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神田松之丞はなぜ最低で最高なのか~TBSラジオ 問わず語りの松之丞~2018年12月19日

芸人を過保護にすると、面白い芸人が出てこなくなるっていう怖さもある

 

爆笑問題太田光でさえ呆れた「神田松之丞」の非礼ぶり』という

記事を見た私の反応(は?)

 

出る杭は打たれるべきか、飲み込まれるべきか。

 

人間だれでも最低で最高だ

  

 

憤怒と正しさの居場所について~前置き~

私は他人に対して憤怒の念を覚えることがある。でも、私は他人に対して憤怒しようとは思わない。憤怒したところで、スッキリするのは私で、言われた方は傷つくか、もしくは私以上に憤怒することが想像できるからだ。でも、違う視点で考えてみれば私は不親切な人間なのかも知れない。なぜなら、私の憤怒の念は、私が憤怒しなければ他人には分からないからだ。だから、仕方なく私は憤怒することもある。滅多にないけれど。

なぜ私が他人に憤怒するのかと問われれば、幾つか理由がある。それは私の信念が他人と違っていたり、私の思うように他人が行動してくれなかったり、私が良いと思ったことを他人から理不尽に否定されたりなど、様々である。私は自分がどういう時に憤怒するかをある程度自覚しているから、殆ど憤怒することはない。時々、理不尽な発言をする他人を見て腹の立つことはあるが、自分とは考えが違うのだと割り切るようにしている。

人に対して腹が立っても、言わずにぐっと堪える私にとって、人に対して腹が立ち、怒ることの出来る人は輝いて見える。その人には確かな信念があり、どうしても許せない基準があり、言わずにはいられない性分がある。環境や経験、それまでに費やされた時間がその人を『腹が立ったら言わずにはいられない人』に作り上げたのだ。そう考えると、腹が立っても言うことの無い私は、信念もなく、全てを受け入れて、言わなくてもいい性分がある。どちらが良い悪いという話ではない。私はどちらも良いと思う。怒る人は力強いし、怒らない人は優しい。

世間の雑多な意見を見ていると、色んな事柄に対して様々な人が自分なりにある程度の定義を持っている。例えば、赤と青の二色があるとする。赤は赤で青は青だと定義しているケンジ君と、赤は青で、青は赤だと定義しているミチル君がいるとする。さて、この二人が赤と青という二色を巡って話をするとしよう。どんなことが起こるか。当然、喧嘩になる。ケンジ君にとって赤だと思っていることがミチル君には青に、ミチル君にとって赤だと思っていることが、ケンジ君には青だ。

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もしも二人がトマトを書こうとしたら喧嘩になるだろう。ケンジ君は「トマトは赤だ!」と言い、ミチル君は「いいや、トマトは青だ!」となる。こんな争いを時々目にする。

一見、ミチル君が変な少年だと思われるかも知れない。けれど、ミチル君が『色盲』だとしたらどうだろう。ミチル君はケンジ君とは違う色の見え方をしていたのだ。だからケンジ君と言い争いになったのだとしたら、こんなに悲しいことはない。

さらには、ケンジ君も『色盲』だとしたらどうだろう。黄色のトマトだったとして、ケンジ君には赤に、ミチル君には青に見えた。どちらも本当の色である黄色に気づくことなく、お互いが正しい色を主張する。これもなんだか悲しい。

詰まる所、どちらが正しい正しくないというのは、数の多い方によって決まっているようである。赤いトマトが見える人がたくさんいたら、ミチル君は変わり者で、ケンジ君は普通の人になる。仮にトマトの本当の色は黄色だが、それでも赤く見える人が世界中にたくさんいたら、トマトの色は赤色が正だと思われるようになるだろう。

すっかり道徳の授業になってしまったが、以上の前置きをご理解いただき、記事のメインである神田松之丞さん、そしてラジオに触れて行きたいと思う。

 

松之丞さんの高座との出会い

私が初めて神田松之丞さんを見たのは、2017年12月10日の渋谷らくごである。当時はきく麿師匠が面白くて、ついでに神田松之丞という人がトリらしいということで行くことにした。開口一番の鯉斗さんは色っぽい『紙入れ』、志ら乃師匠は談志師匠を彷彿とさせるような『粗忽長屋』、そしてきく麿師匠は絶好のタイミングで『守護霊』に入った。既に「ああ、面白いなぁ」と思っていたところで、最後に松之丞さんが登場。初めて聴いた『赤穂義士銘々伝 赤垣源蔵 徳利の別れ』。これが実に素晴らしかった。ゆっくりとしたテンポで、不在の兄に対して、兄の羽織の前で酒を飲む源蔵の姿がありありと浮かんできた。この時「お、講談も面白いじゃん」と思い、物販で売っていた『絶滅危惧職、講談師を生きる』を購入し、サインを頂いた。

それから、一週間ほどサインを頂いた本を読んだ。色々な生い立ちはあるけれど、瀧川鯉八という人や、松鯉師匠がコメントしているのを読んで、何となく松之丞という講談師について、ダークだけど力強いものを感じたのだった。

私を決定的に松之丞さんのファンに変えたのは、何度かブログでも書いているが、『12月17日 神田連雀亭』で見た『甕割試合』である。日曜日だというのに連雀亭はまだ満員でも無く、今ではお決まりとなっている「待ってました!」の掛け声もなく、私は最前列で鑑賞することが出来た。これは私にとって一生の思い出である。

その時の高座は、凄まじかった。たった40人ほどの連雀亭。その時はまだパイプ椅子のみだったと記憶している。舞台袖から少し猫背気味の、眼鏡を掛けた大男がひょろりっと出てきた。一瞬拍子抜けしてしまう。あれ?この人が噂の講談師なの?ちょっと貧弱なのかな、と思っていたら、釈台に座って張り扇を鳴らした瞬間、少しだけ身が引き締まった。何のマクラだったかもあまり覚えていないが、普段はあまりやらない話で、宮本武蔵が出て来ない宮本武蔵伝というようなことを言ってから、眼鏡を外した。この瞬間に空気がガラッと変わって、そこからはもう、ただただ凄まじかったとしか表現することが出来ない講談を見た。特に最後の場面、思わず私もカッと目を見開いてしまうほどの光景が、松之丞さんの声と姿と共に見えた。

演目が終わった後、しばらく私は放心状態だった。眼鏡を掛け直し、釈台を持って舞台袖に下がっていく松之丞さんと、さっきまで高座をやっていた松之丞さんがまるで別人のように感じられて驚いた。そうだ、最初に舞台袖から出てきた松之丞さんはあまりにもひ弱に見えていたのだ!とその時、驚きとともに力が抜け、講談そのものの凄みに私は圧倒されてしまった。

その後に上がった瀧川鯉津さんの『片棒』や宝井梅湯さんの『赤垣源蔵 徳利の別れ』も、全く頭に入って来なかった。後にも先にも、松之丞さんの講談に真の意味で痺れたのは、あの日だけだ。『甕割試合』の後、現実に連れ戻された時、全身がビリビリと痺れているのが分かった。そして「あ、これが本物の芸だ」とはっきりと分かった。あれをどう形容したらいいか、私は上手く言えない。『鬼神』を見たような感覚になるし、思い出す度に、あの日の高座の迫力を感じて少し身震いしてしまう。また、物語も非常に良かった。出来ることならば、今の超人気ブームが去って落ち着いた時に、また連雀亭で『甕割試合』が見たい。それだけ私には思い出深い一席になった。

とにかく、これだけ語るのだから(笑)私は松之丞さんのファンになった。それから何度か松之丞さんの高座を聴いた。2018年に入ってからの人気は凄まじく、一年前と比較にならないほど人気が出た。思えば、もっとあの時、『甕割試合』を自慢しておけば良かったと後悔した(笑)

そんなこともあって、私は高座で活躍する松之丞さんの売れて行く姿に驚いた。松之丞さんの存在を知り、たくさんのファンが出来て行く過程も見ることが出来て、売れる人と言うのは、売れるべくして売れるんだなぁと思ったのである。

 

問わず語りの松之丞を聴いた日

話が前後するが、高座の松之丞さんを見たのは2017年12月10日だが、ラジオは2017年10月3日に聴いた。Twitter上で話題になっていたので聞いてみた。10分という短い間だったが、声と語りのテンポが面白くて聞き続けた。私はあまりラジオを聴く習慣は無かった。昔はヒダカトオル山口隆の深夜放送に大笑いしていたし、(やましげ校長やしろ教頭時代の)スクール・オブ・ロックを毎日欠かさず聴くような人間だった。毒舌が面白くて、特にEDの話や伸三さんの話が面白かった。それほどラジオっ子でも無かった私に、ラジオの楽しみが出来るなんて思ってもいなかった。

今では放送の度にTwitterが盛り上がるほど人気も知名度も上がっている。才能と力を持った人はどんな場所でも輝けるのだということを、松之丞さんはその身を持って体現している。カッコイイなぁ、と私は思う。賛否両論はあるかもしれないけれど、私は『振り切れている人間』が好きなのだ。

 

言葉を選んだ本音、その真の意味について

人気者になってくると、必ず弊害も起こるのだなぁというのも良く分かった。私は毎日楽しく聴いているが、Twitterを見ると『ラジオ好きのツボからも 結構外れちゃってる気がする』や、『手抜きラジオ』とか、色々言われているようである。

私にはラジオ好きのツボがどういうものか分からない。手を抜いているとも思わない。ただ、なぜ私が松之丞さんのラジオを面白いと感じるのかを説明することは出来る。

私が思う『問わず語りの松之丞』の魅力は、『言葉を選んだ本音でぶつかっている』ところだと思う。この『言葉を選んだ』という部分が肝だ。一般的には誰も傷つけず、偏った思想もなく、時間と場所と場合をわきまえた行為として『言葉を選んだ』と使われるが、ラジオの場合はそういう意味ではないと私は思う。なぜなら、『言葉を選んだ本音』を松之丞さんは言っていないと思うからだ。私は『本音』を松之丞さんは言っていると思う。では、『言葉を選んだ』はどこにかかるのか。それはラジオを放送に乗せる前に編集をする戸波さんにかかっていると私は思う。すなわち、『言葉を選んだ本音』に私が思う言葉を付けると、

 

『言葉を選んだ戸波さんによる、神田松之丞の本音』

 

だから、放送に乗せる判断をしているのはあくまでも戸波さんだと私は思っている。放送に乗ったラジオの内容について、Twitterで松之丞さんに対して発言するというのは、そもそも対象が異なっていると私は考えている。真にラジオを面白くしているのは戸波さんで、戸波さんという一人の人間がOKを出したからこそ、放送されているのだと考えると、意見を言うべき対象は戸波さんということになってくるのではないだろうか。驚くべきことに、Twitter上の殆どは戸波さんよりも松之丞さんに対する発言の方が圧倒的に多い。これは私からするとお門違いで、「戸波さんの判断は凄い」とか「戸波さんはラジオのツボを間違えてる」とか、「戸波さんよ、これは放送に乗せるべきじゃない」とか、そういう発言の方が、私はしっくり来る。

これが仮に、松之丞さんが自分の判断でラジオに乗せているとしたら、それはもちろん、意見を言う相手は松之丞さんということになるだろう。そんなこと百も承知じゃい。と言う方には、戸波さんが切り取った松之丞さんの本音を聴いているのだということを、もっと自覚して頂けたらなぁ。と勝手に私は思うのである。

要するに、この戸波さんの存在によって神田松之丞さんは最低にもなり、最高にもなるのだということを私は言いたい。

 

なぜ最低で最高なのか

ラジオの話題の前に触れておきたい話がある。それは、私が友人達とカラオケに行った時のことである。何の曲だったか忘れたが、私の大好きな曲を友人が歌った時に、ある違和感を抱いた。それは『歌い方が激しすぎる』ということだった。私は何度もその大好きな曲を聴いていた。私が聞き続けた大好きな曲の歌手の歌い方に比べると、友人の歌唱は何もかもが過剰だった。声を張り上げすぎている、唸り過ぎている。と感じた時に、私は「下手くそだなぁ」と友人に対して思った。ところが、その後に私が別の曲を歌うと、私が歌い終えた後で友人が「森野君、この曲の歌手はそんなに力入れて歌ってないよ」と言ったのである。そんなバカな!と思ったのだが、私は悔い改めた。それは、たった一つの曲であっても、聞く人によって感じ方は様々だということに気づいたからだ。

なぜ冒頭にそんな話に触れたかというと、2018年12月16日の『問わず語りの松之丞』の放送において、若い頃の伊集院光さん、爆笑問題さんのラジオについて、松之丞さんは自分の放送内容と比較してこんなことを言っている。

 

こんな感じじゃなかった?もっと凄かった気するけど?

この言葉を聞いたとき、私は勝手に共感した。なぜなら、冒頭に書いたカラオケの話と重なったからである。自分にとっては当たり前だと思っていた歌い方が、他人には力み過ぎているように感じられるということの、その驚きを共有したように思えたからだ。

ロックンロールな曲を聴いて、実際に歌ってみると、原曲よりかなり激しく歌っている自分に気づくことがあった。自分の声を録音して聴き、原曲を聞くと、赤面するくらい異なっていたのだ。その時初めて、「あれ?こんな感じじゃなかった?もっと凄かった気がするけど?」という思いを抱いたのだ。

これは、良い悪いという話ではない。上記のような戸惑いを感じたことのある私にとって、松之丞さんの発言は他人事ではなかったのだ。

2018年12月16日の放送における今の伊集院さんや爆笑問題さんに対する松之丞さんの思いは、大体以下の感じだと私は思った。

 

自分の好きだったラジオDJの語りと比較して、自分の語りはそれほど激しくないと思っていたのだが、ふと気が付くと実際は想像を超えて激しくなっていたと気づくとき、人はふと我に返って戸惑う。それでも、自分の想像は間違っていないのだと確かめながら、自分の意志を貫く。その時に人が抱く思いは怒りだ。平凡だと感じられる語りをするようになったラジオDJに対して、人は怒りを抱く。前はそうじゃなかっただろう、さんざん俺を夢中にさせてくれる語りをしていたじゃないか、何をいまさら穏やかになっているんだ、それはずるいじゃないか!

 

この松之丞さんの思いに私は胸を打たれた。一応、上記は私の勝手な想像補正であるが、これぞパンクな精神であると思ったのだ。

今まで当たり前だと思って自分がやってきたことが、実は当たり前じゃなくて度が過ぎていると注意されたところで、自分の中に出来上がった当たり前は、そう簡単に変えられるものじゃない。自分が憧れ、夢中になり、自分にとっての当たり前を形作ってくれた奴等は、今一体どこに行ってしまったんだ?ちくしょう、もっと穏やかなところに逃げ込みやがって、ずるいぞ!と思うのは至極当然のことである。

この瞬間に、私は同じような体験をしている松之丞さんを応援したくなった。これは私の勝手な思いだが、こうやって自らの当たり前を周囲にとって当たり前ではないことに変えていくことの出来る人が、時代を作っていくと私は思っている。だから、松之丞さんはラジオパーソナリティとして、絶対に必要な存在だと思うのだ。

さらに忘れてはならないのは、これを編集した戸波さんの存在である。戸波さんがどう思ったかは知らないけれど、きっと同じような思いだったのではないだろうか。既存の概念をぶっ壊して、新しい物を作り上げて行くのは、それまでの当たり前の度を更新する意志と情熱を持った者だけだと私は思うのだ。

そう考えると、『ラジオ好きのツボからも 結構外れちゃってる気がする』という発言は、一つの大きな成功と捉えることが出来る。それまでのラジオ好きから、これからのラジオ好きを生む偉大な放送を、戸波さんと松之丞さんは成し遂げたことになるのだ(超ポジティブ)。

そして、私のようなラジオ好きのツボも分からない一人の人間に、『問わず語りの松之丞』は最高のラジオとして届いたことは間違いない。私ははっきりと言う。こんなラジオを待っていたのだ。ずっと待ち望んでいたのだ。

同時に、最低である理由も語ろう。これは、既存のラジオ好きにとって最低であるのかも知れないということだ。きっとラジオを長く聴かれている方は、自分の中に確固たるラジオ好きのツボというものがあって、それから外れた時に「このラジオは最低だ」という判断をするのだと思う。それもまた一つ間違いではないのだ。

以上のことから、神田松之丞さんは最低であり最高だと私は言いたい。今のところ、私にとっては最高のラジオだけれども、もしかしたら今後は最低になってしまうかも知れない(笑)

断っておくが、私は全ラジオリスナーを代表している訳ではない。私はあくまでも私個人として感じたことを記述している。私の判断で、私は文章を世界に向けて発信している。だから、私に賛否を向けるのは全く問題の無いことだと断っておきたい。

改めて私は問いたい。

 

あなたにとって、

 

『問わず語りの松之丞は最高ですか?最低ですか?』

 

最後に~問わず記しの森野照葉~

今回、ずっと聴いている大好きな『問わず語りの松之丞』について一つ記事を書こうと思ったのは、2018年12月16日の放送が大きなきっかけだった。それまでもずっと面白いなぁと思うことはあっても、記事にして書こうという気持ちにはならなかった。書けば角が立つだろうし、色々と意見を言われて凹むだろうと想像していたからだ。それでも、私がこの記事を書こうと思ったのは、Twitter上の意見やSmartFlashの名の知れぬ記者の記事を読んで、「なんか私と全然思っていることが違うなぁ」と思い、これは少し記事にして読んでもらえるだけの価値があるかも知れないと思ったからだ。

さらに記事を書くにあたって後押しになったのは、ダウンタウン松本人志さんと構成作家高須光聖さんの対談放送を聴いたからだ。参考に下記URL(違法かも知れないので、ご注意)

【松本人志】「馬鹿にされまくった若手時代」あの頃はつらかった… - YouTube

この放送を聴いた時に、芸人としてダウンタウンが有名になった理由が、松之丞さんの今と重なるように私には思えた。だから、冒頭で放送の中での発言を引用させて頂いた。

何が正解で不正解かは分からない。お前は何も分かってないなと言われても仕方がないのかも知れないとも思う。だが、私は松之丞さんの放送、そして偶然見つけた松本人志さんと高須光聖さんの放送を聴いて、書いてみようと思った。

出る杭が叩かれず、そっと元の箱に戻されたり、或いは打たれることなく錆びて行くのだとしたら、打たれながらも出る杭に、美しさと輝き、面白さを私は見出して行きたいのだ。鯉だって滝を登って龍になる。鮭だって激流を登って子孫を残す。いつの時代も、素晴らしい功績を残した人は、その素晴らしさがもたらす、あらゆる弊害を乗り越えて、素晴らしい功績を残す人になるのだ。全てが順風満帆にいかないからこそ、私は松之丞さんを応援したい。そして、松之丞さんに本気の腐しを言う人も、冗談交じりで腐しを言う人も、全員愛していたい。

誰もが最低で最高だ。最後、かなりカッコつけたけど、そんな言葉で記事を終わりたい。

 

人間だれでも最低で最高だ

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