン』

 お次の交代出演も渋めの四人。オススメは瀧川鯉朝さん。落語界に纏わる小ネタを挟んだ演目が聞けるとラッキーかも知れません。

 強烈婆さんキャラのD51とどう見ても中年の青年団。色物の方々は寄席で爆笑間違いなしの盛り上げ枠だと私は思っている。特に青年団の青木さんと服部さんの掛け合いは、服部さんのパッションと青木さんのクールさが激突して面白い。

 お次は渋めの江戸落語枠。オススメはとん馬師匠。踊りも上手いし声も江戸前。江戸の気風を感じたい方に是非とも聞いて頂きたい。

 古今亭寿輔師匠は、着物から何から全てを見て頂きたい。そして度肝を抜かれて頂きたい。恐らく寿輔師匠と立川談之助師匠くらいじゃないだろうか。ド派手なの(笑)

 曲芸独楽の南玉さんは素朴に独楽の芸を披露されるだろう。ナオユキさんは見たことが無いので楽しみ。

 三遊亭円遊師匠、三遊亭円輔師匠も渋めの落語枠。若い人にはとっつきにくいかも知れないが、昭和の頃の落語の空気感を感じることの出来る数少ない落語家さん。仲入り前の遊三師匠は素敵なお声を持っていて、子供に馬鹿受け間違いなし、必殺の落語ネタを持っているので、その演目に出会えたらラッキーです。

 仲入り後の交代枠でオススメは三遊亭芝楽師匠。明るくて艶のある声と、後光が射してる感じ。ちょっと二丁目に来たかのような雰囲気があるかも知れませんが、その独特の世界に是非触れてほしい。

 お次の雷門助六師匠と金遊師匠は渋すぎますねぇ。若い人でご存知の方はごくわずかだと思う。ここは『長短枠』と呼ぶべきか、優しいお声とお顔立ちの助六師匠と、ちょっと怖いけどハンサムな金遊師匠。どちらも長屋の隠居のような奥深い佇まい。

 お次の京太・ゆめ子、 ひでや・やすこ、二組の漫才。京太さんはお馴染み「かあちゃ~ん」の声と独特のフラ。ここからは『フラ・ゾーン』である。ひでや・やすこのお二人は鉄板の「最高、最高」を是非ともやっていただきたい。

 お次は中堅真打枠。オススメは春風亭柳好師匠。何とも言えない優しい感じと、最初に見た時に「あれ?変なおじさん?」と思った師匠。凄く優しそうで素朴な感じなのに、顔が濃いというギャップにやられてほしい。

 お次は、個人的にめちゃくちゃオススメの交代出演枠。私のブログではお馴染みの三遊亭笑遊師匠。笑遊師匠はまさに『爆笑のレッド・ゾーン』に突入させてくれること間違いなし。是非とも爆音で豪快かつ爆笑の落語を体験してほしい。そして、強烈なフラで爆笑をかっさらう桂南なん師匠。この師匠も最高で、瀧川鯉八さんの独演会でもその強烈なフラを発揮する凄い師匠。見て味わえば笑える師匠だ。そして、この二人に比べると極太でありながらも独特の語り口で観客を巻き込む桂小南師匠。ダンディなオーラを放ちつつ、小南師匠独自の間とテンポで繰り広げられる極太の落語を是非体験してほしい。この枠、落語の深淵を教えてくれるヤバイゾーンです。

 この激ヤバゾーンの後で待ち構えているのが、ご存知ナイツ、そして宮田陽・昇。ナイツは言わずもがなの人気で、ナイツ出演会は大勢のお客さんが押し寄せること間違いなし。テレビではお馴染みのネタも披露されるだろう。ナイツに比べれば若干知名度は落ちるかも知れないが、実力は申し分なしの宮田陽・昇の漫才も是非味わって頂きたい。余談だが、宮田昇さんは柳亭こみちさんの旦那様。

 お次の瀧川鯉昇師匠と柳家蝠丸師匠。ここも見逃せない交替出演枠。鯉昇師匠は何と言っても瀧川鯉八さんの師匠であり、独特のフラの持ち主。知的でありながらも品格を感じさせる笑い。決してオーバーな演じ方をせず、あくまで自然体。私は良く普段着の鯉昇師匠を見かけることがある。一方、蝠丸師匠はか弱そうな体と声ですが、怪談噺や珍しい噺にも挑戦する実力派。この時間帯ではやらないが『死神』の工夫は絶品。

 笑福亭鶴光師匠はお馴染みのバレ噺ではなく、意外ときっちり上方落語をされている印象。一部では唯一の上方落語家。どうしてもエッチな噺の落語家さんのイメージがあるが、そこはベテラン、きっちりと大ネタもやる。呼び方は「つるこ」、多くの方は「つるこう」と呼んでいるが、実は「つるこ」が正解である。

 トリ前は東京ボーイズ。菅さんと仲さんの絶妙の音楽漫才。特に仲さんのボケの感じが面白い。歌も明るくて賑やか。芸術協会の色物の層は分厚い!

 そして、トリはお馴染みの春風亭昇太師匠。とにかく演者がたくさん出るので、大ネタはやらないかも知れないが、新作派の空気感を纏った素敵な落語を見せてくれる筈である。ネタに入る前のマクラも、普段の笑点では聴くことの出来ない話を聞ける可能性が高い。

 

 そんな訳で、ざっとご紹介の第一部。全部語っていたら、凄い数になっちゃうぞ!と思いますが、落語に初めて触れるという方は、この辺りで退散しても良いかも知れない。というのも、第一部終了後は入れ替え(2、3、4日のみ)があるためだ。普段は3000円で一日居続けることが出来るのだが、正月初席は特別にそういうシステムになっている。出来れば元日を狙っていくと比較的空いていると思われる。

 もしも、もっと落語を知りたいという方は、是非とも二部から三部までお籠りして頂きたい。あくまでも私は落語初心者の方には一部だけをオススメする。笑点しか知らなかった人にとっては、とても収穫の多い番組だからだ。

 

 新宿末廣亭 正月初席 第二部

 さて、二部はグッと寄席好きに寄っている印象。オススメは桂伸治師匠と、仲入り前のお馴染み三遊亭小遊三師匠。この二人はお弟子さんもさることながら、実力とひそかな人気を兼ね備えた実力派である。

 その他、講談好きにはたまらない神田松鯉先生や神田紅先生が登場。トリの桂竹丸師匠は新作派。円楽師匠も出るので、笑点好きには笑点メンバーの三人をコンプリートできるので、新宿末廣亭がオススメだ。

 

 新宿末廣亭 正月初席 第三部

 生粋の落語ファンになってくると、前半は『成金ロード』と呼んでもいいくらいの、未来を担う若手二つ目が並ぶ番組。説明するまでもないが、『成金』という落語芸術協会の実力派の二つ目が勢ぞろいする顔付けだ。オススメは春風亭柳若さん、桂宮治さん、神田松之丞さん。恐らく松之丞さんが出る会はとんでもないことになるであろうと思う。個人的には柳若さん→宮治さん→松之丞さんの流れで見てみたい。

 時事ネタ集団のザ・ニュースペーパーは大人向け、雷門小助六師匠のスタンダードな落語、古今亭今輔師匠のクイズ、山上兄弟の「てじな~にゃ」を味わって、最後はド迫力の大音量で桂文治師匠を味わってフィニッシュして頂きたい。初心者には若干ハードルは高いかも知れないが、落語好きに今日にでもなりたい!という方には、是非とも『一日末廣亭』を実行して頂きたいと思う。

 

 さてさて、そんなわけで語ってきました。『正月初席 新宿末廣亭編』。個人的には第一部を激推しします。ちょっと落語好きなら二部。生粋の落語好きなら三部と、それぞれに魅力があるので、是非是非、大いに悩んでください。

 

 千里の道も一歩から、大いなる助走を付けて、是非寄席に行ってください!

古典・新作サンドウィッチ 低酸素と夢添え~12月14日 渋谷らくご 20時回~

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私はそうは思わない

 

やります

 

不眠症なんです

 

落語家ちゃん

  自分の理解できる範囲でしか物事を楽しめないでいるのは、少し勿体ないぞと思ったことが私には何度かあった。音楽を聴き始めた時にロックンロールに出会って、ロックンロールこそが音楽で、HIPHOPやらテクノやらは音楽じゃないと思った頃や、太宰治は『人間失格』以外は全て駄作だと思った頃や、靴はアディダス以外はみんな一緒だと思っていた頃に、時々自分に対して「あ、勿体ねぇ」と思った。

 ロックンロール以外を聴き始めてみたら、意外とHIPHOPやテクノが凝った音楽なのだと分かったし、『斜陽』とか『津軽』を読んで太宰の魅力を再発見したし、アシックスを履いてみたら足への負担がアディダスを履いていた頃に比べて軽減したということがあった。

 その時に私は「物事はいろんな角度から見た方が良いらしい」ということに気づいた。どうにも一方からしか見ていないと、思考が凝り固まってしまうというか、広がっていかない。独りよがりの偏見になってしまいがちだ。

 なぜこんなことを書いたかというと、とある方のツイートを見て、初心者のレベルが相当高くて悲しくなった。みたいなものを発見して、「あ、勿体ない」と思ってしまったのである。だから、20時回を語る前に少しだけ、それについて語りたい。

 

 駒治師匠の『鉄道戦国絵巻』に代表されるように、鉄道を全く知らない人は一切笑うことが出来ない落語の演目がある。これは『初心者向け』と言えるか。私は言える。なぜならば、『自分には理解できないものに出会う』ことが初心者が必ず通る道だからである。

 考えてほしいのは、自転車に最初から乗れる人はいるだろうか。私はよほどの天才的な身体感覚の持ち主でない限り、ほぼいないと思う。同じように、最初からあらゆる物事を理解できる人間など、神か余程の天才以外ありえない。誰でも最初は自分の理解できないもの、自分には行うことが出来ないことに出会う。そして、それは決して悪いことではない。むしろ、とんでもない幸運なのだ。

 「みんなが笑っていることに、自分は笑えない。この会は初心者向けだって言ったのに、ちっとも笑えない。面白くない。初心者のレベルが高すぎるよ」

 そう思っているとしたら、実に勿体ないことだ。私は言いたい。みんなが笑っていることに、笑えなくてもいいんです。面白くないと感じてもいいんです。その心が第一歩。大事なことは、なぜ笑えなかったのか、なぜ周りのみんなは笑えるのか。その謎を一つ一つ解決するかしないか。それはあなた次第。その謎を解決したいと思ったら、こちらの世界へようこそ。解決したいと思わなかったら、それもまた良し。またどこかでお会いしましょう。ということになる。

 だから、難しいのだけれど、誰にでも理解できることは私にとって、飲みやすいお粥みたいなものなんですよ。するする食べられるけど、後には残らない。でも、難しくて理解しづらいものを何とか理解できたときは、私にとって料理人の工夫が詰まった料理を頂いた時のような、そういう至福の時間を過ごすことが出来る。

 決してどちらが良い悪いという話ではなく、あくまでも私はそう思うという話である。私は基本的に難しい話を好む人間だから、自分の理解できないことに出会うと嬉しくなる性質がある。そんな私も最初の頃は難しすぎて匙を投げた事柄もたくさんあった。根気強く、耐えて耐えて、そのうち分かるようになるのも、初心者のうちの楽しみの一つなのだ。だから決してレベルは高くないし、悲しまなくてもいいんです。演芸がお好きでしたら、またどこかで会いましょう。

 

 さてさて、そんな訳で、初心者のレベルは高くないよー。というお話の後で、本日のシブラクでございます。

 文菊師匠の独演会ではお馴染みの方もちらほら。やっぱり圧倒的に女性率は高いですね。前列はTwitterではお馴染みの集団がズラリ。

 正直、本当に今回は行く気は無かった。暇を持て余し、天命に従った結果、行ったまでのことである。お恥ずかしゅうございます。

 

 立川寸志『片棒』

 想定外のゆっくりめの語りからケチの話をし始めた瞬間に、「むむ、片棒か」と予測スイッチオン。お馴染みのマクラから予測通り『片棒』。ケチで倹約家のケチベエさんが、三人の息子(金、銀、鉄)に自分が亡くなった後の葬儀の話をするという演目。金の会話から銀の会話に移った辺りで、「あれ、なんかに似てるな」と思った。すぐにM-1ジャルジャルの漫才に対して、サンドウィッチマンの富澤さんが言い放った「マシーンを見てるみたい」という言葉が浮かんだ。最大の武器(と私が勝手に思っている)である流暢な中音域の口跡、畳み掛けるようなリズム、トントン拍子にスルスルッと耳馴染みの良い言葉の選択。どれをとってもスタンダードで機械的な印象を受けた。笑遊師匠の『片棒』が私は好みで、ケチベエや息子たちの人間性がより浮き彫りになっているように思えて好きなのだが、寸志さんは銀の語りがお見事。ただ親子の関係性みたいなものが私には感じることが出来なかった。笑遊師匠の場合はケチベエさんはどこか抜けているし、息子達の悪ふざけ感は嘘か本気か分からないギリギリのラインで、その冗談とも本気とも分からない部分が面白いのだが、寸志さんはあくまでも物語の調べを流しているように私には感じられた。これは登場人物の演じ分けが難しいのだろうなぁ。と思った一席。

 それでも、後半に向けて徐々に盛り上がっていく感じは良かった。やっぱり銀のチャラチャラした感じが面白い。これからどんな風にキャラが浮き上がってくるか楽しみな演目。チェーン店の蕎麦を食べた後みたいな感覚。

 

 立川志ら乃『低酸素長屋』

 『剥き出し』という言葉が志ら乃師匠ほど似合う人はいないんじゃないか、と思うほどに『剥き出し』の志ら乃師匠。座布団に座ってからも、何かに追われているかのような目つきで言葉を絞り出す様子に、会場中が一気に『志ら乃師匠頑張れムード』になっていて、もう既に心地よい領域に入り込む。色々とマクラはあったけど敢えて書かない。

 葛藤の後で振り切れたように「やります」と言い放つと、会場からは拍手。この拍手は完全に『志ら乃師匠ウェルカムムード』の拍手である。なんだよこの超あったけぇ空気。志ら乃師匠専用の病院かよ。と思っていると、再び葛藤の志ら乃師匠。まるで自分に暗示をかけるかのように「そうだよ!良いお客だよ!信じろよ俺!」みたいなことを自分に向かって自分で言っていて、ああ、なんか、いいなぁ。と思う。

 中学校の頃に野球の準決勝で9回裏ツーアウト満塁、一打サヨナラ逆転のチャンスでバッターボックスに立つ友人を見ていたときと同じ気持ちになる。結局その試合は友人の三振で負けたけど悔いは無かった。あるいは、テスト前日に全く勉強をしてこなかった自分に対して、夜、布団の中で天井を見つめながら「大丈夫、俺は何でも思い出せる」と自己暗示をかけていた自分を見ているようだった。結局テストは酷い点数だったけど後悔はしていない。反省はしたけど。

 要するに、高座で葛藤する志ら乃師匠が、そんな在りし日の私と重なって、めちゃくちゃ応援したくなった。どうやら会場もそういう空気だったようで、志ら乃師匠の葛藤と決断に万感の拍手で応えるという現象が起こる。はっきり言う、会場にいた110人全員大好き。

 全てをさらけ出した結果、会場の全員を味方に付けるというウルトラCを成し遂げて『低酸素長屋』という演目に入る。

 これがまた、冒頭から徹頭徹尾面白くて、何より会場が志ら乃師匠にがっつり心を持っていかれていたから、爆笑の嵐。普通の長屋での出来事に『低酸素』という一つの状態を付加するだけで、これほどまでに劇的に面白くなるという凄さ。彦いち師匠の着眼点もさることながら、志ら乃師匠にぴったりの『くだらなくて面白い』演目だった。

 何度か志ら乃師匠は見たことがあって、ホームランを狙って大空振りした『死神』や、颯爽と笑いを取った『粗忽長屋』などなど、不思議な空間を作る落語家さんだと思う。なんというかやっぱり、『剥き出し』って言葉が私にはしっくりくるかなぁ。カッコいいなぁ。と思いつつインターバル。

 

 古今亭文菊『夢の酒』

 いっそのこと文七元結やっちゃえ。と心の中で思いつつも、そこはやっぱり文菊師匠。三番手としての役割を見事に引き受けての『夢の酒』。マクラは以前何度か聞いたことがある。が、まさか文菊師匠の口から出てくるとは思わなかった、とあるスマホゲームの話。文菊師匠がカタカナを発するだけで緊張するというか、ドキッとする自分がいる。絶対話すと分かっているのに「文菊師匠、カタカナご存知なんだ・・・」みたいな感覚になるのは何でだろうか。すっかり文菊師匠に惚れ込んでいる私。

 肝心の演目は表情の機微、男性と女性、年配の方からお若い方まで、巧みに声色を使い分けて演じる。以前見た時よりも格段に凄みが増していて、短い言葉で情景を浮かび上がらせるセンスに鳥肌。背中から紫色の煙でも出ているんじゃないかと思うほどに色っぽい。全盛期の藤圭子ばりの色っぽさ(言い過ぎ)である。

 何と言っても表情と目線、そして間。どれもがゆったりとしたテンポでありながらも、きっちりと物語を浮き立たせている。まるで筆でじっくりと文字を書くような清廉さの中に色気が混じって、聞く方は恍惚の極み。

 また若旦那とその女房のやりとりも面白い。「怒っちゃいけないよ」という若旦那の言葉に対して、話を聞いているうちにヒートアップし、しまいには泣き出す女房。これだけ嫉妬される若旦那も罪な奴だなぁと思っているところへ大旦那登場。この辺りの大旦那の表情の機微が絶妙。夢だと告げられる前と後での表情と声も、実に緻密というか、もう如実に凄さが伝わってきて、きく麿師匠的に言えば「ビビクリマンボ」である。

 文菊師匠は本当に繊細に物語を際立たせているように私は思う。細筆と太筆を使い分けて絵を描いているような感じである。声色の高低で筆が波打ち、リズムで筆の走る速度を変え、鮮やかに物語を30分という枠の中で完成させる。ほんとすき。だいすき。

 

 さて、この後でどんな話をしてくるのか。もう帰ってもいいかな(笑)とか思いつつ、満を持して登場の方。

 

 春風亭百栄『落語家の夢』

 全くいつも通りのお姿と間と佇まいで登場の百栄師匠。マクラも短めに演目は『落語家の夢』。お初の演目で、正直、どこまで書いていいのか分からない演目。

 Twitterでも書いたが、寄席の常連になって、某落語家に出会い続けてきて、その落語家に対してある思いを抱いている人にとって、今日の百栄師匠の『落語家の夢』は超絶面白い話になるだろうと思った。事実、私はめちゃくちゃ大笑いした。

 とにかく設定もさることながら、まず寄席にきた母親と娘が物凄い思想の持ち主で、それに応えるアツシさんも凄い思想の持ち主で、「こいつら・・・どうかしてるぜ!」と思った。間違いなく一番どうかしてるのは百栄師匠なのだが、敢えて語られることなく47,000円に設定された某師匠。言葉の裏を読みまくった結果、めちゃくちゃ爆笑してしまうという。恐ろしすぎる落語である。

 また、冒頭にも書いたが、この『落語家の夢』の面白さが分からなかったからと言って、それは決して悪くない。これは『鉄道戦国絵巻』よりもさらにマニアックな部分にある話だと私は思っている。もちろん序盤はそれほどマニアックではなく、ある程度寄席に通っていれば面白いと感じられる。某師匠が出てくるくだりは、寄席の常連になるとさらに笑える。単純に絵を想像するだけでも笑えると思うが、ある特別な思いを抱いていると、それはさらに倍増すると思う。

 言わば、この『落語家の夢』はこれから演芸を楽しもうという人にとって、一番の手引きになる。話に出てきた落語家さんってどんな人だろう?とか、新宿末廣亭や上野鈴本演芸場ってどんなところだろう?とか、様々なことに興味を持ち始めて、寄席の常連になった結果、某師匠のところで、超絶笑うことが出来るのである。絶対に勘違いしないで欲しいのは、笑えない自分を決して悲しんではいけない。むしろ、笑えるチャンスがあるのだと思って、寄席に是非通ってほしい。きっとあなたの気持ちは再び『落語家の夢』に出会った時に報われるだろう。

 と、ここまで書いているが、あくまでも私が個人的に某師匠にある思いを抱いていたため、大笑いすることができただけである。万人が大笑いできるかどうかは分からない。少なくとも某師匠が大好きな人には笑えないかも知れないが。

 まさかこんなに際どい演目を百栄師匠がやるとは思わなかった。普段の寄席だと肩の力を抜いてふわふわーっとやるイメージだったが、この演目を聴いて一気に大好きになった。面白い師匠である。何度か独演会に行ってみたくなった。

 この話を聞くと、誰かと語り合いたい気持ちになるし、つい演目の詳細を語ってしまいたくなるのだが、これはちょっと野暮というものだ。全てを語ることが必ずしも良いとは限らないように、私もまた余白を残す書き方にした。

 

 総括すると、やっぱりシブラク。何回来ても大丈夫、である。(イナバパロディ)

 古典・新作・古典・新作という流れで、まさに落語のサンドウィッチを楽しめた。

 正直、行く気は無かったのに、こんなに楽しめたのは幸運だった。

 明日も明後日も演芸日和。さー!楽しむぞ~

幾百年を超えて、話芸に生きる志~12月14日 ふたりらくご 18時回~ 

 

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赤穂浪士の討ち入りの日

 

私にも侍の話がありました

 

年の瀬や水の流れと人の身はあした待たるるその宝船

 我が家にテレビは無い。だから、世情はスマホで知る。落語会はかわら版で知る。様々な用事が予想よりも早く片付いた。これはやはり天命というものかと思い込み、急ぎ渋谷らくごに駆け付けた。

 本当は今月の会は行く予定などさらさら無かった。18時の回には間に合わないだろうし、20時の回も文菊師匠がトリじゃないなら、見るもんか!と意固地になっていたのだが、結局どっちも行った。行っちゃった。自分が情けないとは思わない。自分の心の弱さが嬉しい。ブレてくれてありがとう自分。

 以下、カッコ内は取り留めのない備忘録のため、読み飛ばし推奨。

【ふと、もしかしたら赤穂浪士の中にも討ち入りなんてする筈なかったという人がいたんじゃないだろうか、と思う。本当は討ち入りなんてしないで、遊んで暮らしたり、和歌俳諧に勤しんだり、美味いもの食って寝るとか、そんなことをし続けて死にたい人もいたんじゃないだろうか。でも、そう思うのは私が現代に生きているからこそ、そう思うのだろうという思いもある。当時の時代背景や、美徳とされていること、武士なら碌より名を残せとか、今以上に武士としての心の在り方が重要視されていたと思う。そう考えると、現代は実に多様化された美意識がある気がする。『みんな違ってみんないい』とか『ナンバーワンじゃなくてオンリーワン』とか、徐々に徐々に個人の意思が尊重され始めたような気がする。飛躍した物の言い方になるけど、それって欧米的なんじゃないかと。むしろ日本人ならば、滅私奉公という言葉に代表されるような、日本人としての心の在り方の名残りを感じさせる言葉みたいに、自分一人ではなくて集団としての個人の意識が当時は強かったんじゃないだろうか。となると、個人尊重を美徳とする欧米人には忠臣蔵とか赤穂義士伝は、全く響かないんじゃないだろうか。「主君のために討ち入りして、最後は全員自殺?ホワイ?」みたいなことになるんじゃなかろうか。そして現代に生きる人にとって、『忠臣蔵』の物語の魅力って伝わるのだろうか。と、色々なことを考えてしまう。

 『主君への忠義の心』は日本人にとって最上の美徳だった。今でもそうかは分からない。今、物語の持つ一つの力として、忠義の心と仇討ちがどれほどの力を持つか。それも分からない。でも面白いし、感動するのは、私の中にまだ情緒があるからだろうと思うし、それを持っている自分が嬉しかったりする。なんだかよく分からない。カッコ内の備忘録】

 

 会場は超満員である。さすがは松之丞さんのネームバリューというべきか。私の感覚ではざっと40人くらいが新規で、他は松之丞さんファンという感じで、松之丞さん層が分厚い。もはやベルリンの壁並みのファン層である。

 比較的30代の女性が多い様子。仕事帰りのサラリーマン、寄席の常連、などなどを見ても、やはり女性率が圧倒的に高い。松之丞さんってどんな人?という興味を持った人が、まだまだ続々と会場にいらっしゃっている様子。是非とも松之丞さんの講談に惹かれてほしいと思う。

 そして、もちろん忘れてはいけない。今年真打に昇進、流暢な口跡、唯一無二の鉄道落語を得意とするこの方の登場。

 

 古今亭駒治『鉄道戦国絵巻』

 普段何気なく乗っている電車でも、色んな角度から見ることが出来るんだなぁ。という一席。

 寄席ではお馴染みのマクラから、演目は『鉄道戦国絵巻』。この演目に出会うのは5度目。私は勉強不足であまり笑うことは出来なかったのだけれど、畳み掛けるような口跡、歯切れの良いリズム、そして溢れる鉄道愛。もはや鉄道が好きな人にはたまらない落語だと思える演目で、これを聞くと大体どれくらい新規さんがいるか分かる(笑)という演目でもある。

 真打昇進披露の際にもやった演目で、基本的には新幹線との対決(書いてて良く分からないが)がメインである。前の記事では内容を省いたが、簡単に言えば路線の歴史を面白可笑しく戦国時代の合戦になぞらえて語るお話である。

 これがマニアック過ぎて、私もどう記述してよいか分からない。今のところ私にとっては『鉄道好きには爆笑必死』の落語という評価である。

 

 神田松之丞『大高源吾』

 今日は赤穂浪士の討ち入りの日ということもあって、会場にいる全員から「どんな義士伝が聞けるんだろう。ワクワク」みたいな雰囲気が感じられた。かくいう私もその一人である。それまでは討ち入りの日も、赤穂浪士の名も、どんな経緯でそうなったかもわからなかった私が、一年経って講談を聴き続けた結果、討ち入りの日も、赤穂浪士の名も、どんな経緯でそうなったかも分かるようになった。これも一重に松之丞さん、さらには講談の世界に出会ったおかげである。詳しくなったから偉いという訳ではないが、その時代の話を知ることによって過去に思いを馳せていると、今は無き武士の志というものを感じることが出来て、日常生活のふとした瞬間に、武士の姿が思い起こされて、心が奮い立つ。ということが良くある。

 主君の仇を討つために集った四十七士の魂。それをなぜ私は美しいと感じるのだろう。上手く言い表すことが出来ない。それは私の心の奥底にある情緒にあるのだと思う。何とも言いようが無いのだけれど、主君の仇討ちのために、自らの人生の様々な物事と別れなければならなかった環境、その周りの人々の姿、そして討ち入りへと向かう赤穂浪士の姿。全てが混ざり合って、到底一言では言い表すことが出来ない。それが、物語が物語として持っている力なのだと私は思う。

 さて、物語に移ろう。お初の演目『大高源吾』、松之丞さんはマクラからガラリとトーンを講談にチューニング。この辺りの切り替えの妙は鮮やか。照明も落ちてグッと世界は討ち入り前夜へ。この辺りの演出が凄い。地の語りから物語に移行せず、一旦冒頭に映像的な描写を入れ込む。短歌の話(映像的描写)から地の語りへと移ってから再び物語(映像的描写)へ。技術的な部分が地味に効果を発揮しているように思えた。冒頭の謎を解くかのように物語が進み、俳句の名を子葉という大高源吾が、宝井其角という男と話をする。そこから一つの短歌をきっかけに物語が展開する。言わば短歌を一つの謎としたミステリー調の話だと私は思った。最初にその謎に気づく其角の殿様。聴く者も既に源吾の思いには気づいているが、物語の中の其角だけは気づかない。奥さんや俳句仲間も巻き込んで面白おかしく話題は展開しつつも、ふとしたことがきっかけで短歌『あした待たるるその宝船』の意味に気づく辺りは、ミステリーの謎が解かれた気持ち良さがある。

 其角が謎に気づいた後の場面展開は凄まじかった。お互いに思いを抱えながら、短歌で思いを交わす源吾と其角。吉良邸の門へと勇ましく走っていく大高源吾の姿が私には見えた。この辺りは言葉にすると野暮になりそうなので書かない。とにかく講談を聴いて、その時に浮かんだ映像に身を任せてほしいと思う。

 最後は今月今夜、吉良邸へと討ち入りまして、定刻でございます。みたいなことを言って終幕。あんまりスピリチュアルなことは言いたくないけど、何かに呼ばれてここに来たんだな、という印象を強く抱いた。

 正直に言えば、近頃の私は真剣な芸を見たいという思いが強くなっている。妙に茶化したものよりも、ガチ、本気、真剣勝負みたいな、ひりひりしたものを見たいという欲求が募っていて、それがどうしてなのかは分からない。恐らく、何度かそういう真剣な芸に出会って痺れてしまい、その快感が忘れられないのだと思う。今日はそれほどではなかったし、正直マクラも長いかな、とは思いつつも、素敵なふたりらくごだった。時折、松之丞さんの語り口調に松鯉先生のトーンを感じて、なぜかうるっと来てしまう部分もあった。

 時代によって移り変わる鉄道も、どれだけの時代が過ぎても色褪せることの無い赤穂浪士の物語も、そして今、この時代にある講談も、全てが生きて受け継がれていくのだと思う。幾百年、幾千年を超えて、話芸に生きる志、そして話芸そのものに受け継がれた魂を感じた1時間になった。

 渋谷らくごの始まり回に外れ無し。素敵な会でございました。

 勢いに任せて20時回も行きましたので、そちらは次の記事で。

演者と繋がるための糸~浪曲 玉川太福の世界を聴いて~

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CD無事に購入できました。

 

サイン頂きました

 

聴き比べ してみました

  私は布団になりたい。この時期は寒いから、体温で温められた布団になって、一日中寒さから逃げ続けていたい。と、考えてしまうくらいに寒い朝

 身支度を整えてから、休息代わりに一杯の珈琲を飲む。美味。パソコンを開いて、使いずらい『Music Center for PC』のアイコンをクリックする。アンダーソンの『そりすべり』を聴きながら、さらさらっとネットサーフィン(死語)をしつつ時間を過ごす。

 気分が良くなってきたので、だらだらっとしながら、先日購入した『浪曲 玉川太福の世界』の古典・新作を聴く。

 TwitterAmazonを見ていても、発売から2週間ほど経とうとしているが、あまり目立った感想というものが見られなかった。むしろ、『買った』という報告や『サインを貰いました』という報告の方が、12月11日現在、多いように私には思えた。

 ざっと十回繰り返し通しで古典・新作を聞いたので、そろそろ感想でも書こうかと思い立ち、この記事を書くことにした。決して購入をオススメしたり、購入を阻害するような思いは一切無い。私が聞いて、どう思ったかを参考にしていただければ良いというだけの、ただ一人の感想記事に過ぎない。だから、これは賞賛でもなければ、批判でもないということをご理解いただきつつ、読んで頂きたい。

 

 玉川太福さんのCDを買うまで、私は生の高座でしか玉川太福さんの浪曲に触れたことが無かった。厳密に言えば、玉川みね子師匠の三味線に導かれた太福さんの浪曲は、ライブでしか聞いて来なかった。

 私がCDの音源を聴いた時に感じたことに対して、最も影響を及ぼしたことは、生の浪曲を聴いてからCDを聴くという、この過程にある。ライブからCDへと視聴が移る過程こそ、私がCDの音源に対して最初にどう思ったかということに、大きな影響を及ぼしたのだ。

 私の体験として、音楽を聴くとき、邦楽・洋楽のバンドはまずCDを最初に買って聴いていた。或いは、テレビから流れた曲を聴いて良いなと思い、休みの日にCDショップに行って、目的のCDを購入し、自宅にあるCDプレーヤーで聴いていた。そのバンドがどこかでライブをするとなれば、是非生演奏を聴いてみたいと思い、チケットを購入して見に行くことがあった。すなわち私にとっては、『CDを聴いてからライブへ行く』ということが当たり前の過程だった。

 当然、私が体験したライブは『CD以上の凄さ』という感想になった。CDでは削ぎ落されてしまうもの、生でしか味わえないものを感じるからこそ、私はライブそのものに魅了された。友人にもオススメのCDを渡すときは「ライブはもっと凄いよ」と言って貸していた。

 特に私にとって思い出深いのは、真夏のサマーソニックThe Strokesを聞いた時だ。それまでは『Is This It?』というアルバムを繰り返し繰り返し聞きながら、ライブの日を楽しみにしていた。いよいよThe Strokesが出てくると、会場にいた人々がわっと前列に押し寄せ、楽曲中は押し合い圧し合い、荒れ狂わんばかりの熱気。メンバーのギターの音色、ベースの音色、ドラムの音色、そしてボーカルのジュリアン・カサブランカスの声。全てが蕩けそうなほどカッコ良くて感動したことを今でも覚えている。

 その後でCDの音源を聴いた時、あの瞬間にあった興奮は無く、むしろその名残りを思い出すためのきっかけになるようなものとして、CDが機能し始めたように思う。

 いつの間にか私の中で、『CDの音源には、ライブに勝る迫力は無い』という思いが強まっていた。あくまでもCDはライブに行くための一つのきっかけ、扉に過ぎないのだと思うようになっていた。

 

 以上を踏まえて、私が『浪曲 玉川太福の世界』を聞いた時に最初に思ったことは、『あれ!?あんまり迫力が無いな』ということだった。

 私の『Music Center for PC』では、『浪曲 玉川太福の世界』に収録された演目のジャンルは『話し言葉(一般)』になっていたので、すぐに『浪曲』に変えた。この辺り、SONYさんはまだジャンル判断がプログラムされていないのかな、と思いつつ音源を聴いた。

 普通に音楽を聴く音量の倍以上にすると幾分か迫力は解消された。それでも、やはり私の脳内には最初の体験として『生の玉川太福さん/みね子師匠の浪曲』がインプットされている。イヤホンで聞いても、パソコンに設置したスピーカを通して聴いても、生の迫力がもたらす感動がやってこない。高級なスピーカであれば、また違う意見になるのかも知れないが、一般的なオーディオ機器では、生の浪曲を超えているとは思わない。だから惜しい。僅か数メートルで唸る玉川太福さん、みね子師匠の三味線を聴いている私としては、まだまだこんなものじゃない。と知っているからこそ、惜しいなぁ。と感じてしまう。

 だから、私ははっきりと区別することにした。CDの音源は『扉』に過ぎないのだと。音源を聴いて、生の浪曲を聴いてみたいと思う人々にこそ、CDは大きな作用を及ぼすのではないか、と私は思った。

 もちろん、どんな時でも玉川太福さん/みね子師匠の音源を聴けるのは嬉しい。何度も繰り返し聴くことで、演目への愛着が湧くし、CDに収録された音源を生で聞いた時に、また新しい発見が出来るだろうと思う。生の浪曲を聴いてきた人達にとってCDの音源は、『再び玉川太福さんの生の浪曲に出会うまでの、楽しみの糸』だと私は思う。糸を何度も手繰り寄せるように聞いて、自分の中で出来上がった思い(それはセータ、もしくはチョッキかもしれない)を、ライブの時に立派に仕立て上げてくれるのが、玉川太福さん、そしてみね子師匠なのだ。私はそういう向き合い方で、CDに収録された演目を聴くことにした。

 演芸は一期一会だ。その時、その場所、その空間にしかない空気。目に見えない色んなことが影響を及ぼして演芸は作られている。これは生の浪曲を楽しんだことのある人間の感想である。世の中には、まだ玉川太福さん、みね子師匠の浪曲を聴いたことが無い人たちがたくさんいるのだ。

 だから今回のCDは、まだ生の浪曲に触れたことの無い人にとって、大きな意味を持つだろう。理由があってCDしか聴くことが出来ない人もいるだろう。生の高座を見ていたが、地方に転勤になって聴けなくなった人もいるだろう。そんなたくさんの人々を結ぶ一つの糸として、『浪曲 玉川太福の世界』はある、と私は思う。

 『浪曲 玉川太福の世界』に限らず、多くの演芸関連のCDは、全て演者と繋がるための糸だと私は思う。残念ながら故人の生の高座は見ることは叶わないけれど、それでもライブ録音されたものから雰囲気を感じることが出来る。例え演者の肉体は亡くなっても、芸、そして魂で、CDに収録された音源という糸を介して繋がることが出来るのだ。

 

 Twitterを見ていても、まだあまり表立った感想が呟かれていないのは、きっと生の高座を体験した人が多いからなのではないか、と私は推測している。これはあくまでも私の推測だが、CDを聴いた人は『物足りなさ』を感じたのではないだろうか。

 志ん生師匠や文楽師匠の生の高座を見たぞ!と威張って、今の落語家は志ん生文楽の高座には敵わない!と威張っているような人にはなりたくない、が、生の高座にしか無いものは確実にあって、それはやはり何度も同じことが繰り返されるCDには無い、大きな大きな魅力があるのも事実である。だから、私はまだCDをどう捉えて表現して良いか分からない。願わくば、玉川太福さんとみね子師匠の生の高座を見たことが無い人が、どう感じたのかという感想を聞いてみたい。一度生の高座を体験してしまうと、CDから玉川太福さんとみね子師匠に出会った気持ちは、想像することしかできない。

 

 とにもかくにも、再び玉川太福さん、みね子師匠の生の高座を見る日まで、太福ロスを何とか凌ぐためにも、『浪曲 玉川太福の世界』の古典・新作を聴いて行きたい。個人的なオススメ演目は古典なら『若き日の大浦兼武』、新作なら『湯船の二人』である。この二つは生の高座を聴く度に発見があって面白い。

 出来ることなら『不破和右衛門の芝居見物』と『西村権四郎』をライブ音源で出してくれることを望む。不破和右衛門が芝居を見ている時、判官が出てきたところで平伏する場面は、いつも涙がこみ上げてしまうし、西村権四郎は全編良い話なので、偉い人、お願いいたします。

 

 という訳で、演目解説はしなかったが、今回の『浪曲 玉川太福の世界』。私には物足りないけれど、太福ロスを補う重要なCDになった!同時に、不正な録音・録画は絶対禁止です。その瞬間にしかないものを楽しみましょう。

 今週も演芸に触れる楽しみを抱きつつ、抱きつつ。それでは、また。

眼前の浪情、そして見えない愛情~12月4日 浪曲いろは文庫 木馬亭~

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久しぶりに浪花節を聞いたなぁ、あれが本物の浪花節だよ

 

良かったよ!

 

60代になったら内蔵助を演じられるのかなぁと仰られていました

 

俺が死んだら、葬式であのビデオ流してね

  浪曲にガンガンにやられて木馬亭を出る。しばし時間を潰そうかと浅草寺辺りを彷徨いながら、適当な店に入って飯を食べる。終始考えていたことは、木馬亭から出る際、後ろの席に座っていらっしゃた豊子師匠のことだった。確かお客さんの誰かが祝儀を渡していて「どうして?私出ていないのに」という豊子師匠の言葉が聞こえてきた。出ていなくても凄い三味線を弾くことは、浪曲を愛する者なら誰もが知っている事実である。

 そんな豊子師匠。一番弟子の沢村さくらさんが上方からやってきて、さぞ嬉しかったのだろうと私は感じた。当たり前である。親が子を思う気持ちと同じ、祖父母が孫を思う気持ちと同じ。もしかしたらそれ以上の、師匠と弟子の強い絆があるのではないかと考えてしまった。先日の文菊師匠の独演会で聞いた『我以外、皆師なり』という言葉にも通じるように、さくらさんにとって豊子師匠は師匠だし、豊子師匠にとってもさくらさんは師匠でもあるんじゃないかと思った。

 ここからは私の希望的想像だが、パイプ椅子に座って、木馬亭の舞台を眺めている豊子師匠は、弟子の沢村さくらさんの音を聞いて、きっと喜んだと思う。東京を離れて十数年、上方で修業をしてきた弟子の音を聞いて、豊子師匠の胸にやってきた感動の大きさは、私のような新参者の若造が語ることなど到底不可能な、言葉では表現しきることの出来ない、とても大きな感動だったと思う。

 どんな日々があっただろう。私は二人が向かい合って三味線をする姿を想像する。豊子師匠は自らの姿を見せることで、自らの芸をさくらさんに伝えた。そして、さくらさんは豊子師匠の三味線に惚れ、弟子になろうと決意した日から、曲師として今日まで弾き続けてきたのだ。

 命には限りがある。伝えなければならないものの全てを伝えることが出来るかは分からない。それでも、豊子師匠や孝子師匠は、自らの行動で浪曲の世界を歩き始めた若い浪曲師、曲師たちに示しているのだ。自分たちが同じように受け継いだ浪曲という芸の魂のバトンを、今、渡すときなのだと。

 色んなことばかり考えて目がうるうるしてきたので、開場時間になって再び木馬亭に入った。お客の数は40人ほどだろうか。着座すると、浪曲に詳しそうな方が「もっと入ってもいいのになぁ」と仰られているのが聞こえた。客席を見ればほとんどは50代~60代の方々で、夫婦でいらっしゃっている様子の方々も見受けられた。

 大阪に行く交通費を考えても、木馬亭で関西の浪曲を聞くことが出来るのはとても貴重な機会だ。たまたまTwitterで見て予定が空いていたので来て見たのだが、周囲のお客様の話を聞いていると、生粋の浪曲ファンが多いのだなぁと思った。

 落語ファンの方々の場合はおおよそ「あの人のあの演目いいよね」という感想が目立つ。落語そのものの性質なのかも知れないが、熱狂するほどの名人!名調子!みたいな熱いお客さんは少ないように思う。むしろ、落語家そのものの醸し出す雰囲気に惹かれている方が多いのかな、という印象である。

 講談ファンの方々は、語り口と迫力に惹かれ、「あの話は、あの講談師で聞きたい」というような、鉄板の話が出来上がっているなかで、それをどう解釈して語っているかというところに、魅力を感じているお客様が多いように思う。講談には講釈本が存在していて、それがもう磨きに磨き抜かれた傑作の話が多い。同時に忠臣蔵清水次郎長伝など、日本人の心を震わせる伝統の話も多数ある。それを如何に語るか、どんな風に解釈しているのか。そこに魅力を感じた感想が多いように思う。

 最後に浪曲ファンの方々は、「声はこの人、節はこの人、啖呵はこの人、曲師はこの人」というように、それぞれの細分化された力に惚れている人が多いような印象である。関東節と関西節がある中で、持って生まれた声の才能を活かす者もいれば、巧みな節を唸る者、物語の登場人物が発する啖呵で魅せる者、絶対的な三つの能力に対して、客はそれぞれに惹かれた者を聴いているように思う。多くのお客様は『節』に感動されることが多いように思う。また、『声』は難しい部分がある。生まれながらの才能ももちろんだが、浪曲を唸り続けて行くことによって出来上がる声というものもある。

 落語・講談・浪曲、それぞれに魅力は多い。自分が一体何に惹かれているのかを考えてみるのも面白いと思う。

 

 さて、定刻になって浪曲いろは文庫が開演。舞台袖から真山隼人さん、五月一秀さん、沢村さくらさんが登場。浪曲いろは文庫のことについて語られていたが、正直覚えていない。

 三人が舞台袖に下がると、開口一番の登場。

 

 天中軒景友/さくら『若き日の信長』

 ロック好きな人のような髪型で登場。去年の7月に入門したばかりの浪曲師。まだまだ声は出来上がっていないし、ロックが好きだったんだなぁというようなお声。これからどんな風に声が出来上がっていくのか楽しみ。渋くてダンディなお声の持ち主です。

 

 五月一秀『隅田八景』

 渋いお顔立ちと声。話の筋があまり分からなかったので申し訳ないのだが、終演後にお客さんの感想を耳にすると「酒飲みのおじさん二人が言い合う話」だそう。初めての演目は筋が頭に入っていないから、なかなかとっつきにくく、何となく雰囲気で察するしかない。特に派手なことの起こらない地味な展開だったような記憶がある。節の部分もどう評して良いか難しい部分があった。寄席で聞いた浜乃一舟さんを聞いた時に感じたような、何とも言い難い古典のような響きの味わいがあって、私のような新参者だと隼人さんのような張りのある声の方が、理解しやすかったのかも知れないと思う。渋い節でありながらも痺れたのは、Youtubeで見た京山幸枝若師匠の『竹の水仙』だ。前半を見た時はしみじみとした節だなぁと思っていると、物語の展開とともに後半の節になると染み渡ってくるような、ジーンとした味わいの節になる。冒頭からド迫力の感じの節は分かりやすさもあるが、しみじみとしつつ徐々に盛り上がっていく節も味わい深い。

 まだまだ私の浪曲経験も浅い。これからじっくり聞き続けようと思った一席。落語も講談も浪曲も同じ。最初から心惹かれる芸もあれば、聞き続けて行くうちに好きになる芸もある。客としての成長が必要不可欠だ。

 一席終わった後で、客席から「いやぁ、久しぶりに浪花節を聞いたなぁ。これが本物の浪花節だよ」というようなこと嬉しそうに言う、紳士の声が聞こえた。私の中には『浪花節』の定義が無くて、きっとその発言は『浪花節』を体験したことがあるからこそなのだと思う。後々になってきっと、私はあれは『浪花節』だったのかと気づくだろうと思う。そのためにも、どんどん聞いていこう。

 

 五月一秀/沢村さくら/真山隼人 『神崎東下り』 掛け合い浪曲

 神崎と言えば、講談に『神崎の詫び証文』という話がある。立ち寄った店で丑五郎という悪漢に絡まれた神崎与五郎という赤穂義士に纏わる話だ。浪曲ではどのようになるのだろうと思って聞いていると、なんと『掛け合い浪曲』という初めての形式。これがまた実に壮観というか、左に五月一秀師匠、真ん中に曲師の沢村さくらさん、右に真山隼人さんという布陣。この布陣を見た瞬間、なんだかぱっと明るいというか、とてつもないものが迫ってくるのではないかという予感がする。

 配役は五月一秀さんが丑五郎。見た目は丑五郎のイメージからは遠いが、声の調子からも丑五郎が適任のように思った。けれども、神崎が隼人さんというのは、ちょっと無理があるのではないかと、失礼ながらに思ってしまった。私の中の丑五郎像は勝新太郎、神崎像は早乙女太一である。本人そのものという訳ではないが、ざっくりそんな想像で聴いている。

 三味線が鳴って二人が唸り始めると、これがもう、5.1chドルビーサラウンドを凌ぐほどの大迫力。先ほどの『隅田八景』での節よりも数倍力と張りのある声で、高い調子で唸る左に立つ一秀さんにまず痺れたかと思うと、お次は張りがあって力強い隼人さんの節がやってきて、左右の耳から節が突き抜けてきて、思わず心の中で、

うおおー!やっべぇええ!!!

 という気持ちになり、語彙力を失うわけだが、さらにさらに中央からさくらさんの三味線の音が響いてくるのだから、これはもはや浪曲の『長篠の戦い』、信長の鉄砲三段構えにも引けを取らない節が迫ってきて、完全にノックアウトである。

 ところどころ一秀さんが「台本に無いことが始まっております」というようなことを言っていて、どこまでが本当で、どこまでが台本なのかさっぱり分からなかった。隼人さんは一所懸命に神崎を演じているのだが、途中で我慢の限界だったのか愚痴をこぼす始末。一秀さんも「あれっ」とか「おやっ」、みたいなことを言っていて、緊張感があってとても面白かった。まさか掛け合い浪曲がこんなにも面白いものだとは!すっかり掛け合い浪曲の魅力にハマってしまった。

 特に浪曲師の個性も分かりやすいし、『神崎東下り』と言えば結構シリアス寄りかなと思っていたけれど、一秀先生のお茶目な丑五郎感、隼人さんの恐らく似合ってないとは思いつつの神崎。そして二人を何とか繋ごうと三味線で導くさくらさん。初めて見たけれど、三人の仲の良い関係性が見えてとても面白かった。良かった!

 そして、確か冒頭のトークだったのだが、一秀先生も隼人さんも『中村富士夫』が好きだというような話をされていた。私は知らない浪曲師だったのだが、客席の紳士達からは「おおー」というような驚きの声があがっていた。

 他にも、例え先輩でもガンガン突っ込む隼人さんの姿とか、いいなぁ。と思う。自分の節に自信があって、先輩の胸を借りながらも突っ込むところは茶化しつつ突っ込む。やっぱり芸人はそうでなくっちゃ!と思わせるような心の強さを私は隼人さんから感じた。円山応挙の幽霊図でも感じたことだが、隼人さんは浪曲が体に染み込み、浪曲で体が作られているんじゃないかと思った。

 結局『神崎東下り』はコミカルに終わった。凄く面白かったし、演者も楽しそうにやっていたのが印象に残った。

 一席が終わって、次の舞台をセットしているときに起こった出来事は、結構印象深く記憶に残っている。それは、三つある。

 一つは、老夫婦の会話。僭越ながら耳に入ってきてしまったので覚えているのだが、とある紳士の言葉が聞こえてきた。

浪曲師はね、若いころから浪曲をやっていると、背が伸びないんだよ」

 というようなことが聞こえてきて、声を出す反動で骨が縮むのかなと思って聞いていた。考えてみれば、こんな状態なのかな?と思ったり、

 

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 ざっくりとした図ではあるのだけども、そんなことを思ってしまった。考えてみれば、浪曲師の方々で節が良い人は皆さん小柄である。一体その体のどこから響いてくるのかと思うほどに小柄である。きっと声量に抑えれて縮んでしまうのかも知れないと勝手に思いつつ、二つ目の話を聞く。

「俺が死んだら、葬式の時にあのビデオ流してね」

 

 この言葉の後で、ちらっと「曲師さんとの~」というのが聞こえたので、曲師との出会いの場面を取った映像なのだろうか。自分の葬式のときに、自分が愛した浪曲師、曲師との出会いの場面を流すほどに、その紳士は浪曲が好きなのだろうと思った。そして、紳士が語り掛けるご婦人は何も言わずに頷いていた。紳士は、恐らく自分が先にいくのだということを思って発言したのだろうと思う。お前より先にあの世にはいかないよ、という言外の意味を感じてしまって、浪曲を愛し、聞き続けてきた人の情緒のようなものを感じてしまった。演芸とは演者と客が一緒になって成長していくものなのかも知れないと思った。だからこそ、私は今の若い人たちに演芸に触れてほしいと思う。自分の感性に合う芸人を見つけ、一緒になって成長していく。例え、若い頃に一度か二度しか見ることが出来なかったとしても、40年、50年後に再びその芸を見た時に、襲ってくる感動は言いようもないほどに大きいものなのだ。

 芸と芸を受け渡す芸人だけでなく、それを見ている客の中にも、様々な魂の成長、伝承が行われているのだということを知ってもらいたい。それが、生きていくことなのかも知れないと思うからだ。

 あなたが出会ってきたもののなかで、感じたことや思ったことは、あなただけの特別なものなのだ。だから、決してその思いや感動を自分の中に閉まってしまわないでほしい。出来ることならば、自らの感動を後世へと伝えてほしいと願うばかりである。そして最後にやってくる別れの日まで、精一杯に生きようじゃないか。

 

 最後の三つ目。それは舞台から聞こえてきた豊子師匠の声、そして行動である。自分の一番弟子のさくらさんの晴れ舞台を、良い物にしよう、最高の舞台にしてあげようという気持ち。客席から聞いていて心配になるくらいに、豊子師匠は舞台を走り回って設営をしていた。心配の気持ちはもちろんあったし、客席からも「あんまり豊子師匠に無茶させないで!心配になるから!」みたいな言葉が飛んで、それに景友さんが応える声とか、全てが芸の伝承のためにあった。何も言わずに行動する豊子師匠の姿勢に全ての人達が感動していた。だから拍手が起こった。あの時、誰もが舞台裏で走り回る豊子師匠を感じていた。

 伝説と呼ばれる存在になったとしたら、誰でもふんぞり返って、偉そうにして、若い人たちを顎でこき使うようになって、「近頃の若い者は」というお決まりの言葉で、若い世代を否定する人たちの話を聞く。何かと否定と批判と不満と愚痴ばかりを零して、自分が偉いんだ、自分が絶対なんだ、自分こそが正義なんだ!と声高に主張する人たちもいる。それはそれで良し。でも、私は豊子師匠の姿を感じた時、本当に伝説と呼ばれる人は、ふんぞり返ったり、若い人たちを顎でこきつかったり、否定や批判や不満や愚痴、辞書に載っているありとあらゆる他人を傷つける言葉の一切を使うことはない。むしろ、澤孝子師匠とも共通するが、

 

『若い世代の人たちの成長を望む心』

 

 これがまず第一にあるのだと私は思う。普通であれば、余生くらいはゆっくりと過ごしたいと、それまで溜め込んでいた様々な鬱憤を晴らして、我儘に好き放題に生きることの方が人間として当たり前のことなのかも知れない。でも、私はもっと高尚なものを見たように思うのだ。

 浪曲の時代を受け継ぐはずだった国本武春師匠が突然亡くなって、さらにその上の世代が抱いた危機感は、若き浪曲師、曲師たちの入門に支えられて、なんとか種火のように今日まで受け継がれた。若き浪曲師、曲師たちもまた、名人と呼ばれる浪曲師と曲師の芸に惚れて、浪曲の世界に飛び込んできたのだ。

 古今亭志ん生師匠曰く「無くても無くても良い演芸」が、こんなにも盛んに絶えることなく続いているということの奇跡を、私は感じた。

 それでも、芸人たちはみんな、芸の世界に惚れ込み、自らの芸で人々を魅了してきた。豊子師匠や孝子師匠は、その芸を絶やさないために、若手の成長を望んでいるのだと思うのだ。前の記事にも書いたが、それは決して言葉だけで片づけられるものではない。自らの行動と芸で示す。それが芸を共に歩むものへの、一番の伝達手段なのだ。

 先ほどの老紳士の「豊子師匠は凄いね。弟子のさくらさんのために一所懸命なんだね」というような言葉が聞こえてきて、思わず私は涙腺が緩くなった。今、どれだけの人がそれを感じることが出来るというのだろうか。

 歳を重ねながら、とっくに引退してもおかしくない年齢になりながら、それでも舞台に関わり続け、若手の舞台作りに一所懸命になる豊子師匠。

「ここは真っすぐじゃないとカッコ悪いから」

「これ、斜めになってるけどいいの。カッコ悪くない?」

「よし、出来た!」

 そんな風な言葉が、今でも脳裏に焼き付いている。幕が下がっていて姿は見えなかったけれど、弟子のために、若い浪曲師のために、そして未来のために、一所懸命になっていた豊子師匠に向けて送られた拍手ほど、温かいものは無かった。

 芸を極めし者は、その芸だけではなく、行動の全てが称賛すべきものなのだということを、私はしっかりと受け止めた。浪曲師にも、曲師にも、落語家にも、講談師にもなっていない、一介の評論家を自称するこの若造が、心打たれた出来事が数多く起こった会だ。後に、豊子師匠は沢村さくらさんの遠征3日間。全てに駆け付けてくれたのだという。忙しい身でありながら、一番弟子のために時間を作ってくれる豊子師匠の心意気。文字だけでは伝わらないかも知れない。是非、木馬亭に足を運んで頂き、その魂と心意気に触れてほしい。師匠と弟子、その関係の美しさに涙が出る。

 

 真山隼人/さくら『南部坂雪の別れ』

 最初のマクラで、隼人さんが国本武春師匠のことについて話をされていた。浪曲少年として、やってみたい演目があると、そして、まだ年相応ではないかも知れないけれど、どうしてもやってみたい。亡くなられた武春師匠が、60代になったら大石内蔵助を演じられるのかなぁと仰られていた『南部坂雪の別れ』をやります。というようなことを仰られていて、そこには肉体として武春師匠はいないだけで、精神として武春師匠がいるように私には思えた。武春師匠の魂は今、隼人さんだけではなく、太福さん、はる乃さん、そして神田松之丞さんにまで受け継がれているのだ。もしも、今の武春師匠が見ていたら、どんなに嬉しい思いだっただろう。その時の武春師匠の芸は、どれだけ素晴らしいものだっただろう。どれだけ考えたって私たちはもう武春師匠の生の高座を見ることは出来ない。それでも、その魂を受け継いできた芸人達の中で、確かに武春師匠の魂は生きている。私はそう思う。叶うことならば一度、見て見たかった武春師匠の生の芸。どんなに願っても叶わないのならば、何度でも文字を書こう。そして、今の世代に受け継がれた武春師匠の魂を、なんとか感じて行きたい。

 演目について、どう語れば良いのだろう。これは胸に秘めた思いをじっと抱えながら、覚悟を決めた男の別れの物語であると思う。神田愛山先生曰く『忠臣蔵は別れをテーマにしている』とある。言葉にすることは容易い。その別れには、様々な人間の心模様が交錯しているのだ。それは、決して言葉では表現されることのない余白。むしろ、色々なものが入り混じっていて、簡単には言い表せない感情。だからこそ、聞く者が思い思いに想像をすることが出来て、それぞれに感動のある物語になるのだ。

 人の心の奥底を見ることは出来ない。顔では笑っている人が心の中では泣いているかも知れない。泣いてはいるけれど心で笑っている人がいるかも知れない。それを知る術はそれまでの行動や発言から、察することだけである。

 色んな心の食い違いのもどかしさ。その全てを目にした時に襲ってくる思いは、感動という一言では表せないほどに様々な言葉が沸き起こってくる。

 隼人さんの力強く熱い節と、それを横から見つめるさくらさんの姿。このとき初めて、衝立がなく曲師そのものを見ることが出来たのだが、沢村さくらさんの姿が物凄かったことが記憶に残っている。

 それは、隼人さんをじっと睨みつけるかのように見ながら、三味線を弾いていたのだ。否、隼人さんを見ていたのかは分からない。何か浪曲師の動作の、さらに先にある何かを私は見ていたのだと思う。それは浪曲の情緒、すなわち浪情(ろうじょう)だと私は思った。これは、それを言い表す言葉が無いため、私が勝手に作った造語である。沢村さくらさんの目線の先には、浪曲師から発せられ、自らの三味の音と一体になった『浪情』が溢れていたように思えた。それを捉えようとして、眉間に皺を寄せて三味線を弾く沢村さくらさんの姿が、凄くカッコ良かった。そして熱かった。

 後半は畳み掛けるように節と言葉とテンポが早くなる。その勢い、まるで波に飲み込まれるかのような勢いの中で、隼人さんはさらに唸り続けて高みを目指して声を出す。さくらさんは一瞬たりとも気を抜かずに、ギリギリのラインを狙いながら音を鳴らして、物語の浪情を掻き立てる。

 

 すごい、すごい、すごい、すごいぞおおお!

 

 と盛り上がっていく途中で、さくらさんの三味線の弦が一本切れたのが見えた。それだけの大熱演。これはあの瞬間でしか味わえない程激しい浪情だったと思う。

 終わってから、物凄い勢いに飲み込まれてしまい、しばらく立つことが出来なかった。円山応挙の幽霊図で感じた気迫と同じ、緊張感。まさに浪曲師と曲師の掛け合いを見たように思えて、大熱演、大迫力、気迫の一席だった。

 それはきっと、豊子師匠の愛情に応えようとする隼人さんとさくらさんの気持ちがあったのだと思う。あの瞬間、あの音、あの声、あの節。上方の浪曲の凄まじさを体感した一夜になった。

 終演後、出口に立っていた隼人さん、さくらさん、一秀さんに向けて、お客様が皆さん口々に「凄かった!感動した!」というような声が聞こえてきた。あの会場にいた生粋の浪曲ファンたちの全員が感動していたように思う。

 もしもあなたがまだ、浪曲に出会っていないのだとしたら、浪曲の情緒、浪情を知らないのだとしたら、是非、一度木馬亭に足を運んでほしい。

 そこには、人間の情緒が溢れている。浪曲師と曲師の気迫の一席を聴いて、是非全身に電撃を走らせてほしい。これは嘘ではなく、本当に痺れる出会いがあるのだ。

 そして、私はもっともっと関西の浪曲師、曲師さんを知りたいと思った。12月29日、とある方の紹介で浪曲を見に行く。それももちろん記事にしたいと思う。

 落語・講談・浪曲を語る等ブログ。御贔屓頂いている皆様のためにも、より一層、寄席に足をお運び頂けるように、そして痺れて感動して頂けるように、努めて参ります。

 真山隼人さん、五月一秀さん、沢村さくらさん。素敵な浪曲の世界を教えて頂き、ありがとうございました!

 

 さてさて、今週も素敵な演芸との出会いを祈りつつ、それでは皆様ごきげんよう

荒浪に沈むことなく咲く花を結び直してくれる節~12月2日 浅草木馬亭 定席~

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山路来て 何やらゆかし すみれ草

 

三味線の音に導かれまして

 

いつでも呼んでくださいね

 

二世で会おうと誓った夫婦

 2000円という僅かばかりの銭を払って、浅草木馬亭へと入った。約130席ほどの人が入る会場には、赤い椅子、左右の壁には演者の名が書かれた赤提灯。中央には船の綱のような絵と浅草木馬亭と大きく書かれた垂れ幕。ここが浅草木馬亭

 会場には約80人ほどだろうか、いずれもご高齢の方々が着座している。普段、通いなれている新宿末廣亭や上野鈴本演芸場と比べると、キャパも少なく、椅子はあまり良く無いし、長時間座っていると尻も痛くなるし、多少は劣る環境であることは間違いない。それでも、ここで数々の名人が浪曲を披露してきた。浅草という街の、本当に薄汚れた環境でありながら、それすらも味に変えてしまうような、素晴らしい浪曲師と曲師が登場する場なのだ。

 開館は1970年5月、以来50年近く浪曲の場として存在し続けている。根岸京子さんの笑顔が有名だと言うのだが、私はまだ一度も見たことが無い。

 私の浪曲歴は、今年の5月11日、渋谷らくご玉川太福さんの『石松三十石船』を聞いたのが始まりである。それまで、浪曲というものを全く知らなかった。だからせいぜい半年くらいの浪曲新人がこの記事を書いているのだということをご容赦頂きたい。

 『石松三十石船』以降、何度か太福さんを追い、浅草木馬亭の存在を知る。これは一度行かなければならないと思い、6月2日に太福さんの独演会とセットで一日木馬亭にお籠りした。その時のトリは澤孝子師匠で、『大新河岸の親子河童』だった。その時に富士琴美師匠や大利根勝子師匠を見て、その凄さに度肝を抜かれた。浪曲って、こんなに骨太で、心揺さぶられるものなんだ!と感動したことを覚えている。その後の太福さんの独演会で『浪花節じいさん』と『紺屋高尾』を聞いて、完全に浪曲に惚れ込んでしまったという経緯がある。

 それからは便利なYoutubeで有名な浪曲師を知る。広沢虎造、春日井梅鶯、吉田奈良丸京山幸枝若、三原佐知子。70代の祖母と話が出来るだけの知識を得ることが出来た。因みに祖母は虎造も梅鶯も聞いたことがあるという。嘘か誠かは分からないが、私の祖母は虎造に「あの子、もらってもいいかな」と赤ん坊のころに言われたらしい。当時は地方巡業が主で、各地の宿に泊まって風呂に入ったりしていたのだそうだ。残念ながら両親が断ったのだという。その時に祖母の両親が断ったおかげで、私が生まれたのだと思うと不思議なものである。去年亡くなってしまった祖父と、浪曲について語り合うことが出来なかったことが、今はとても悲しくて悔しい。浪曲を知った頃には、時すでに遅しだった。演芸をきっかけとして、祖母から当時のエピソードを聞くことが出来たのは、何よりも、私の浪曲初体験となった玉川太福さんのおかげである。そのようなこともあって、私は玉川太福さんの浪曲が好きだ。

 何度か木馬亭に通っていくうちに、東家浦太郎師匠、鳳舞衣子師匠、三門柳師匠など、現代の名人と呼ばれる浪曲師に出会った。同時に、浪曲師を支える曲師の存在も知る。沢村豊子師匠、伊丹秀敏師匠、水乃金魚師匠、佐藤貴美江師匠、虹友美師匠、沢村美舟さん。中でも私は佐藤貴美江師匠の曲師としての佇まいが大好きで、澤孝子師匠と出る時は、佐藤貴美江師匠のカッコよさばかり見てしまうのだ。超カッコイイ佐藤貴美江師匠のお姿を、是非木馬亭で見て頂きたい。

 そして、忘れてはならない人物が一人いる。国本武春師匠。この人の存在は浪曲界、ひいては演芸界にとって、とてつもない存在だったということが、浪曲、そして講談に触れて行くうちに、段々と分かってくるようになった。それにはまだ少し時間を頂こう。

 木馬亭に入って椅子に着座。一体どんな痺れるような出会いが待っているのかとプログラムを見る。Twitter界隈で話題になっていた上方の浪曲師、真山隼人さん、そして曲師の沢村さくらさんが登場するという。上方の浪曲は一体どんなものなのだろうと、とても楽しみに思いながら、会が始まった。

 

 富士美子/金魚『秋田蕗』(記載は浪曲師/曲師)

 現・五代目東家三楽師匠の弟子で、見た目はかなりお若い。野太くてオペラのような声で唸った演目は『秋田蕗』。自分のお国自慢をした男が周りから「そりゃ、ありえないでしょ」と馬鹿にされ、悔しさのあまり馬鹿にしたやつを殺そうと思うのだが、付き人の女性に助言を受け、自分の自慢が嘘じゃなかったことを命がけで証明するというような話。良い話であるだけに、心意気をどう表現するか難しい演目だと思った。

 

 木村勝千代/貴美江『芝浜の革財布』

 落語ではお馴染みの『芝浜』の一席。声はつややかで張りがあって良く、可愛らしい見た目。この辺りで朝練講談会からの疲れがピークに達し、眠ってしまった。無念。

 

 真山隼人/さくら『円山応挙の幽霊図』

 さて、一体どんなものだろうと楽しみに見た。衝立で隠れてはいるが、美人だと評判の沢村さくらさん。一方、真山隼人さん、見た目はイカツイし、23歳とはとても思えない風格。浪曲の為に体が出来ているような人で、映像で見ただけだが、国本武春師匠に風貌が似ている。ちょっと滑舌が悪いのかなと思ったが、恐らくそれも浪曲に身を捧げたが故のものなのだろう。小柄な体からは想像も付かない第一声を聴いて、背筋に電撃が走った。

うっわぁ、やっべぇえええ!!!

 こういう時の私はだらしがない。最初の節で尻から脳天まで突き抜けて行く電流に痺れ、思わず笑みが零れる。これがゾクゾクするという感覚なのかと思う。もはや正常ではなくなり、心の中で(来い、来い、もっと来い!)と叫ぶ。

 簡単なあらすじは、円山応挙という有名な絵師が、旅先の長崎で泊まった宿で出会った女と出会い、そこから出会いと絵を起点として様々なことに巻き込まれるという話である。この最初に出会った女は、後半の展開に大きな伏線となってくる。

 落語では柳家小満ん師匠で『応挙の幽霊』を聞いていた。同じような話かと思ったら全然違う。落語では幽霊と酒を飲む話だが、浪曲では幽霊が非常に重要な道標として現れ、後半、めちゃくちゃ良い話になる。もしも落語でしか知らないという人がいたら、是非聞いて欲しい一席である。笑いどころもあるし、泣ける部分もある。まさに浪曲の一席だ。

 そしてこの一席をやる真山隼人さん、とにかく徹頭徹尾凄いのだ。浪曲は声、節、啖呵の三つが揃ってこそ名人と言われているのだが、真山隼人さんはトータルのパラメータ値が半端ではない。スマブラで言ったらゲッコウガポケモンで言ったらミューツー。浪曲漬けにされて純粋培養の浪曲師。『浪曲が産んだ浪曲師』と言ったら褒め過ぎだろうか。とにかく声、節、啖呵。どれをとっても抜群なのだ。自信に満ち溢れている姿、登場人物の個性を演じ分ける表情と声、浪曲を知らない人でも、一度聴いたら「すげぇ!やべぇ!」となるくらいの力を持った、『全身全霊で浪曲師』の人である。若干23歳でこの迫力なのだから、もはや今後は向かうところ敵無しなのではないだろうか。

 そして忘れてはならないのは沢村さくらさんである。この時はまだ衝立でお姿をまじまじと見ることは出来なかったのだが、沢村豊子師匠の一番弟子、美人、三味線を最近新調したらしいということだけはTwitterで見ていた。

 なんと言っても後半の畳み掛けるような節と、物語の展開が凄まじい。激情を掻き立てるような三味線の音に導かれて、ぐんぐんと張りを持った唸りを見せる隼人さん。節と物語の緩急のキレが凄まじくて、まるで名場面ばかりを切り取った映画を見ているかのような、怒涛の展開に涙が零れた。あれはもはや表現しきれない。時速200km/hくらいでいろは坂を下るような、そんなスピード感。途中何度も物語中、衝撃の事実にぶつかりながら、ガンガン心を揺さぶられてしまった。

 途中、映画『セッション』のラストシーンのような、とんでもない節が出てくる。高い音で「ふー」みたいな音だったと思うのだが、そこからまるで上空を飛んでいた鷹が獲物に向かって滑空していくような、鮮やかな切れ味を持った節があるのだが、それを聞いた時に思わず心の中で

(来た来た来た来た来たぁあああああああああ!!!!!!!!)

 と絶叫してしまった。映画『セッション』では、ラストシーンで指揮者の男の締めの合図を無視し、ドラムを叩く青年が、テンポをMAXまで叩き、MAXから徐々にMINまでテンポを落とすシーンがある。その緊張感、一瞬の緩みも許されない真空状態のような緊迫感。そして最後はMINからMAXまで徐々にテンポを上げて行くのだが、その瞬間以上の興奮を、私は真山隼人さんの節、そして沢村さくらさんの三味線の音から感じた。浪曲を聞き続けて初めて、浪曲師と曲師が混然一体となった浪曲を聞いたように感じたのだ。

 節と物語のカットイン、カットアウトが凄まじかったことだけは脳裏に焼き付いている。もはや憑依と言って良いんじゃないかと思えるほど、迫真の浪曲だった。久しぶりに凄いモノに出会った時に起こる笑みを浮かべてしまって、痺れた。こんなとんでもない人が上方に存在しているということが、とてつもなく羨ましい。

 演目が終わった後も、周囲のご婦人方が「あのお若い方、凄かったねぇ」とか「私、あの声が本当に泣いているみたいで、思わず泣いちゃった」と仰られていた。かくいう私も後半の怒涛の感動デンプシー・ロールにやられ、目から涙が零れた。本日二度目。朝はいちかさんに泣かされ、隼人さんに泣かされている。

 

 浜野一舟/金魚『男の花道』

 『浪曲感電状態』で次に出てきた浪曲師を見た時、大変に失礼だとは承知しているし、決して悪意は無いのだが、一舟師匠を見た時に私が感じたことは、

 綺麗なE.Tだ!

 という印象だった。(超失礼)一度そう思ってしまって、なかなか『綺麗なE.T』のイメージから抜け出せないまま、前半は全く頭に入って来なかった。だんだんと口の両脇に白い唾が溜まっていくところや、なぜか右手の親指と人差し指に絆創膏をしているところとかが気になってしまい、肝心の浪曲を聞く態勢を整えることが出来ないまま演目が終わってしまった。もう大変に無礼な男である。切られても仕方がない。

 後で知ったのだが、というか、この後で曲師として登場するのだが、一舟さんは曲師として伊丹秀敏という名前がある。なぜ浪曲師と曲師で名前を変えるのか分からないが、私は正直に言う。曲師としての伊丹秀敏さんの方が好みである。

 

 玉川福助/沢村さくら阿武松

 こ、これは言えない。敢えて書かない。どんな風に見えたかなんて、言えません、書けません。

 そんな福助さん。太福さんと同じ故・二代目玉川福太郎師匠の弟子である。豪快にも生年月日を公開されている浪曲師さんで、とにかく最初の間が面白かった。それほど面白いマクラを言う訳でもなく、「なんかいいですね、楽しそうで」というようなことを言うだけで会場が盛り上がった。

 演目の『阿武松』は、後半は意外とあっさりだったが、落語の『阿武松』と比べると薄味。どこに力点があったかと言えば、飯を食らう部分というような感じだった。

 連雀亭で太福さんが『阿武松』をやったというのを見ていたので、太福さんはどんな風にやるのか見てみたいと思った。

 

 神田鯉栄『清水次郎長伝より羽黒の勘六』

 やってきました鯉栄先生。案外小柄なんだとびっくり。末廣亭で見た時は2メートルくらいあるんじゃないかと思っていたのだが(ちょっと誇張)、木馬亭で見ると可愛らしい。声は相変わらずカッコイイし、マクラのエピソードは講談が役立った話を丁寧にご説明されていて、まさに『一人スカッとジャパン』な話だった。それから清水の次郎長伝に入った。巻き舌の口調、威勢の良い啖呵、気持ちの良いリズム。どれもが清々しくて心がスッとする。気分爽快な講談で、オープンカーで真っすぐな道を爆走しているかのような気分になる。

 愛山先生のブログによれば、二代目神田山陽先生が清水次郎長伝の中で最も好きな噺だという。次郎長の貫禄が出た良い話なのだそうだ。簡単なあらずしはたった一人で次郎長を殺そうとやってきた勘六に対して、その心意気を次郎長が受け止めるという義理と人情の一席。これがとにかくカッコ良くて、鯉栄先生のリズムの良い語り口、勘六の潔さと、次郎長の親分としての心意気を感じる凄く良い話。久しく次郎長伝を聞いていなかったのだが、改めて聞くと実にカッコイイ。勘六と次郎長の間で交わされる二人の信念が現れた言葉や、周りの連中(特に桶屋)の様子なども実に面白い。何度も言うので覚えてしまったのだが「俺は桶屋だ。箍が緩んでるじゃねぇ、外れてるんだ!」みたいな言葉は面白かったし、個性が溢れていていいなぁ。と思った。

 鯉栄先生の講談は、講談を愛している感じがもう溢れまくって輝いている感じなのだ。名人の域に達しようとしている気迫の阿久鯉先生や、講談界にお客さんを呼ぼうという野心に溢れた熱情の松之丞さんや、熟練の語りと刻み込む語り口の松鯉先生の、どれとも重なることのない、溌溂として眩くも人情味溢れた様は、きっと多くの方々の胸をスッとしてくれるのじゃないだろうか。何よりも巻き舌で江戸弁語りをする姿もカッコイイし、「あたしの師匠は男ですから、あたしが女でも、男に教えるような講談を教えると、師匠に言われました」というようなことを仰っていて、もはや顔の骨格からして男前な鯉栄先生。女が惚れる姉御講談師という感じだろうか。勇ましくて力強い講談に、客席のご婦人も終演後、「カッコ良かったわねぇ、あの女の人」とか、「あたし浪曲は寝ちゃうの。でも今の講談は面白かったわぁ」と仰られていて、届きましたよ!鯉栄先生!と心の中でガッツポーズ。

 

 国本晴美/秀敏『三婆物語』

 国本と名前を聞いて、真っ先に思い浮かべたのは国本武春師匠。志半ばで倒れた浪曲界の巨星である。その母親であり、今もなお浪曲師として舞台に立つ晴美師匠。少し喉を傷めていらっしゃったようですが「いつも風邪ひいてるみたいな声なんだけどね」というようなことを仰られ、「悔しい」とはっきり仰られていたことを覚えている。

 喉の調子の悪いなか、演目は『三婆物語』。おばさんたちが語り合う話で、途中ハプニングもあったがご愛嬌。それよりも印象に残ったのは、男の話をし始めた婆さん達の話。そこで、隼人さんや一秀さんはイケメンよねぇ、みたいなことをいうのだが、そこに、もしも武春師匠が生きていて、晴美師匠の前に浪曲をやっていたら、三婆物語の中でどんな風に語られたのだろうかと想像してしまって、どうしても私は国本武春師匠のことを想像してしまった。

 晴美先生の演目よりも、終演後の客席のご婦人方の様子の方が、私は印象に残った。「あの人、亡くなられた浪曲師のお母様よ」、「ああ、国本武春よね」「えっ!?武春のお母様なんですか!?」というような会話が聞こえてきて、まさかの実録・三婆物語(失礼、綺麗なご婦人でした)が始まった。「そうなのよ。今80幾つでしょ」、「もう息子さんが亡くなられてから随分立つわよね」、「幾つだったんでしたっけ?」、「確か50代よ」、「そうそう、50よね。モトハル」、「違うわよ、ほら、なんだっけ?」、「武春・・・」、「そうそう、武春、武春」というような会話をしていて、まさかのオチ付きかよっと内心ツッコミつつ、っていうかモトハルってサムデイかよと思いつつ、私は会話を聞いて楽しんでいた。同時に、それだけの巨星亡き後で、どんな覚悟で晴美師匠は舞台に立っているのだろう。とか、様々なことは想像することしか出来ない。

 誰にとっても非常に残念なことだった。それだけ、国本武春師匠は次の浪協界を引っ張っていく力を持った人だったのだ。

 

 澤孝子/貴美江『岡野金右衛門の恋』

 人生二度目の澤孝子師匠。天界から降りてきたのかと思うような穏やかさ。一語一語が悟りの境地に達した達人の声。その佇まいを見た瞬間に、まるで山頂から地上を眺めているかのような、雄大な景色を前にした時のような心持ちになる。衝立はなく、横で三味線を弾く佐藤貴美江師匠をいじりつつ、話題は若い人たちの成長の話。楽屋にたくさん若い人がいること、昨日玉川太福さんの独演会に呼ばれて出たということを仰ってから、若い人たちが育ってくれることを願っています、というようなことを言っていた。それから楽屋に向かって「いつでも呼んでくださいね」と言った時に、私は胸の奥をぎゅっと握りしめられるような思いになった。

 国本武春先生が2015年に亡くなられたとき、澤孝子師匠を始め武春師匠よりも上の世代が、どれだけの衝撃を受けたのか、想像は容易くない。自分たちが受け継いできた浪曲の魂を受け継ぎ、さらなる後進の育成と浪曲界の中心となる筈だった武春師匠。道半ば、脳出血でこの世を去ってしまう。

 生きていたら、と想像することは容易い。けれど、襲ってくる悲しみに耐えられなくて、想像することをやめる。私は残念ながら武春師匠の生の高座を見ることが出来なかった。

 そして、武春師匠という大き過ぎる後継者を失ったとき、澤孝子師匠を含め数多くの師匠達が決意したのだと私は思う。それは、若い人たちが育って欲しいという思いだと私は思う。だからこそ舞台に立ち続け、そして唸るのだ。自分達が愛し、生涯をかけて挑んだ浪曲そのものを、後世に絶やすことなく伝えるために。自らの芸で持って感じてもらうために。

 それは言葉では伝えることの出来ない芸と芸との魂の伝承だ。目に見えない形の無い物を、自らの芸で示す。澤孝子師匠の言葉から、私はそんな思いを感じた。

 三味線が鳴る。貴美江師匠は何も語らない。それでも、じっと目を閉じ、ただ何かを感じようとしているかのように弾く。見えないものを五感の全てで拾い集めて、全身でその場に存在する何かを纏めて、三味線に乗せて音として出すかのように、貴美江師匠は弾いている。その風貌はまるで居合の達人のようだ。

 貴美江師匠に心を奪われていると、孝子師匠の節が響いてくる。鐘を鳴らす丸太のように、太くて安定した声。ずっと胸の辺りを貫かれているような節。

 浪曲岡野金右衛門は、貞橘先生の講談で聞いたような『恋の図面取り~スパイ大作戦~』のようなコミカルさはない。むしろ、金右衛門が吉良邸の図面を入手するために、本気でおよねに恋をする。特に堀部安兵衛に色々言われる場面に重点が置かれていて、貞橘先生の講談とはまるっきり違う、哀切さが滲み出た演目になっていた。吉良邸の図面を持つ大工の棟梁の娘に本気で惚れ、夫婦になる金右衛門に、討ち入りの覚悟が襲ってきて心を苦しめる。金右衛門はおよねに惚れているのだけど、討ち入りのことを口に出せない苦しさ、何も知らないおよね。そしておよねが図面を持っていこうとするときに、父親は勘づくのだが、敢えておよねに言わない。様々な人の心が交差するなかで、純粋に愛を誓うおよねと、討ち入りという目的を抱えた岡野金右衛門との、二人の心の差異が苦しくて苦して、「二世で会おう」というようなことを言うのだが、もう切なくって儚くって、涙がぽろぽろと零れてくると同時に、講談とは違った岡野金右衛門の苦悩を感じて、同じような題材でも、こんなにも違う角度から物語を体験することが出来るのか!という新しい驚きと発見があった。

 澤孝子師匠の浪曲は、節も声も、そして物語の語りも、全てが一つの境地に達した人の言葉のように私には感じられる。それを支え導く佐藤貴美江師匠の三味線も相まって、最後に岡野が朝日を見る場面があったと思うのだが、太陽のまばゆいばかりの光を浴びて、吉良を討ち取った後の未来を、生まれ変わっておよねと平凡に暮らす未来を、岡野金右衛門はどんな思いで見つめていたのだろうか、とか。人生の巡り合わせ、運命とか様々なことを考えてしまって、ただただ目から涙が零れた。

 

 木馬亭を出る時、左の棚に陳列された国本武春師匠のCDが目に入った。音源は残っている。そして、これからの将来を担う若手は、既に浪曲界に育ってきているのだ。

 その筆頭は、私を浪曲の素敵な世界に導いてくれた玉川太福さん、そして玉川奈々福さん。さらに、若手では国本はる乃さん、真山隼人さん、富士綾那さん、まだ見た事は無いけれど、12月5日に初舞台の天中軒すみれさん。若い人たちがどんどん入ってきて、自らの声と節を作って、浪曲の世界を盛り上げてくれる。

 

 国本武春師匠。講談界には神田松之丞さんが、浪曲界には玉川太福さんが、あなたの残した魂のバトンを受け取って、今、花を開かせようとしていますよ。あなたにも聞こえていますか!

 

 最後に、日本の数学者、岡潔先生の話だったと記憶しているのだが、こんなことを仰られていた。たぶんに私の想像が混じっているので、おおよそのニュアンスだけ感じ取ってほしい。

 

 情緒というのは、人類に共通する大きな木だという。スミレの花を見てスミレはいいなぁと思う。これが情緒。たとえ西洋人でも日本人でも、心の奥底に共通する木、すなわち情緒を持っている。花を見て綺麗だと感じる心、夕日を見てなんだか寂しくなる心、清流を見て心が洗われるような気持になること。これは人類に共通する情緒なのだ。さながら枝はそれぞれの国。そして枝の先に咲く花はその人そのものなのだ。

 

 これは確か森田真生先生の著書のどこかで書かれていたものである。引用ではないので私の想像補正である。私は浪曲というのは、花、すなわち上記でいう『その人』が社会という荒浪に落ちたとする。情緒から離れ社会の荒波へと落ちた花は、やがて沈み込んで消えて行く運命だが、その花をもう一度救って、情緒の大木へと戻してくれるのが『浪曲』、もとは『浪花節』。節とは『結びついているところ』という意味もあるから、再び情緒と結び直してくれるものだと私は考える。

 浪曲では義理と人情が根底にあると思っている。人の情緒、情けの緒を結び付けるために、浪曲は存在しているのだと思う。国本武春先生の言葉を借りるとするならば

 

浪曲は人間賛歌、人生の応援歌

 

 人間、情緒を失ってはいけない。花を見て美しいと思う心、汗をかいて一所懸命な人を見た時に応援したくなる気持ち。困っている人がいたら、一緒になって助けてあげようという気持ち。命を捨てようとしている人がいたら、救ってあげる気持ち。

 生まれた時から自然と作られていった人間の情緒を、浪曲は節に乗せて物語とともに思い出させてくれる。その大切さを教えてくれる。

 誰もが手を振って応援してくれるような人生を歩むことが出来たら、こんなに嬉しいことはない。浪曲は、そんな人の情緒から荒波に飲まれてしまった花(人)を救ってくれる素敵な芸なのだ。

 だからもしも、自分が独りぼっちだとか、誰からも応援されていないとか、人の気持ちが分からないなんてことがあったら浪曲を聴いて欲しい。人の心と蒟蒻は裏表が分からないけど、それでも、人情を、人の情緒を、浪曲は教えてくれる。

 そうか、節を聞いている時に感じるあの「ああ、いいなぁ」という気持ちは、私の情緒だったのかも知れない。と今、書いていて思った。自分の中にある情緒と出会うためにも、皆さま、どうか浪曲を体験してください、木馬亭に行ってみてください。

 

 長くなりましたが、次の記事ではもっと書ききれなかったことを書きます。この後は、真山隼人さん、五月一秀さん、沢村さくらさんの『浪曲いろは文庫』に続きます。