落語・講談・浪曲 日本演芸なんでもござれ

自称・演芸ブロガーが語る日本演芸(落語・講談・浪曲)ブログ!

ユーコン川を走る硬い箱のつながり~第12回 どんぶらこっこ ゑ彦印~2019年3月29日

f:id:tomutomukun:20190330005449j:plain


 

この延長線上に

 

好きなことを好きなだけ語る人が好きな人

 突然バーン

私の周りには好きな事を好きなだけ語ることの出来る友人がいる。友人の話は、いつも新鮮で、時々かなり偏っているのだけれど、その不器用さが好きで、いつも微笑みながら聞いている。能力の全体的なバランスが良い友人は一人もいない。誰もが何かしら突出した能力を持っていて、それ故に社会で様々な困難に出くわし、同時に憤ったり噴煙を巻き上げているのだけれど、その生き方が私は羨ましくて仕方がない。何か一つのことに熱狂的なまでに情熱を捧げられる友人を見ていると、自分もそうありたいと思いながら、自分の心の中にそれほど強い情熱が無いことを知る。私は色んなことを知りたい欲求が強く、それ故に一つのことに熱中できない。唯一熱中し、今日まで継続出来ていることと言えば、こうやって文字を書くことくらいであろうか。

ふと思い立って柳家小ゑん師匠と林家彦いち師匠の会に行った。自分でもなぜ行こうと思ったかは分からない。家でぼんやり本を読んでも良いかなと思っていたのだが、きっと、好きなことを好きなだけ語る二人の落語家の姿が見たかったのだと思う。

私は、前記事にも書いたけれど、いつも私の周りには、私以上に物事に熱中している人がいる。そういう人達の言葉は、宝石のようにキラキラと輝いている。私はそれらを見て、ほんの少しでも成分を分けて欲しいなと思いながら、記事を書いている。火を眺めながら、火について語るときに、火の本当の熱さは火そのものにしか分からないみたいに。私は火の強さや火そのものが、如何に素晴らしく燃えているか、ということを火の温かさを体に感じながら、書いていると思っている。

結論から先に言うとすれば、ずっと笑いっぱなしの、最高の会でした。この二人なんだもん。そりゃ間違いないよね。

 

オフィスねこにゃさんのこと

素敵な会場で、素敵な落語会を開かれているのはオフィスねこにゃさん。とても一所懸命な方で、舞台のことや演者さんのことなど、走り回ったり、色んな人の協力を得ながら開催されている姿を見ると、落語会を開くことの大変さもさることながら、落語会を継続していく大変さもあるだろうと思う。とても素敵な笑顔を受付で見せてくれるのだけれど、私には少し疲れていらっしゃるように見えて心配になってしまう。私は単なる一人の観客であるけれど、私の想像以上に、落語会を開かれている方達には苦労があるのだろうと思う。確か、初めて参加した時は、一人で大変なオフィスねこにゃさんを、お客様が助けている光景を見た。ばたばたと会場作りに走り回るねこにゃさんのために、お客さんがチラシを折り込んだり、整理券を配ったりしている光景を見た時に、「この会は間違いなく素敵な会だ」と思った。あまり落語の主催者さんについて普段気にしていなかった分、私はその一所懸命さに心打たれた。本当にあたたかいお客様がこの場所には集まっている。そして、そんなあたたかいお客様が集まってくるのは、間違いなくオフィスねこにゃさんのおかげだと思う。柳家小ゑん師匠と林家彦いち師匠のお二人が舞台に上がられ、楽しそうに、嬉しそうに、ワクワクしながらお話されている姿を見ると、寄席では普段見ることの出来ない、その空間だけに生まれる最高の雰囲気があると確信できる。いつも素敵な微笑みの傍で、こんなにもたくさんの笑顔が生まれている。こんな素敵な会が長く続くことを、誰が読んでいるか分かりませんが、記しておきたい。オフィスねこにゃさん、いつもありがとうございます。

 

 林家きよひこ 鮑のし

開口一番は林家彦いち師匠の二番弟子、きよひこさん。詳しくは第10回の記事を参照して頂きたいが、今回は古典。夫婦の会話が独特で、温かい会場にすっと馴染むような語り口。受付でも、オフィスねこにゃさんのお手伝いをされており、そうしたお姿を見ていると、なんだかとても心が穏やかになってくる。素敵な笑顔の一席。

 

柳家小ゑん 注文の多いラーメン屋

にこやかな笑顔と真っ赤な羽織で登場の小ゑん師匠。多様性についてのマクラ(と書くと高尚だけど)からネタへ。新作落語の台本を募集し、その中から選ばれたネタで、今回はネタ出しの一席。前半のラーメン注文のくだりから、後半は怒涛の勢いで小ゑん師匠の世界。私も電気屋の息子なので、小ゑん師匠の話にはところどころ分からない部分もあるけれど、電子回路や電子部品、Fケーブルの話はバッチリ絵が見える。私の友人にも小ゑん師匠のように、生粋の電子回路好きがおり、体の80パーセントは電子回路と音響技術で埋め尽くされているのではないかと思うほど、理解が難しいワードを連発してくる友人がいる。それはそれで面白いのだが、小ゑん師匠の落語は、たとえ専門用語が分からなくても面白いし、分かるともっと面白い。私は小ゑん師匠の噺の60パーセントくらいは理解できるし、後半の部分は腹を抱えて笑った。電子回路好きな友人にもオススメしたい最高の一席である。

何度も書いているけれど、自分の知らない分野のことを、楽しそうに語る人を見ているのが好きな人であれば、小ゑん師匠の鉄道ネタや電子回路ネタは楽しく聴けるのではないだろうか。もちろん、楽しく聴くために勉強が必要だと言いたいわけではない。小ゑん師匠に限らず、駒治師匠や竹千代さんなど、自分が知らないことでも、面白くて笑えるお話が出来る落語家はたくさんいる。むしろ、この知らないことを自分の知識として吸収出来たら、きっと日常生活でも使えるだろう。小ゑん師匠のおかげで、私は電子回路好きな友人とも会話をすることが出来る。「アキヅキ電子って知ってる?」と友人に言えば、友人は目を輝かせながら「めちゃくちゃ良く行くぞな!」と答えてくれる。そう、私の数少ない『ぞなもしの友人』は、物凄い電子回路好きで、今も大好きな電子回路を専門に仕事をしている。

落語を通じて、今まで自分が知ることの出来なかった世界を知ることが出来るなんて、こんな幸せなことは他には無いと思う。大好きなものについて語られるとき、大好きな人がそれを語るとき、私は自分でもびっくりするくらい、それらを身に付けようと耳を立てている。徹底的な博識に裏打ちされた、怒涛の後半。最高に面白い一席だった。

 

林家彦いち 臼親父

決して頭の薄い親父の話ではない。彦いち師匠は舞台袖から颯爽と現れ、パパっと裃を見てから頭を下げる。その挙動のメリハリの良さを見るだけで、「もう間違いない」と長井秀和ばりの気持ちになる(古っ)

日常の中に唐突に現れた小ゑん師匠の鉄道・電子回路ワールドから、彦いち師匠は日常から非日常へと見事に場面を転換されるお話をする。その豪快さもさることながら、意外なほど容易に想像することが出来るのは、彦いち師匠だからこそ生み出せる技だろう。境目もはっきりしているし、非日常の世界が描き出されると、何の疑いもなくスッと世界に溶け込むことが出来る。

彦いち師匠は、日常と非日常の描き方が物凄く上手だと思う。言葉遊びの巧みさも彦いち師匠印!とばかりに展開されていく。非日常の世界に一度入れば、頭の中を一瞬も現実的な要素が介入されなくなるのだが、それが急激に日常に戻る瞬間の、脳内で変換されていく映像の移り変わりが気持ち良い。小説で言えば『不思議の国のアリス』を読んでいる感覚に近い。映画で言えば『千と千尋の神隠し』に近い。

反対に、小ゑん師匠の落語はシュルレアリスムの感覚に近い。もちろん、これは私の中でであるが、小説で言えば『海辺のカフカ』、映画で言えば『イレイザー・ヘッド』に近い。普通の日常の中に、突如として深淵が現れる感じと言えば良いだろうか。

さて、『臼親父』の一席である。彦いち師匠の細かな所作も面白いし、それぞれのキャラクターも妙な説得力がある。元になった童話を知っていれば間違いなく楽しめるし、たとえ元になった童話を知らなくても楽しめる。落語の面白さの一つとして、『知らなくても面白い。知っていればもっと面白い』という点がある。以前にも書いたが、春風亭百栄師匠の新作落語で、『落語家の夢』も同じことが言えるであろう。

ひたすら爆笑の一席。頬骨の伊丹十三を抱えながら仲入り。

 

 柳家小ゑん 鉄寝床

寝床という演目ほど、落語家の個性が現れる落語はないかも知れない。そんな風に思えるくらいに、めちゃくちゃ面白い一席だった。出来ることなら、9時間くらい小ゑん師匠の鉄寝床を延々聞き続けたい。物語の主人公は様々な人から自分の趣味を煙たがられるが、そんな落語を聞いている私の方は、薪が燃える映像を眺め続けているような心持ちで、9時間くらい小ゑん師匠の鉄寝床を聞きたいと思っている。なんだか妙な話だが、それくらいに小ゑん師匠の溢れ出る知性が滲み出た一席だった。

古典落語の寝床を元にしながら、怒涛の勢いで繰り広げられる鉄道の話は、分かる部分もあれば分からない部分もあったが、およそ60パーセントは理解でき、温かいお客様の笑顔もあって、物凄く面白かった。なんとかして言い訳をする人々の鉄道に関連した話題もさることながら、私が一番好きなのは『来々軒のワンさん』のくだりが最高である。寝床と言えば!この名言!という部分を、見事に来々軒風味に変換されていて、体をよじりながら笑ってしまった。延々と聞き続けられる鉄寝床。まるで延々と乗り続けられる山手線のような落語だった。

次から次へと繰り出されるディープな話を一度聞いてしまったら、もう笑うしかない。後で「あれはどういう意味だったんだろう」と気になって調べると、再び「ああ~鉄寝床が聞きたい!」と思ってしまうから不思議だ。それほどに、小ゑん師匠の博識ぶりは面白くてたまらない。小満ん師匠もそうだが、色んなことを知っている落語家さんの話は、まさに極上の金言なのだ。少しでも多く知りたい、少しでも多く理解したい。知的好奇心が旺盛な私にとって、博識な落語家さんは何にも増して追いたくなる。寄席で見ることの出来る『ぐつぐつ』も最高だ。おでんを知らなくても面白いのだから。

たっぷりの鉄寝床。お腹も痛いし頬骨も痛くなるくらい笑った。もうめちゃくちゃ面白くて、それはきっと記事で書く以上のもの。凄く面白い一席だった。

 

 林家彦いち 愛宕

再びワンフレーズで非日常へと聞く者を連れていく彦いち師匠。この凄さの秘密は一体どこにあるんだろうと気になってしまうくらい、先ほどまでの鉄道関連の世界から、舞台は一気にカナダのユーコン川へ。って、この場面転換の想像の距離が凄い。しかも、それが容易に想像できてしまうから不思議だ。さっきまで鉄寝床で旦那の鉄道趣味にどっぷり浸かっていたのに、ものの数秒でユーコン川で船を漕いでいる。改めて落語の無限の可能性を体感する。脳内にぱあっと開けたユーコン川、船を漕ぐ一八とシゲさん。陽気な歌を口ずさみながら山のてっぺんまでやってくる。怒涛の勢いで非日常の世界が繰り広げられる。これがとにかく面白い。そして、彦いち師匠の細かい所作も想像の手助けとなって、一気に愛宕川の世界に連れていかれる。凄すぎるんですよ。凄すぎて、凄すぎて、私はただ頭の中で繰り広げられる映像を見て笑うしかなかった。目で見ているもの以上に、多くのものを見ている私。最期は物凄い勢いで終了。

 

総括 ゑ彦印は間違いない爆笑印

額と両頬に『ゑ彦』と印を押されたのではないかと思うほど大爆笑の会だった。今きっと私の両頬は、お坊ちゃまくんのように赤くなっているだろう。久しぶりに大笑いした気がする。ようやく年度末も終わりを告げた。そんな年度末の終わりに、こんなに素敵で面白い会に行くことが出来て、本当に幸せである。

思えば、今日は朝からずっと幸せだった。今日もと言っても過言ではない。毎日が幸せである。

次は土曜日の開催である。私はもしかしたら行くかもしれない。いずれにせよ、この会には是非とも多くの人々に行って欲しい。『秘密倶楽部』のような、『池袋演芸場』のような雰囲気が漂っているから最高である。

私はユーコン川を走る硬い箱のつながりに乗り込み、一路、家路を目指した。

シバハマラジオは鳴り止まないっ!~文化放送 シバハマラジオ~ 2019年3月28日

台本

 

月刊QR

 

ハイテンション

 

エロス

 

今週の1ページ 

ラジオが僕に

2018年10月2日、僕はラジオの前で惑星の誕生を待っていた。新しいラジオ番組が始まるとき、そこにはビッグバンのように大きなエネルギーがある。それはみるみるうちに形を成して、一つの星になる。シバハマラジオ。落語の世界に肖って、それは生まれた。幾つもの耳と心を掴んで夢中にさせてくれる電波。目に見えないものが、目に見えないものを揺らす。発信源はラジオに関わる全ての人々。想像も出来ないくらいに色んな人が、19時から21時までの二時間、ラジオの向こうにいる。言葉は、声は、耳と心を傾けている人々に向けて発信される。それは、一方通行の言葉なんかじゃない。ある時は街に出て直接声を聞く。SNSを利用して色んな人々の意見を取り上げる。ラジオは皆で作られる。一つの星が生まれ、その星に住み着いた人々が、思い思いに協力し合いながら、生まれたての星の中で笑いあうみたいに。シバハマラジオは膨張していく。宇宙の膨張が止まらないように。どこまでもどこまでも、色んな人を巻き込んで、色んな人に声を届けて。寂しい時も悲しい時も、何か仕事をしているときも、バスに揺られているときも、電車に揺られているときも、家の中でそっと布団にくるまっているときも、ラジオは流れ続ける。ラジオに国境はない。シバハマラジオ。この惑星の誕生の瞬間を、僕は、そして僕達は、待ち望んでいたのかも知れない。名の知れぬ落語家の言葉に耳を傾け、心を奪われて、落語に興味を持ち、やがて、シバハマラジオが一つの楽しみになる。名の知らぬ落語家はいつしか、かけがえのない落語家になる。名前を忘れることさえ出来ないほどに、落語家に夢中になる。シバハマラジオ。この惑星が、消えてしまうなんて信じられないよ。終わる運命にあることは十分に分かっていたけれど、星はやがてやってくることも知っているけれど、こんなに楽しい半年間は、こんなにラジオに夢中になった時間は、後にも先にもなかっただろう。

 

でもね、

 

 シバハマラジオは鳴りやまないっ!

 

ハイテンション こしら師匠の火曜日

惑星の始まりを切ったのは立川こしら師匠。シバハマラジオで唯一の真打だ。シバハマラジオが最初に公表された時、第一回の放送のパーソナリティなのに、シバハマラジオ宣伝のための広告に、写真の載っていなかった立川こしら師匠。僕はこしら師匠が大好きだ。かなり知的で若干詐欺師チックなのに、誰よりもラジオ慣れしていて戦略的。LOFT9で行われたシバハマラジオの生ライブの時も、他の曜日のパーソナリティから愛されていた。Youtubeで配信された飲み会の時も、場が混乱しないように纏め上げる姿は、真打という肩書きを越えた、大人の統率力を感じた。これは想像だけど、シバハマラジオの指針を他のパーソナリティに示したのは、こしら師匠だったんじゃないか。火曜日のド頭にこしら師匠がガツンと放送をすることによって、確実に後続の曜日を引き締めていたように思う。他の曜日が二人体制であるのに対して、こしら師匠は一人である。一人でも2時間を持たせることの出来る力量もさることながら、ゲストも豪華だった。新・ニッポンの話芸でお馴染みの鈴々舎馬るこ師匠、三遊亭萬橘師匠、広瀬和夫さん。一之輔師匠や立川志ら乃師匠、桂宮治さんや立川笑二さんやらく兵さんなど、落語好きにはお馴染みだけれど、初心者にとっても刺激的な落語家さんがたくさん出演された。シバハマラジオの開拓者にして、誰よりもパーソナリティとしての存在感を放ち続けたこしら師匠。最高の火曜日がここに誕生したのだった。

生ライブの時も、場を巻き込んでいく。もはや台風のような人だ。お客さんを味方につけて、知的で、理路整然としていて、考えていないようで、めちゃくちゃ考えている気がする。それはちゃお缶のトークからも分かった。僕はちゃお缶をもちろん全缶買って、こしら師匠の言葉に耳を傾けた。でも、内容は秘密だ。これは惑星に生まれた一つの洞穴に入るようなもの。ちゃお缶を買った人だけが入れる空間。ちゃお缶を買えなかった人、惜しいことをしたぜ。

 

反逆とゆるふわ 吉笑さん&鯉八さんの水曜日

鯉八さんが風邪っぴきの中、吉笑さんの野心溢れるトークと策略がさく裂し続けた水曜日。この組み合わせは凄かった。鯉八さんの摩訶不思議・縦横無尽なゆるふわワールドに対して、吉笑さんは現実に起こった様々な物事に対して、機関銃のように言葉を放ち続ける。ラジオに立ちはだかった月刊QRだったり、タカハシさんだったり、身の回りの物事に言葉で立ち向かっていく吉笑さんの勢いはすさまじかった。何よりも驚きだったのはオリエンタルラジオ中田敦彦さんの乱入だろう。ラジオの先輩として、シバハマラジオを盛り上げ、エールを送った中田さんの心意気もさることながら、その中田さんに思いっきり影響を受けて、シバハマラジオという大草原を槍を持って突き進む吉笑さん。その後ろを筋斗雲に乗って追走するかのように、独自のペースを崩さない鯉八さん。この二人の温度差が堪らなく面白かった。上は熱いのに、下はぬるい風呂みたいな感じだ。タカハシさんに切れ続ける吉笑さんも、凄く吉笑さんらしくて笑ってしまった。生ライブの時は、かなり真面目に場を展開していたし、酔っぱらってホットワインを飲み続ける鯉八さんを横目に、自らに与えられたパーソナリティとしての役割、そしてシバハマラジオを誰よりも愛し、誰よりも継続させたいという思い。吉笑さんの漲る野心に対して、こしら師匠の冷静な分析と助言もありながら、ちゃお缶の売り上げによって、特番枠を獲得した吉笑さん。この実行力、そして熱意。シバハマラジオを通して伝わってきたのは、吉笑さんの物事を成す実行力だ。最後に嬉しいお知らせを発表した鯉八さん。筋斗雲による追走の中、芸を磨き、独自の世界で多くの人々を魅了し続けた鯉八さん。時に理解できないくらいのゆるさとふわふわ感を見せるけれど、それら全てを含めて瀧川鯉八という一人の落語家の世界が、シバハマラジオの中で花開いていた。台本をバラされて慌てふためきつつ、そこを逆手にとって聞く者を引き付ける鯉八さん。そして、自らの師匠である瀧川鯉昇師匠を迎え、立川談笑師匠との最高のトークまで聞くことが出来た。落語を聞く人にとっては、もはや周知の事実であるけれど、吉笑さんと鯉八さん、それぞれの師匠が出演された回は伝説だと私は思う。何よりも知己に飛んだ鯉昇師匠のエピソードに対して、温かい眼差しが見えてくるかのような、優しい語り口で受け止める談笑師匠。吉笑さんと鯉八さんの師匠としての風格が、シバハマラジオにより一層の深みを与えることになった。

僕は二人が大好きだ。シバハマラジオの次の生ライブも見に行く。リスナーの方もたくさん、LOFT9に集まってくるみたいだ。僕は今、それが楽しみでならない。吉笑さんが情熱を捧げ、その後ろを他の曜日が支えながら突き進んできた。そうだ、みんな思いは同じなのだ。終わらないで欲しい。ずっと続いてほしい。惑星はどこか遠くへ行ってしまうけれど、大丈夫。鳴り止んだりはしない。この半年間で、僕の耳から入り込んで、心をワクワクさせてくれた時間は、ずっと鳴り続けている。

 

 暴走と可憐と江戸の風 柳亭小痴楽さん、入船亭小辰さん、西川あやのさんの木曜日

小痴楽さんの放送コード無視の発言、小辰さんの知性溢れる今週の一ページ。二人のパーソナリティを纏めつつ、まとめきれない西川あやのアナウンサーの三人で進む木曜日。何よりも小痴楽さんが最高である。生ライブの時も酔っぱらって最高に粋な姿を見せていた。小難しいことは考えずに、自分の心に素直に言葉を発する小痴楽さんの姿は、シバハマラジオのリスナーを勇気付けた筈だ。高座に上がれば、江戸の風が吹き荒れ、立て板に水の語り口で聞く者を一瞬で魅了する。結婚もされているし、何よりも愛嬌があって憎めない。言う人が言えば暴言になりかねない言葉であっても、小痴楽さんの正直で、真っすぐで明るい言葉はいつも爽快である。その爽快感と並走するように、小辰さんは小痴楽さんに新しい扉を開き続ける。小痴楽さんの暴走を宥めるかと思いきや、全く違う方向の話をしていたり、小辰さんも小辰さんで不思議な人である。それでも、ちゃお缶を聞くと小辰さんの人となり、芸に対する思いが感じられて、ラジオで魅せる顔とはまた違った一面を知ることが出来た。小辰さんは何より声が素晴らしく良い。なんだか少しエロいのだけれど、それが妙に落語家っぽくて素敵だ。今週の一ページは偉大なコーナーである。誰もが興味を持ったし、実際に漫画を手に取った人も少なくない。小辰さんの言葉に感化される小痴楽さんの姿も容易に想像できた。

西川あやのアナは、めちゃくちゃ綺麗である。生ライブで見た時は心を奪われる美貌の持ち主。そんなあやのアナに絡む小痴楽さんの姿も最高だった。Youtubeで放送された飲み会の姿も、まぁ、ねぇ、最高だったよね。

サンキュータツオさんとの放送では、まだまだ落語を知らなかった西川あやのアナも、だんだん落語に詳しくなってきた様子。何よりも落語に触れる機会を与えられたことが凄いと思う。西川アナの一つ一つの反応も、まるで落語に初めて出会った時の感動を思い出すかのように新鮮だった。小痴楽さんの爽快な言葉と、小辰さんの今週の一ページと、西川あやのアナの美しい声が聴けなくなるのは寂しい。生ライブを心して待とう。

 

エロス&エロス 春風亭昇々さんと春風亭ぴっかりさんの金曜日

バハマラジオ唯一の男女コンビ。昇々さんのド変態性とぴっかりさんの大人の女性の色気が、パープルな金曜日を形作っていたように思う。特に生ライブの時も、昇々さんは絶好調で、Youtubeの飲み会放送の時も思ったが、とにかく女性に対する思いが溢れ出ている。最高である。前にも書いたかも知れないが、絶対にモテるはずなのに、絶妙にモテない感が発揮されていて、軽くあしらうぴっかりさんの色気、されるがままの西川アナの姿など、見ていて少し羨ましかった。高座では、独自の変態性を突き詰めた新作落語で多くの人々を魅了する昇々さん。春風亭小朝師匠門下で、落語の実力は申し分ないほどに磨き上げられているぴっかりさん。この二人の化学反応を見るのは楽しかったし、二人がまるで付き合っているかのような、ひょっとしたら恋が芽生えてしまうのではないかというような、抑えきれないリピドーを爆発させまくる昇々さんが楽しみだった。

 

 

総括 僕はラジオ

こちらFMでもAMでもない、放送ですらない放送局MORINO TELL HER。彼女に伝えて欲しいことは幾つもあるけれど、敢えて一つだけ言うとすれば、シバハマラジオは最高のラジオだ。それは決してパーソナリティの力だけじゃない。番組に関わった全ての人が最高だった。確実に、Twitterをにぎわせていたリスナー達。あなたもシバハマラジオのパーソナリティだ。シバハマラジオの放送が始まると、いつもタイムラインを賑わせてくれたリスナーの人たち。僕は君のツイートを見るのがとても楽しみだった。君はいつもシバハマラジオについて語っていた。無邪気な子供のように目を輝かせて、落語家の一つ一つの言葉に反応しながら、君は笑っていた。ラジオを越えて、様々な落語に触れて、そうそう、落語という演芸そのものにも惹かれて、君は今、無限の宇宙の中で、落語という宇宙船に乗った。宇宙船には君の名前も確かに刻まれている。半年間の、僅かな星だったけれど、紛れもなくこの星は、この半年間、どの星にも負けない光を放ち続けてきた。その過程で、様々な人々が、シバハマラジオのタオルを手にした。君の送った言葉は放送に乗り、それを聞く多くの人の耳に届いた。僕はそれを知っているし、君はそれを誇ってもいい。君の言葉は確実に、シバハマラジオを聞いた人々の胸に届いた。シバハマラジオは、君の言葉も原動力として、ここまで回転し続けてきたんだ。

僕はこれまで、殆どTwitterでシバハマラジオについて呟いては来なかった。それは、僕がtwitterが苦手というのもあった。言葉はいつも140字に収まらなかったからだ。その内、色んな人がシバハマラジオについてツイートしているのを見た。僕はそのツイートを見ていた時に、「あ、これは僕がツイートしなくてもいいな」と思った。シバハマラジオを聞いて、ツイートする人たちの言葉は、いつも僕の頭の中で、目を輝かせて笑っている顔となって立ち上がってきた。その言葉を見ているうちに、僕は僕の気持ちがその人よりも強くないことを知ったし、僕は僕の中に無い言葉でツイートし続ける人々を見ているだけで、心が満たされるようになった。だから照れくさいけれど、シバハマラジオに関連したツイートをした人には、とても感謝している。ありがとう。あなたがシバハマラジオを盛り上げてくれました。

バハマラジオは終わってしまうけれど、鳴り止んだりはしない。僕はこれが言いたかった。4月10日に行われる生ライブも、シバハマラジオの名残りを惜しむ会とは思っていない。特番で、これからも、多くの人の心に届く、最高のラジオ番組が聞けると思っている。同時に、シバハマラジオを聞いた人たちが、落語の世界にどんどん入り込んできてほしいと思う。

かつて左談次師匠は「落語は若者にみすてられています」と答えたという。今、左談次師匠がいたら、同じことを言うだろうか。私はきっと言わないだろうと思う。落語は今、若者に注目されていると、答えるだろう。残念なことに、左談次師匠のラジオ出演は叶わなかったけれど、もしもシバハマラジオに左談次師匠が出ていたら、どんな言葉を語ったのだろう。どんな未来を、その心中に思ったのだろう。

なんて、そんな夢想はこの辺にしておこう。僕はラジオに教えられたのだ。この電波は、とびっきり胸躍る電波。今宵、僕の語りは人称を変えた。そうだ、僕の右には酒瓶がある。こいつの蓋を開けて、お猪口に酒を注いで一杯、片手で持って口に近づける。香りが鼻をつく。美味しそうだ。どれ、一口頂こう。

いや、やっぱり止そう。

また夢になるといけねぇ。

重畳の春宵~2019年3月27日 人形町らくだ亭~

f:id:tomutomukun:20190327231427p:plain



気が合えば 目は口ほどに物を言う

 

美人は百薬の長にして、酔えば命を削る鉋にもなる

 

平成メランコリック

最近は飲んだくれてばかりである。春がそうさせるのだ。春の宵なぞは格別で、酒器を持つ手が波打つほどの心持ちにさせてくれる。一口酒を飲めば桜のように顔がぽっぽと上気し、うつくしい人と酒を酌み交わせば途端、私は雄弁家となって歴史と世界を回転させる。肴なぞは不要で、言葉と酒と美人がいれば、もはやそれ以上は何も望まぬ。平成が終わろうが知ったこっちゃない。酒を飲む無形の時間こそ至福である。ゲンゴロウだか元号だか知らぬが、どちらも無視である。

しかしながら、僅かばかり平成について考えてみようと思う。振り返ってみれば平成という時代は実に憂鬱な時代であったと思う。バブル崩壊、テロ、自然災害、偉人たちの死。どれを鑑みても一つも明るい話題が無い。平成が始まって数年経つと、誰もが携帯に熱中し、会話を重んじなくなり、人と人との関係が希薄となり、知りたいことはすぐに知ることが出来るようになったと私は思う。なんだか寂しさを感じるのは、人に対する警戒心が自分の中にあり、他者に容易に心を開かず、また他者に容易に介入しないという、自重の精神があるからであろうか。それは過度であるのだろうか。私にはとんと分からぬ。

 

初・日本橋公会堂

さて、めまぐるしくも浅はかな思考に時間を費やし、私は人形町らくだ亭へとやってきた。久しぶりの落語であり、久しぶりの小満ん師匠と喬太郎師匠である。出ている演者の全員が好みである。

人形町らくだ亭、場所を日本橋公会堂。格式高い外観と内装。客層も年配の方々が多く、いずれも気品があってセレブリティなフェイス。久しぶりのホール落語でもあったため、若干気圧される。庶民派の寄席と比べると、大ホールでの落語は少し緊張する。約440名を収容できるホールに、びっしりと人が集まっている光景は壮観であるが、ゲラゲラ、ガッハッハと笑う場というよりも、オホホホとか、ふふふふと笑うような印象が強い。

場所と演者は重要で、私は大きなホール落語が苦手である。年配の方が多く、初心者が多く、全体の統一感というものが無い感じがするのだ。なぜそう感じるかと言うと、演芸を聴く時には、観客に対する暗黙の一体感が私は存在していると思うからである。それはその日によってまるで違っており、確実に演者の芸と聞く者の心に影響を及ぼしている。こんなことを書くと、「そんなの嘘だよ」と思われる読者がいるかも知れないが、私のささやかな演芸体験から言わせてもらうとするならば、そういうことは確実にあるのだ。

だから、些かの不安を抱きつつも、私は席に座った。全席指定である。

 

柳家寿伴 平林

めくりを照れながら捲った後で、開口一番は寿伴さん。寄席で見た頃は、声が高くて少し作った声の印象を受けたのだが、久しぶりに見るとぐっと声のトーンが落ちてきて、より飾らない声の出になっているような気がする。演じているかのような、妙な違和感もなく、絶妙のテンポで語り進めて行く。

平林という話は、簡単に言えば、文字を読めない人が手紙を届ける話である。その過程で色々とあるのだが、寿伴さんの型は鈴々舎馬るこ師匠の型だと思う。馬るこ師匠がどの師匠から教わったかは分からないが、演出に重なる部分があった。

陽気で明るくホール落語らしい所作で開口一番を務めあげていた。

 

春風亭昇也 寄合酒

後ろに反って海老ぞりのような勢いで登場の昇也さん。春風亭昇太師匠のお弟子さんの中では一番のやり手であり、セールスマンをやらせたら一流まで上り詰めるであろうと思えるほどの実力者。流れるような口調、快活な声のトーン、そして会場を巻き込んで盛り上げるエンターテイナーぶり、出来れば秘書にしたいほどのトーク術を持ち合わせている。寄席でも絶好調に滑らかな語りと、会場を味方に付ける手腕は素晴らしいし、それはホール落語であっても健在で、今回の番組の中で唯一の芸協だったのだが、見事に芸協魂を見せつけ、後に続くベテラン師匠方を勢い付けさせていた。

酒を飲むために運び込まれる肴と、それに伴って起こる人と人とのやり取りが絶妙なテンポで進んでいく。耳に心地よく、間が気持ちが良い。真っすぐな道をスキップしているような気分になってくる。少し照れながらも会場の一体感を見事に掴んで拍手を巻き起こし、絶好の勢いで舞台袖へと去って行く。

「唯一の芸協」という昇也さんの発言で笑いが多かったので、落語好きな人が多く集まっていた会のようである。

 

春風亭一朝 蒟蒻問答

安心安定、一朝懸命の一朝師匠。昇也さんの寄合酒でぐっと一体感の増した会場で、気持ちの良いマクラから、丁寧に細部を描写した蒟蒻問答へ。この話はざっくり言えば蒟蒻屋が僧になって問答する話である。あっさりと、それでいて確実に細部を描写し、最後に笑いを起こして去って行く。

ホール落語であると、実に一朝師匠は小さな印象を受けた。そんな中で問答の所作の大きさはホール落語で映えていたように思う。実際に目で見えているもの以上に、多くのものを見せてくれる一朝師匠。素晴らしい一席で仲入り。

 

 柳家喬太郎 うどん屋

語るまでもなく面白い喬太郎師匠。ホール落語で映えるのは、意外と体が大きいところであるかも知れない。前出の一朝師匠二人分くらいの大きさに見える。ホール落語に適した体というとなんだか変だが、大きなホールであっても身体的な存在感を放つ喬太郎師匠。食べ物のマクラも絶品で、寄席ほど弾けていない感じは、やはりホール全体の雰囲気がそうさせたのだろうか。新作で爆笑をさらっていく姿も素晴らしいが、古典でも緻密な所作と言葉で独自の面白みを表現する喬太郎師匠。今更私が語らなくとも、面白さも実力も認知されている素晴らしい落語家である。

 

柳家小満ん 盃の殿様

まさか喬太郎師匠が終わった後で退出する人がいるとは、夢にも思わなかったけれど、心の中で太文字の

 

 勿体なぁっ!”!”!”!”!”!”!”

 

が叫ばれたけれど、まぁ、それについてはノーコメントである。

さて、今回のトリを語る前に少しだけ余談を。

 

 憂鬱と美人

男にとって最も憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれる存在と言えば、それは美人である。と最初に書くと、多くの読者は「また美人の話か」と頭を抱えてしまうだろうし、熱心な男性読者からは「そんなことねぇよ」と言われてしまうかも知れないが、敢えて書く。美人ほど憂鬱に効く存在はいないと思う。雑誌の表紙を飾るグラビアアイドル、棚に陳列された写真集、水着姿で飛んだり跳ねたりする美人、その光景を見るだけで心が躍るのは、それが憂鬱を吹き飛ばす魅力を持っているからである。例をあげるとすれば、私は馬場ふみかさんの写真や小倉優香さんの写真を見ると、一にも二にも心が躍る。こんな美人と話が出来たら幸せであろうなと思うし、そんな毎日が訪れたら短命であろうとも思う。握手なぞ出来たら卒倒である。

これほどまでに美人が私の心の憂鬱を払い、同時に実らない恋という悲しみで私の頭を悩ませるのは、一重に美人そのものが、そういう存在であるからである。タミフルを飲めばインフルエンザは治るかも知れないが異常行動を起こす可能性があるように、美人に出会えば憂鬱は治るかも知れないが異常行動を起こす可能性があるのだ。一つ勘違いしないで欲しいのは、この世の女性は全て美人であって、故に、世に存在するありとあらゆる女性は、男性の憂鬱を払い、同時に悩ませる存在であるから、心配しないで欲しい。

考えてみれば、平成メランコリックなどと題して序文を書いたが、私のメランコリックを破壊したのは、常に美人であった。美人の言葉は私の心を満たし、美人の所作は私の心を奪い、美人の瞳を見つめるとき、私は殆ど石像であった。と書くと、どうにも品の無い男が立ち上がってくるが、人生に常に美人が傍にいることは、薬にも毒にもなるということである。

Twitterを見ていても、遠くブラジルの男性が日本のセクシー女優を愛するために日本語を覚えたりしている。美人は国境を越えて人々を魅了している。残念ながら、多くの美人は自分が美人であることに気づいていない。美人は周囲の人間の認める数によって決まるのではない。自分が美人であると信じて疑わなくなった瞬間に、美人となるのである。そのことに多くの女性は気づいていないのである。これは実に嘆かわしい問題であって、もしも美人であることに気づかず、また自分が美人であると思えない可哀想な女性が読者の中に一人でもいるのならば、私が直接の指導を・・・・・・

 

さて、戯言はこの程度にしよう。

絶品の語り口である小満ん師匠。もはや他の追随を許さないほど粋。カッコイイ。痺れる。ダンディズム。溢れ出る知性。言葉の中に唐突に現れてくるパワーワード。どれをとっても一級品の風格。痺れるような間と、言葉が生まれる瞬間に立ち会うと、心がワクワクする。

忘れたくない名フレーズを頭の中で何度も繰り返す。そんな粋な名言が連発する小満ん師匠の落語。喬太郎師匠で帰ったお客さんが可哀想でならない。本当のメインディッシュ、ここにあり!だ。

『盃の殿様』は、簡単に言えば、憂鬱になった殿様が美人に出会って回復する話である。ここでも、目に見えている以上に多くの物を私は見ていた。前述した『憂鬱と美人』で書いたように、美人というのは、その存在だけで男性を奮い立たせる。冒頭に引用した『気が合えば 目は口ほどに物を言う』というのも、『目は口ほどに物を言う』という部分がとかく強調され、消極的で否定的な言葉で使われがちだが、『気が合えば』の一言を足すだけで、色っぽい男女の視線の交差に様変わりする。こんな粋で、色っぽい言葉で、小満ん師匠の落語は埋め尽くされている。だから、絶対に聞き逃してはならない。ぼんやり聞いていると気づけないが、気づけばこれ以上無いほどの面白さが込み上げてくる。

私のようにベラベラと蘊蓄を語る若造に比べ、小満ん師匠は一言一言が金言である。どれだけ粋な経験をすれば、あんなに痺れるような言葉を放つことが出来るのだろうか。ワクワクとゾクゾクのとまらない、重畳の時間が過ぎていき、終演。

小満ん師匠をもっと追いたい。そんな思いを抱く夜であった。

 

 総括 春の心

ふとした弾みで参加した人形町らくだ亭。雰囲気も厳かだが温かく、久しぶりのホール落語だったがとても楽しむことが出来た。小満ん師匠はやはりとてもカッコ良かった。長生きしてほしい。

落語家の訃報が相次ぎ、高座姿を見ることが叶わなかった落語家がいる中で、今、高座に立っている多くの落語家さんの、一瞬一瞬の芸の素晴らしさを体験することは、とても重要なことであるように私は思う。それは、ただ単純に娯楽という枠に収まらない。むしろ、今後の人生の教訓を与えられるような体験である。落語家さんの訃報を目にする度に、近しい人々の言葉が目に入り、高座姿を思い出す度に、心がぎゅっと締め付けられる。

無形の、その計り知れない価値を、私は春の宵に思う。四季は巡り、再び春が来る。種は芽吹き、ありとあらゆる可能性がある。その可能性の中から、私は何を自らの心に刻み込むのだろうか。

あなたにもきっと、あらゆる芸に触れる可能性がある。そして、その芸を受け入れる心がある。何かは終わり、何かは始まる。春の心があなたの中にあるならば、可能性を見つけよう。あなたの全てを可能にしよう。

日々、芸は生まれている。あなたの無形の財産を一つでも積み重ねて行こう。私のブログは、そんな一つの心の記録である。

4月神席 池袋演芸場に行け! 2019年3月25日

f:id:tomutomukun:20190325223000p:plain

年度末ですぜ。粘土待つとは訳が違いますぜ。門松とも違いますぜ。

 

年度末とマラソンは、ゴールが見えても忙しない 。

 

時間が無いなんて言い訳さ。

本当に人生を楽しんでいる人は、時間を無理やり作るもんだよ。

 

さあ、何もかも忘れて演芸を楽しもう

 

ゴールの見えたギリギリの

年度末ともなると、私のような棒っ切れには些か心苦しい時期である。世間一般がどんな忙しなさに時を割かれているかは分からぬが、私とて例外ではなく、あらゆるものごとを清算しなければならず、きっちり気合を入れて一瞬一瞬を過ごさなければならなくなる。感覚的には脱皮寸前の蝶に近いのだが、年度が明けたからと言って脱皮できるとは限らない。限られた日数の中で、いかに全てを丸く収めるか。ここに手腕が問われるわけである。

私は元来、物事は悲観的に見るが、心の内では楽観主義者である。だから出世しないのだと言われても、私に出世欲は無い。あらゆるしがらみから解き放たれて、時に鼻垂れて、ただ自分の好きな時間を、好きなように楽しむことが出来れば、これ以上は何も望まない。龍安寺の教えにもあるように『吾唯足知』の心境である。人間というのは、求めている時ほど渇いており、求めていない時ほど潤っている。世間はとにかく『求めろ!さすれば与えられん!』という風潮であるが、もうそのような妄言には付き合ってはいられないのである。年度末を迎えたからといって、慌てふためいていてはどうにもならない。私は全てを諦めて、時間がただ過ぎることだけを望むばかりである。誰それは一所懸命に帳尻を合わせようと、躍起になって周囲の人間を鼓舞しているが、年度末ともなればそれは悪あがきであって、一年のツケの全てを年度末に払わなければならない。非常に抽象的な言い方になるのは、あまり仕事について詳しく語りたくないからである。とにかく、人は年度末には人を蹴落としてでも一歩先を行こうとするものであるらしい。

思えば学校教育などでは皆平等を謳っているが、社会に出れば嫌でも比べられる。誰それは劣っており、誰それは優れているなどと言われることは目に見えていたので、私はそういう類の競争精神からは逸脱し、せっせと自分だけが楽しめるレールを引き、自分だけが美味しいと感じる井戸を掘り、自分だけが美しいと感じる者達と付き合うことに決めている。だから他人を見てもあまり羨ましいとは感じないが、大変だろうなとは思う。私のやりたくないことをやっている人を見ると尊敬の念すら覚える。

これは決して自慢では無いが、私は人の顔と目を見れば、その人が私にとって精神的に危険な人物であるか否かを判断することが出来る。そのおかげで、幸いにも未だに私にとって精神的におかしな人物と関わったことが無い。反面、お前の方がおかしいと言われると、言葉に窮するのだが。

戯言はこの辺にして、年度末ももうすぐ終わりである。些かハードであっという間の一か月であったが、迎えて見ればそれほど大したことは無かった。さて、演芸について語ろう。

 

戯言の雫

忙しないなと思う時ほど、私はくだらぬ冗談を言うことにしている。体が極限まで疲れていると、本当にくだらないことを周囲に言い放つという癖がある。この癖は私の自覚している癖の中で最も質が悪く、酔った時などは尚更で、愚にも付かぬ戯言ばかりをただ延々と言い続ける。例を挙げるとすれば、寺の坊主が頷いて「そうそう」、大工の歌う歌は第九、仮名で奏でる仮名手本、かくも悲しき物語かな。などと、意味の無い戯言で気を紛らわせるようにしている。文章を書く時も読む時もそうだが、自分の精神状態が良くないと、文字を読んだり言葉を発したりするのは億劫である。自分の体の限界を超えて努力しないこと。これが私は大切だと思っている。

スポーツなどでは、限界の先に見えるものがあると言うが、私はそもそもスポーツが苦手である。体を使うものは殆ど駄目で、むしろ家でじっと読書をしながら、誰かと語り合っている方が性根に合っている。自分でも不健康かも知れないと思うが、それは肉体的なことに対してそう思うのであって、こと精神に関して言えば、これ以上の健康は無いように思われる。世間一般では肉体の健康が精神の健康を保つ、すなわち肉体と精神は比例関係にあると思われているし、確かにそういった面もあると思う。だが、精神が拒むような肉体的労働はご免こうむりたい。精神と肉体が合致したとき、初めて両者は向上できると私は思っている。だから、精神が「もっとマッチョになりたい」と望むのならば、精神に無理のない範囲で努力をすれば良いと思う。はて、演芸を語る筈がなぜ私はこんなことを語っているのだろう。話の本題のマクラであると思って頂ければ幸いである。

 

岩から染み出た雫のように

再び話題は年度末に戻るのだが、この忙しい状況で何としてでも落語が聞きたいと思う。それは、落語を聞いて笑いたいと思うからであろう。常に私の想像を超え続ける桂伸べえさんの落語は、疲れている時ほど無性に聞きたくなってしまう。そのうずうずを抑えきれない。今日はそんなに落語を聞きに行く気分ではないな。今日は駄目かも知れないな、という精神状態であっても、一度伸べえさんが高座に上がると、比類なき面白さで腹も心も揺さぶられてしまう。あの魔力は一体何なのであろうか。なぜあれほどまでに面白い空間を作り上げることが出来るのだろうか。伸べえさんの高座は、私がどんな精神状態であっても、常に面白い。そして、面白いを更新し続けている。計り知れない魅力の前で、私はその瞬間だけ、ただ笑うことしか出来ない。

連雀亭の記事は個人を特定されやすいので、日を置いて書くようにしているが、この前連雀亭で見た伸べえさんの『ちりとてちん』は最高の面白さであった。これまでのマクラの全てが爆発していたし、ワードの一つ一つが強烈であったし、何よりも生み出される間が尋常ではないほど面白いのである。なぜこの面白さを誰も発見しないのかと若干腹立たしく思ってしまったりもするのだが、今、着々と伸べえさんの面白さに気づき、もはや中毒になっている人々が増えているようである。嬉しい限りというか、得体の知れない面白さを公言したくなってしまうほどの魅力が、桂伸べえさんという落語家にはあるのだ。

そんな伸べえさんの落語と、文菊師匠の落語を、私は何としてでも月に一回は聴くようにしている。むしろ、月一回どころではないのが恐縮であるが、この二人の落語家の素晴らしさは、どれだけ語っても語りつくすことは出来ないだろう。なぜなら聴く度に、高座に出会う度に、進化していることが分かるからだ。「ああー、今日は駄目だった!」という日が一日として無い。一瞬一瞬が黄金の体験であり、伝説の体験であるのは、私が二人の魅せる芸に惚れ込んでいるからであろうか。

だから、何としてでも、それこそ岩から染み出すように、何とか忙しい合間を縫って、二人の落語を聞くようにしている。本当に面白いことは、ネットじゃ見つけられないのだ。そして、そこにしか無いものの素晴らしさに気づいてしまったら、もはやテレビを見る暇も、本を読む暇も無く、一にも二にも演芸を聴かなければならない。サンテグジュペリのオマージュとして言えば、『本当に面白いものはネットには無い』だ。むしろ、『面白そうなもので溢れている』のが、ネットだと思っている。本当に面白いかどうかは、実際に見て見なければ分からないことの方が多い。アイドルのグラビア写真だって、実物を見たらそれほど綺麗ではないかも知れない(ちょっと偏見)

ネットの定義にもよるし、何を面白いと感じるかは人それぞれであるから、今回の記事は些か過激な発言ではあるものの、やはり百聞は一見に如かずということにもあるように、こと演芸に関して言えば、生で、その場の空気の中で楽しむことの方が、音源を聴くよりも遥かに素晴らしい体験になるだろうと思う。だから皆さん、寄席に行きましょう。

 

オススメは4月上席 池袋演芸場

さて、早速『面白そう』な情報を一つ。来週に迫った4月上席は池袋演芸場が最も熱いだろう。昼の部では文菊師匠、白酒師匠、左橋師匠、さん喬師匠、扇遊師匠、そしてトリに菊之丞師匠。昼夜入れ替えが無いから、そのまま夜席に流れ、注目は小んぶさん、小平太師匠、小せん師匠、扇辰師匠、花緑師匠、左龍師匠、白鳥師匠、そしてトリは喬太郎師匠。

私は言いたい。

 

何この激ヤバの昼夜!?

  ええっ!!!!???

中原中也!???

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

ゆあーん ゆよーん 

ゆあーん 

ゆーん

 

と、思わずサーカスな気分になってしまうほどの、番組構成である。代演無しの番組だったら、こんなに素晴らしい番組は無いと思う。この先、何度お目にかかれるか分からない、最高の番組がここに誕生している。出演されている演者さんはどれも私好みで、これをセンス無いという人はいないんじゃないだろうか(ちょっと自信あり)

もしも落語初心者の方や、落語をこれから知りたい!という人は、池袋演芸場に行って欲しい。絶好の機会であると思う。もう一度言っておく。こんなに素晴らしい番組は無い。もはや4月神席である。もちろん、私も昼夜通しで行く予定だ。

素敵な演芸に出会えるチャンスが、ここにある。

是非、皆さま、池袋演芸場で、この人が森野だろうな。と思いながら客席も眺めてみてくださいね(無駄な楽しみを最後に付す)

考えてみれば、新元号が発表されて最初の10日間になる。次の年号を期待して笑ってほしいと思います。

豆腐のように瑞々しい心で~2019年1月19日 黒門亭 第二部~

http://koni.tuzikaze.com/zfo25-2.jpg

 

みんな、豆腐を聴きに来たんですね。

 

寒くなりましたなぁ。 

 

上総屋ぁ!

I didn't want to hurt you

Teenage Fanclubの『The Concept』みたいな気持ちで街を歩いた。寒い冬の中で、失ってしまったものを名残り惜しく思って手を伸ばすみたいな、けれど決して再び手にすることは出来ずに、「そんなつもりは無かったのに・・・」という自分の意図とは全く別の結果になった現状に戸惑うみたいな、そんな気持ちで歩を進める。

何が原因で『The Concept』みたいな気持ちになっているのかは分からない。冬の寒さが死を感じさせるから?何かが終わってしまったような気になるから?と、自分に問うたところで何も答えは出て来ない。漠然と霧の中で誰かに向かって声をかけているかのような、そんな寂しさを感じてしまうから本を読む。

本の世界に逃げ込むと、「お前はまだ言葉も、世界も、そして何も知らないのだ」ということに気づかされる。今は亡き賢人達の言葉が胸に刺さる。また、進むべき道を教えてくれる。人と人との出会いと同じように、私にとって本との出会いは特別なものなのだ。

日陰を歩けばまだ寒い。日向を歩けば僅かに温かい。行き交う人の吐く息は白く、空は青い。様々な色に包まれて、ぼんやりと、ただぼんやりと一つの場所を目指して、私は歩みを進めた。

黒門亭の前に来ると、既にかなりの行列が出来ていた。定員40名の、小さな座敷で、入船亭扇辰師匠が『徂徠豆腐』をやるというので、楽しみだった。

扇辰師匠の高座は『蒟蒻問答』や『紫檀楼古木』、『妾馬』を見たことがある。初めて見た時は、表情と声色が素晴らしくて、もはや一つの芸術を見ているような気持ちになった。全てが何一つとして濁りなく、その眼と表情と声に現れているように思えたのだ。

座敷に座ると、ご常連の方々も多い様子。黒門亭は常連同士の交流が盛んな場所である。残念ながら新参者の私は、その輪に混じることが出来なければ、混じりたいとも思わない。再び、私の脳内で『The Concept』が流れ始める。本当は、常連と仲良く話をする自分を想像したりもする。けれど、言葉にして話すとどうしても全てを伝えきれないもどかしさに苛まれる。自分が本当に言いたいこととは違うことを口走ってしまいそうで怖い。ちゃんと伝えることが出来るか自信が無い。そして、多分私は他の人より、文字に書き起こして、塊で伝えたいという思いが強い。だから、こうやってブログで書いて、一記事が大体6000文字くらいの長文になる。後で読み返した時に、自分が感じたことを思い出せるように書いていくと、結局長くなる。そんな劣等感から、私はこうやってブログを書き始めるようになったのかも知れない。

ご常連の方々に囲まれながら、黒門亭の二部が始まった。

 

林家きよひこさん、柳家花飛さん、柳家小袁治師匠、入船亭扇蔵さんと続いて、トリの入船亭扇辰師匠が登場。万雷の拍手で迎えられた。

 

入船亭扇辰 徂徠豆腐

高座に座るまでの眼と表情、そして所作まで。まるで何かを降ろすかのような、落語の世界、話の世界を丸ごと体に落とし込もうとするかのような、ゆっくりと、確実な動作が印象に残った。一言声を発すれば、それだけで落語の世界へと現実を変えてしまう力を、扇辰師匠は持っている。それは、マクラから演目に入った瞬間に如実に感じられた。

とても寒い朝に豆腐を売る上総屋七兵衛。その所作、表情、眼の皺、口の震え、肩の上がり方。私は扇辰師匠の細やかな所作を見た瞬間に、ぴしっと寒風が吹いたように思い、同時に「あ、寒い」と思った。確かな皮膚感覚として寒さを感じた時に、私の眼前に寒い中で豆腐を売る七兵衛の姿がありありと立ち上がった。これは初めての体験だった。それまで、様々な落語家で寒い状況を表す所作を見てきたが、扇辰師匠の所作を見て初めて、寒風に晒されて「寒い!」と思う自分を自覚した。そのことに自分でも驚いたのだが、その後の扇辰師匠の所作はさらに寒さを表現していた。

しんと冷えた野外で、謎の男(後、荻生徂徠)が冷奴を食べる場面がある。その時の扇辰師匠の所作が凄まじいのだ。体の芯まで冷えるような朝の寒さの中で、寒さに耐えながらも一心不乱に豆腐を食べる徂徠。それを見つめる真っすぐな七兵衛の眼。混じりけの無い純粋な二人の出会いが、静かに輝いているように私には思えた。

豆腐のお代を頂こうとした七兵衛に対して、声を張り上げて徂徠は「上総屋ぁ!」と言う。その威勢を感じたのか、七兵衛はお代はいずれ頂くことにする。何日かそれが続き、冷奴を食べた徂徠が金が払えないことが分かる。七兵衛は徂徠の住む家へと案内され、徂徠が学者であることを知る。

正直な徂徠の性格もさることながら、まるで豆腐を作る時の水のように清らかな心を持った七兵衛の姿が気持ちいい。「だったらあっしが握り飯を持ってきますよ!」みたいなことを言うのだが、それに応える徂徠の心意気も美しくて、何もかもが目に見えることはないが、清く光り輝いているように私には思えたのだ。

扇辰師匠は、言葉の一つ一つ、声色も、口調も、表情も、所作も、全てで物語っている気がする。どう言い表せば良いか悩むのだが、眼に見えているもの以上のものを表現している感じがするのだ。言葉以外の全てを体で表現しているような、優れた身体言語と言えば良いだろうか。物語の芯を丁寧に描き出しているような気がする。それは、単なる名人芸という一言で片づけられるものではなく、まるで七兵衛や徂徠などの人物を、心の底から理解しているような説得力を私は感じたのである。

だから、徂徠が豆腐を食べる場面や、徂徠の家に訪れた七兵衛や、七兵衛に全てを打ち明けた徂徠、その全てに確かな、形にはならない根拠があるように思えたのだ。どう表現して良いか分からない。見れば、それは確かに感じることができる。

徂徠にオカラを届ける七兵衛の心意気や、火事になって自らの家を失った七兵衛と女将さんの姿。その夫婦に家を貸す友人(源さん?)が出てくるのだが、そこにも七兵衛の普段の人柄、周囲への接し方が現れているように思えて、胸が締め付けられた。

大工の棟梁が七兵衛のもとを訪れ「とある方から頼まれて、あなたの家を作ります」みたいなことを言う場面も、一つ一つの言葉に優しさ、人を思いやる気持ちが表れているように思えた。扇辰師匠は、言葉にして描く部分と、言葉にはせずに描く部分の描写が物凄く上手い。惚れ惚れして感動するほどの技量だと思う。技量という安易な言葉では片づけられない。扇辰師匠は扇辰師匠そのもので、落語の世界を理解し、自らの体に落とし込み、表現している。

無事に家が建って、再び徂徠と出会う七兵衛。二人の再開の場面には胸が打たれた。特に徂徠が七兵衛に向かって、声を張り上げて「上総屋!」と言う場面と、何かを思い出したように徂徠を見つめる七兵衛の姿に涙が零れた。情けは人の為ならずという言葉にもあるように、二人の出会いが一周して一つ大きな段階に引き上げられたような、強烈な感動が押し寄せてきた。もちろん、笑いを誘う場面もあって、泣きながら笑ってしまう演目だった。

 

総括 心の豆腐

『晩春』や『東京物語』などで世界に知られ、未だその映像の美学が様々な分野に影響を与え続けている映画監督、小津安二郎。彼の著した『僕はトウフ屋だからトウフしか作らない』というエッセイがある。トウフ屋という言葉の響きの美しさもさることながら、トウフというものにこだわりを見せる職人の魂が、日本人の心には根差しているのではないだろうか。冷たい水にそっと両腕を入れる瞬間の瑞々しさ、白く穢れの無いトウフを掬う所作、そしてトウフを手に持った時の柔らかさ。片手に持ったトウフを包丁で丁寧に等間隔に割いていく所作。全てが清廉という二文字では表すことのできない、素敵な風景に満ち溢れているように私は思う。トウフ屋には、そんな美しい風景を想起させるだけの力があるように思うのだ。

人間はトウフのようにいられるだろうか、などとふいに考えることがある。こんなことを考えるのは、トウフそのものに純粋性を見て取るからである。大豆をすり潰したり、にがりを加えるなどの行程を得てトウフは完成する。トウフの持つ素朴な味こそ、人間の口腹を幸福で満たす味なのではないだろうか。現代は味の濃い物や、様々な調味料を加えた料理が跋扈し、私の友人では「味が薄いと食べた気がしない」とまで言う者もいる。私は勿論味の濃い料理も好きであるが、薄味の食事で満足したいという思いがある。薄味の料理を食べるとどうにも物足りなさを感じてしまうのは、それだけ強く濃厚で刺激的な味に私の精神が弱いからであろう。精進料理のように、なるべく素材本来の味で、無駄な調味料が足されていない、素朴な味で満足できる精神を持ちたい。だが、私は酒に関してもウイスキーを好んでいるから、何か自分の胃の腑をごうごうっと燃やしてくれるような、鈍く重い味を本能的に求めているのであろう。

長い年月をかけて、樽の味が染み出したウイスキーの格別の味を表現する言葉を、私はまだ持っていない。あの、透明な炎を口の中へと流し込むとき、私の心には炎が灯り、五臓六腑は目を覚まし、舌は饒舌となって目は見開かれ、見えぬものが見える時が訪れてくる。そんな悪魔に酔っているうちは、トウフのような瑞々しい心など、夢のまた夢であろう。

酒と恋と許されたい心と~2019年3月10日 浅草演芸ホール~

f:id:tomutomukun:20190318224218j:plain

酒というのは人の顔を見ない 

 

酒 その愛すべき飲み物について

酒とは恋である。などと妄言を吐く人間の言うことは信じてはならぬ。だが、酒を飲めば人に恋するのは当たり前のことで、酒は心の奥底に眠っている恋心を箒を掃くようにくすぐるから、生理的な反応として「俺はあんたに恋をしている」と告げるのは、もう仕方がないことであって、言ってしまえば酒の中には天使に変わる悪魔が潜んでいるので、恋だの愛だのは全てこの天使に変わる悪魔が司っているので、誰もが酒を飲んで誰かに恋をするのは酒の宿命でもあり、この悪魔の役割であるから、酒とは恋であるということは、あながち妄言とも言い切れない部分がある。

過去に悲しい失恋をした者が酒を飲むと、それこそ破滅しかねない。ロシアでは酒に溺れて愛する女性を射殺する男や、酒やけで自殺する男が後を絶たないという。それもその筈で、寒い環境の中で飲むアルコール度数の強い酒は、五臓六腑を焼き尽くさんばかりに熱を持って広がって行く。それは恋心が全身を燃やし尽くそうとしていることに等しい。「俺はこんなにお前を愛しているのに、お前は全然わかってくれない」という強烈な自己中心的願望に苛まれ、「どうしたら俺はお前から愛されるのか」という答えの出ない問題に直面し、「こんなに俺を駄目にするお前が憎い」という、可愛さ余って憎さ百倍というように精神が変換されてしまう。これは天使に変わる悪魔が、天使に変わることなく酒を飲んだ者を酔わせた結果である。男はとにかく酒を愛する生物で、酒を一口飲めば生き物全てを愛すると同時に、「お前を愛している」と言わずにはいられない動物に変わる。この動物が酒を飲み続けると、最終的には天使に変わった悪魔によって浅い眠りへと誘われ、翌朝に酷い怠さと吐き気を伴って目覚めることになる。

結局、酒を飲んで恋に落ち、その恋が実らず、自分の心が満たされなかった男は悪魔となる。自堕落な悪魔。酒によって惨めな思いをとことんまで叩きつけられた悪魔に成り果てる。彷徨えど彷徨えど満たされない恋心に全身を震わされ、誰か愛してくれる者がいないかと、ハイエナのように血眼になって街を歩くことになる。酒を飲んでいる時には、無常の幸福感、全人類を愛したいという高揚感に満たされているのに、それを他者から必要以上に享受しようとするが故に、酔い過ぎて失敗する。男とはとことん、自堕落な生き物である。

もちろん、これは私に限っての話であるが。

酒を飲み終えて一人きりの家に辿り着くときは最低の絶望感を抱く。つい先ほどまで、仲間と酒を出汁に馬鹿な話に花を咲かせ、仕事で生じたストレスを完膚なきまでに叩き潰し、荒野の塵と化したはずなのに、一度店を出て酔っぱらって帰宅すると、「ああ、俺は誰からも愛されていない」という気持ちのまま、孤独感で文章を書くハメになる。文章を書いて何とか消費しなければ収まらない程、誰かを愛したいし誰かから愛されたいと思い、半ば発狂寸前で指を動かしてキーボードを叩かなければいけなくなる。これも全部酒が恋であることがいけない。私は恋を飲んでしまっていたのである。恋は中和してはならない。色んな恋を胃の中で混ぜてはならない。恋を飲んで、陽気なジャズなぞを聞いてはならない。そんなことを全て犯して、私はこの文章を書くことを決めた。酒とは恋なのだ。自らの判断を圧倒的なまでに狂わせ、恋への渇望をより激しいものにし、恋を頭の中に入れる以外に何一つとして、この酔いを醒ます方法は無いのだ。なぜ私は一人で部屋の中にいるのかなど、微塵も考えてはならないのである。

 

酒に溺れた男の噺

やがて、私は酒によって間違いを起こした男の噺を思い出す。酒によって吉原へ行き、女房と子供を捨てて吉原の女と付き合うが、上手く行かずに捨てられ、悔い改まって酒を断ち、仕事に精を出して成功した一人の男の噺を思い出す。

私は、男に強い共感を覚える。男とはいい加減な生き物である。自分に都合よく生きる生き物なのである。だからどうしようもない。こと酒を飲むと正常な判断は失われ、理性すらも取り払われ、本能に忠実に生きる野蛮な動物になる。だから私は、噺の中の男に共感する。同じだ、と思う。男とは元来、酒によって間違いを犯す生き物なのである。本当に信じられないくらい人に対して乱暴になる生き物なのである。それは前記したように、酒という恋を飲んでしまったが故の、恋への激しい渇望のためである。誰かを愛したら、それと同等かそれ以上の愛を返してもらえなければ、不満と怒りに身を焼き尽くされ、悶え苦しむのが男なのである。だから、極限まで酔っぱらった男は、昔の彼女に電話をしたりして、「もう一度始めからやり直さない?」などと最低の一言を放つようになる。

翻って、女性の立場から見れば、こんな酷い男はこの世界にはいないのではないか。酒を飲んで自分と子を捨て、数年後に「やり直そう」などと言ってくる男は、張り倒してやりたいと思うのが現代の感覚であるだろう。それはひとえに、女性が一人でも生きていける社会が確立されたからであると言える。人類の歴史から見て、たった一人で生きて行くことの出来る現代は、とても稀有な時代だと言える。というか、何千年何万年と人類が目指してきた一つの到達点が『今』だと言える。かつては、何人かが組になって狩りを行い、その報酬を分け合っていた。食料に関しても一人で自給自足の生活をしていくことは殆ど困難であった。何か美味い物を食べたいと思ったら、その美味いと思う基準にもよるが、大勢の人間と協力して食べ物を見つけなければならなかった。戦争の頃などは、ひもじさを凌ぐために芋の蔓を食べたり、誰か裕福な家庭の家に行って食べ物を与えられなければならなかった。『火垂るの墓』を見ても分かるように、兄妹の二人だけでは生きていけない社会が確実に存在していた。貧しいが故に、人は集団になって食事を分かち合わなければならなかった。

ところが、現代はそこから飛躍的に進歩した。コンビニに行けば24時間食料が置いてある。湯さえ沸かせばカップラーメンが食べられる。自動販売機に金を入れて飲みたい物を選んで押せば、それを飲むことが出来る。社会が裕福になり、人は一人でも食べていけるようになった。誰かと一緒に働いて食料を買わなくて良くなった。すなわち、誰かと食を分かち合うことをせずとも、生きていける社会が出来上がったのである。

もちろん、子供がいる家庭は別である。子供は金を稼いで社会を生きて行く力が無いから、その力が備わるまでは親が養っていかなければならない。夫婦共働きという家庭が存在しているように、夫婦が揃って働くことが出来る社会もある。無論、これはまだ局所的であるという意見もあるが、詳しい調査を行っていないため定かではない。

想像するに、かつては母と子だけの生活は、かなりの困窮を極めたのではないだろうか。すなわち、夫が不在で、夫の収入に頼って生きて行くのが、かつては当たり前のことであったのだろうと思う。時代は少し進歩して、夫の収入だけに頼って生きて行くことも、婦の収入だけに頼って生きて行くことも出来るような社会になったと言える。が、本当のところはまだよくわからない。それは局所的・一部だけであるという気もしなくもない。これも詳しい統計を取っていないから定かではない。

要するに、酒に溺れて妻子を見捨てるような駄目男は、現代の女性にとっては切り捨てご免の存在であるということである。お前なんぞいなくても、私が子供を養っていく。養育費はきっちり貰う!というのが、現代を生きる女性が男に出来る最も最善の手段ではないだろうか。

考えてみれば、酒に溺れて妻子を見捨てた男は、裁判沙汰になって養育費を支払い続けなければならない立場になってもおかしくないのである。

それでも、だ。

私は男であるし、男のように酒乱でもあるから、男の気持ちが良く分かる。馬鹿な過ちだったと気づいたころには、とっくに手遅れであるということは、もう存分に味わっている。何度失敗しても懲りないのは、それがその人間の業という他ないからである。酒を飲めば誰かを愛してしまう。それが男というものなのだ。

もう一度言っておく。

 

 

こと私に限っての話である。

 

 

 古今亭文菊 子は鎹

幻の一席、と言っても過言では無いだろうと思う。去年ずっと文菊師匠を聞いてきたが、殆ど演じられることの無かった演目である。いつも通りの登場、いつも通りの枕から、三道楽の噺をしたときに一瞬「あ、火焔太鼓かな」と思いきや、「大工の熊五郎」の噺を始めた瞬間に、

 

子は鎹だ!!!!

 

と衝撃が走った。ついに出会えた。と思ったのである。同時に、これは文菊師匠にとって『諸刃の剣』なのではないかと思った。なぜなら、文菊師匠のお客様には聡明で、美人な女性が圧倒的に多い。知性と品格を兼ね備え、酸いも甘いも噛み分けて顎が外れかけた経験を持った方々が多いと推測している。そんな女性陣に向かって、酔っ払い男の復縁の経緯を語る文菊師匠の姿は、結構なギャップなのではないだろうか。

だが、文菊師匠は下手に泣かせようとすることはない。徹底的なまでに熊五郎の後悔と更正を描いていた。過去に過ちを犯した男が、女房と子供の大切さに気付き、大工の仕事に精を出し、周囲から一定の評価を得たところから物語は始まる。この物語に感情移入できるかどうかは、全て熊五郎の描き方にかかっているようにも思える。大工としての技量、人として再出発を決めた覚悟、そして、愛する我が子に出会い、愛する我が子を思う気持ち。全てが実直な性格に満たされていて、文菊師匠の描く大工の熊五郎の姿には、二度と酒に溺れないという強い思いがあるように思われた。同時に、別れた女房に別の男が出来たか心配するところも素敵である。もしもほんの少しでも可能性があるならば、やり直したいという男の思いに、胸がぐっと締め付けられる。それは、過去の自分と今の自分は違うのだということを、女房に知って欲しいという気持ちの現れであるように思えた。

音源で聞いたよりも、物語のキーマンとなる子供、亀吉の声は子供感が抑えられ、わざとらしさを感じなかった。それがリアリティを持って聞く者に響いてくる。亀吉の言葉の一つ一つには、今の暮らしと、ようやく出会えた父に対する喜びが溢れているように思えた。文菊師匠の清らかな眼と、可愛らしい亀吉の所作。それと重なるような熊五郎の優しい眼差しが印象的であった。二人の間で交わされる言葉のひとつひとつが、胸にとん、とん、とんっと迫ってくる。酒に酔って吉原の女に現を抜かした男に、少しでも幸せになってほしいという気持ちが湧いてくる。それは、私が男であるからかも知れない。もしも熊五郎と同じようなことを行っても、許されたいと思う心があるからかも知れない。それは一方から見れば、信じられないほど汚い心かも知れない。だが、悔い改めて今を生きる熊五郎の姿は、そんな過去を全て受け入れた上で、精いっぱい生きているように思えたのだ。誰にでも間違いはある。それが取り返しのつかない過ちになることもある。それでも、人は誰でもその過ちを悔い、許され、再び生きたいと願ってしまう生き物だと思うのである。少し偏った意見であるだろうか。

熊五郎と亀吉の会話の後で、母と亀吉が会話するシーンが胸に迫る。愛する我が子を社会の中で、必死になって育て上げてきた母の姿が胸を打つ。女手一つで育て上げた子が、自分に隠し事をするようになったことへの、母親の悲しみは計り知れないだろう。だが、隠し事をする理屈も子には通っているのである。だからこそ、このもどかしいやり取りに涙が出てくる。そして、それを遂に打ち明けてしまう子と、それを聞いた母親の表情が胸に迫ってきた。文菊師匠、渾身の場面であると思う。今後、年を重ねて行くたびに、より一層凄味を増してくる場面ではないかと思った。

この場面によって、捨てられた妻の方にも、夫を愛する気持ちが強くあるのだと確信できる。きっと、過去にどうしても好きにならざるを得ないほどの体験があったのだろうと推測された。どんなに酷い仕打ちを受けても、それを補って余りあるほどの魅力が、大工の熊五郎にはあったのではないだろうか。信じてもらえないかも知れないが、男女の仲というのは、往々にしてそういうことが起こりうる。「なんで付き合ってるの?」と聞くと、「分からない。成り行き」と答える人がいる一方で、はっきりと「彼のこんなところが好き!」と言える女性が数多くいる。私は思うに、一緒に過ごした時間だけ、互いへの思いは深まっていくと思う。その時間が増え続けると、ある一点で反発が起こり、次第に互いへの苛立ちに変わっていくのかもしれない。これは、私のささやかな人生経験からくる憶測である。

最終的によりを戻す夫婦。その仲を取り持つ亀吉。文菊師匠の描き出す登場人物は、どれも奥深い経験をその表情に潜めている。一つ一つの言葉や所作をとっても、『子は鎹』の一席は、絶品の一席であった。

そして、この一席が文菊師匠が浅草演芸ホール 上席でトリを取る千秋楽の一席となった。

以下に、この10日間の演目を記載する。代演による演目も記載する。

 

浅草演芸ホール 3月上席 トリ演目 敬称略

1日 文菊 転宅

2日 馬石 二番煎じ

3日 文菊 三方一両損

4日 文菊 厩火事

5日 文菊 七段目

6日 文菊 死神

7日 文菊 笠碁

8日 志ん輔 幾代餅

9日 文菊 稽古屋

10日 文菊 子は鎹(子別れ・下)

 

これが、未来の名人の熱の籠った気合の10日間である。

 

総括 古今亭文菊という落語家

文菊師匠の魅力は語りつくせない。本来は、非常におこがましい行為であるとさえ思いながら、こうして文章を書いている。なぜなら、誰も文菊師匠の素晴らしさを声高に言っていないからである。それは有名な落語評論家においてもそうだ。あんなに素晴らしいのに、時代は目を背けているような気がしている。それは、恐れ多くて語ることが憚れるということであろうか。そんなことは私は百も承知である。私は断言するが、今後十年、二十年、三十年後の大名人になる人物、それが古今亭文菊師匠であるだろうと思っている。徹底して古典落語にこだわり、精緻な古典落語の世界を艱難辛苦の末に作り上げようとしている。生粋の落語家であると私は思っている。

何十年後かに、誰かがこのブログの記事を読んでくれて、誰か一人でも「ああ、古今亭文菊師匠が大名人になることは、この時から聞く者に伝わっていたのだな」と思って頂けたら幸いである。故に、これは未来に残す記事でもあるのだ。

今を生きる落語家の中で、誰もが唸り、落語という芸の神髄を見せてくれる落語家は、私にとっては古今亭文菊師匠である。面白いと思う落語家はたくさんいる。笑いたいと思う落語家で一番素晴らしいのは桂伸べえさんだと思っている。人それぞれ、自分の好きな落語家を見つけること、それが人生を楽しむこと、演芸を楽しむことではないだろうか。きっと誰もがいずれ、「この話は、この人で聞きたい」と思うようになるだろう。そんな落語家に出会えることを私は祈り続けよう。

今宵は酒を飲みながら、Zoot Sims『On The Korner』を聴きながら一記事書いてみた。ただの酔っ払いの妄言だと思って、さらさらと読んで頂けたら幸いである。

滑稽な稽古~2019年3月9日 浅草演芸ホール~

f:id:tomutomukun:20190317110042j:plain




Practice, Practice, Practice 

 

いえ、あの、道を・・・

 

  はじめての習い事

幼少の記憶である。私は生まれつき肺が弱く、病気がちで、体育なども隅で眺めていることが多く、皆勤賞から最も遠いところにいる子供であった。運動会が近づくと憂鬱で、仮病で休むことばかりで、どうせ勝てないのなら練習しても無駄だと諦めて、無理に良い順位を勝ち取ろうと努力をすることなく、へらへらとしながらやり過ごしていた。胸の奥がチクチクと痛んだが、勝てないものを勝とうと努力することが、当時の私にとっては、無意味なものであるように感じられたのだった。

身体的なことで周囲の人間に勝てないと悟った私は、必然と呼ぶべきか、突飛な行動で周囲の注目を集める子供になった。太陽と月の気持ちになって会話文を書いたり、初恋の相手との思い出の場面を絵に書いたり、下級生を騙して女子更衣室の扉を開けさせるなど、様々な愚行をしていた。そんな愚行が積み重なり、私はとうとう誰からも相手にされなくなった。

今でこそスクール・カーストという言葉があるが、私はあっちゅう間にアチュート(人間扱いされない層)になり、なんちゅーことやと思いながら、バラモンに憧れを抱いて日々を過ごしていた。そんな私は、体格の良い者から殴られたり、蹴られたりすることが多々あり、病弱であることを心配した両親の手助けもあって、スイミング・スクールに通うことになった。

バスに乗ってスイミング・スクールに行くのだが、道中は憂鬱で仕方が無かった。運転手は鬼のように恐ろしく、少しでも席から立って騒ごうものなら、烈火のごとく怒鳴り声が飛んでくる。今では懐かしいと思えるし、あの運転手はどうなったのだろうと気になるのだが、当時はバスの運転手が嫌いで、挨拶さえしなかった。

スクールに到着すると、お決まりの体を清める通路を通って、準備運動の後、いよいよプールに入水となる。泳ぎに不慣れな私は、プール内に台を重ねて浅くした場所で、泳ぐための訓練をした。私の泳ぐ姿はプールに併設されたガラス張りの部屋から覗くことが出来て、最初は母親が心配したのか見てくれていたのだが、泳げるようになってくると、殆ど見に来ることは無くなった。というより、私が見に来ないで欲しいと頼んだのかも知れない。努力して不慣れな自分を見られたくないという気持ちを、私は常に両親に対して抱いていた。今でもそうだ。あまり恥ずかしいところは見られたくない。

私の周りには同世代の子やさらに小さな子もいて、とくに会話をすることは無かったが、無意識の内にライバル心が芽生えていた。というのも、スイミング・スクールには昇級制度があり、一定の水泳技能を身に付けると、級が上がる仕組みになっていたからだった。私は何とか同じ学校ではない見ず知らずの人と差をつけるため、必死になって泳ぐ練習をした。どこへ行ってもアチュートになることは勘弁であった。この時の体験からであろうか、人は自分に適した輝くべき場所があり、その場所を発見さえすれば輝けるという考えを今でも持っている。

努力の甲斐もあって泳げるようになってくると、いよいよ台は取り払われて通常の25mプールを泳ぐことになった。それでも、ビート板の補助付きで私は自力で25mを泳ぎ始めた。大観衆とまではいかないが、互いに競い合っていた人や先生が私の泳ぎを見ながら、「がんばれ!がんばれ!」とか「息継ぎ!息継ぎ!」などの言葉をかけてくれているのが分かった。私は無我夢中で泳いでいた。少し楽しくもあった。学校に行けば、自分よりも体格のいい人間に馬鹿にされ、頬を打たれたり、授業で間違いを言えばあざ笑われたりしている私が、たった25mの冷たいプールを、ビート板に支えられながら、自分の両足で力強く前へと踏み出していることが、何よりも誇らしかったのである。いいぞ、泳げるぞ、絶対に25mを泳ぎ切るぞ!と息を切らしながら私は泳いだ。そんな私の楽し気な表情をカメラマンが撮影していて、その時の写真が何とも言えないのだが、残念ながらお見せすることが出来ない。

ようやく25mを泳ぎ切った私は、先生に「よくやったね」と褒められ、とても嬉しかった。頑張れば誰かが認めてくれるという喜びがそこにはあった。

ふと、ガラス張りの部屋を見ると母親がこちらを見ていた。小さく拍手をしていた。母の目は確かに「よく頑張ったね」と言っているように私には思えた。私も目で「ママ、頑張ったよ」と思ってにっこりと微笑み返した。

スイミング・クラブを終えて、母の車に乗り込んだ私は、25mを泳ぎ切った満足感からか、色々なものを欲しがった。「アイスが食べたい」とか「お肉が食べたい」と駄々をこねた。すると、母は「分かった」とだけ言って、私にアイスを買ってくれ、夕食には焼肉を作ってくれた。家に帰ると父がいて、25mを泳ぎ切ったことを伝えると、「そうか、じゃあ今度は海だな」と言って、いきなりハードルを上げたので、母は「それはまだ駄目」と父を窘めた。弟は不思議な表情で私を見ながら「あんちゃん、なんかしたの?」と聞いてきたので、私は「泳げるようになった」とだけ答えて肉を食べた。

色々と辛いこともあったが、私のはじめての習い事は、スイミング・スクールであった。泳ぎを教えてくれた先生のことは、申し訳ないがあまり覚えていない。泳ぎを教えられたというよりも、自ら泳ぎを体得していったような記憶が私の中にはあって、それは紛れもなく記憶を無意識に書き換えているのかも知れないのだが、あまり記憶にないので、何とも書きようがない。

そんな当時を思い出したのも、浅草演芸ホールで文菊師匠の稽古屋を聞いたからであった。

 

古今亭文菊 稽古屋

どんな演目をかけるのか、毎日が楽しみな文菊師匠の寄席。この日は、渋谷らくごで若手二ツ目の芸を受ける形でトリを取る会があり、その後での寄席トリである。私はしばらくスマートフォンに表示された渋谷らくごの公式アカウントを眺めながら、演目発表はまだかと待っていた。開始のベルが鳴ったと同時に、渋谷らくごで文菊師匠がやった演目が表示された。

『らくだ』

その三文字を見た時、私の心にはぐぐぐっと緊張が走った。思わず心の中で、

 

らくだかぁああっ~~~!!!

 

と唸ってしまったのは言うまでもない。体が同時に別の空間に存在できるのであれば、私は渋谷らくご浅草演芸ホールのどちらにも存在したかった。それでも、私はこう思った。若手を二ツ目の芸に受けて立った後で、どんな一席を一日の最後に見せるのか。そこに文菊師匠の意志を感じようとして、私の心にぐっと力が入った。

いつものようにふわふわと袖から現れ、「待ってました!」の声に迎えられて着座。若干、枕でお話される声の感じが、いつもより通っている。それもそのはずで、この一席までに二席もやってきたのだから、声は絶好調に慣らされている。お馴染みの枕から演目へ入った瞬間に、私は以前志ん輔師匠で聞いた『稽古屋』を文菊師匠で聞けるという喜びに打ちひしがれた。

モテない男がモテるために清元を習いに行く話である『稽古屋』。志ん輔師匠で聞いた時には登場しなかった『ミーちゃん』なる幼い少女が出てくる。このミーちゃんと清元のお師匠さんと、モテない男の三人の様子が絶妙に面白かった。極限まで芸に真剣な個性際立つ清元のお師匠さん、泣いたり笑ったりしながら清元を一所懸命に踊るミーちゃん。それを脇で見ながらふざけているモテない男。滑稽な稽古風景に会場が割れんばかりの笑いに包まれており、私の体感では文菊師匠の落語でこれほどまでに爆笑が連発したネタは初めてだったと思う。

同時に、こんな稽古風景が何かの救いになるのではないかと思った。私はスイミング・スクールに通っている時は、泳ぎの技能を高めることに集中していた。ふざけたりおどけたりすることは少なかった。稽古屋のミーちゃんのように、第三者から邪魔をされるなんてことは無かったのである。

一所懸命に泳ぎの技術を高めてきた先生は、その立場や役割として、泳ぐための方法をあの手この手で教えなければならない。私は幼い頃から先生が嫌いで、それは自分の役割に即している感じが、どうにも好かなかったのである。稽古屋という話に出てくる先生も、踊りに真剣でミーちゃんの一挙手一投足に厳しい。目が怖いし、言葉の端々に踊りの先生としての威厳が詰まっている気がして、私がミーちゃんだったら先生のことは嫌いになっていると思うし、毎日稽古に通うのも嫌になるだろう。そんな時に、自分の芋を勝手に食べたり、かっぽれを踊り出す男を見たミーちゃんは、稽古に集中するどころか、そちらに気を取られて稽古どころではなくなってしまう。何かを身に付けるということは、大変な集中力が必要であることと、様々な誘惑が周囲には潜んでいるのだということを、同時に教えてくれるようなネタであった。

文菊師匠は女形が上手い。稽古屋の清元のお師匠さんを見て改めて、文菊師匠の女性の描き方が緻密で、様々に描き分けられていることが感じられた。陽気な男と真剣なお師匠さんの対比が、くっきりと見事に感じられて、面白くて仕方が無かった。

ミーちゃんが登場する前の、清元のお師匠さんの声も素晴らしく、声も顔も良い文菊師匠の端正な魅力が、十二分に発揮された素晴らしい一席だった。三味線の音と相まって、お得な感じもした。

抱腹絶倒の一席を終えて、私は浅草演芸ホールを出た。

 

総括 日々稽古

家に帰る道すがら、ぼんやりと昔のことを考えていた。色々と習い事には悩まされることが多かったし、行きたくないと思う日が何度もあった。もっと考える力があれば、ピアノやヴァイオリンなどがやりたかった。だが、貧乏な暮らしの中で楽器を買う余裕などどこにも無かった。中学校を卒業するころになってやっと、ギターが一本買えるようになった。自分で曲を作っていくうちに、色々なジャンルの音楽を聴くようになった。考えてみれば、師匠に習って何か身体的な技能を身に付けようとしていたのは、中学生のころまでだったと思う。社会人になってからは、右も左も上も下も分からぬ私に、先輩方がとことんまで教えてくれたので、今はその恩に報いるために日々を過ごしている。

まだまだ私のような若輩者には及ばぬ領域がある。ならば、日々稽古である。好きこそものの上手なれ。という言葉にもあるように、好きなことであるから頑張れるという気がする。そこまで好きでもないが、嫌いなわけでもない、丁度いいお仕事を、これからも続けて行こうと思うのだった。

同時に、演芸を語り続けて行きたい。本当は野暮なことだと思われることでも、小林秀雄氏が『モオツアルト』と書いたのだから、それと同じような領域で物が書けるようになりたいと思っている。

まだまだまだまだ日々稽古。滑稽な稽古はこれからも続いていく。