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【Day4】慶安太平記 神田松之丞 2019年1月13日

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男は、こちらを見ながら右手の人差し指で何かを示している

 

四度、想像の風景

師の背を見た、と男は思った。師の意志が籠る物語を俺は読んだのだ、と男は思った。否、この物語に関わった全ての者達の意志が籠った物語を、俺は読んだのだ、と男は思った。一夜、また一夜と語り、照明の落ちた闇の向こうで、俺の声に耳を傾け、俺の言葉から物語を想像し、物語の中で生きる人間に思いを馳せたのだ。

俺に出来る精一杯で、物語を読むしかない、と男は思う。大きな物語の起伏のない、地味な物語を、これから俺は語る。それは、ダレ場と呼ばれ、聴衆を惹き付けるための力量が問われる。俺に、それを語るだけの力量はまだ無いかも知れない。それでも、俺に出来る精一杯で語るしかない。

 

さあ、語るぞ。

 

男は張り扇を握りしめ、釈台を叩く。今宵は静かに、そして残酷な物語が一席。ここから物語は、大きく最後に向かって進み始めていく。

 

第十二話『柴田三郎兵衛』

本当のダレ場は今日だ、というようなことを言ってから、松之丞は語り始めた。物語に大きな展開の無い、会話で魅せる一席。

柴田三郎兵衛は、第三話目に加藤市右衛門と共に物語に登場する。それほど深く描写をされることの無かった両名が、十二話、十三話で登場することで、この物語の深みに繋がってくるのだということを、松之丞は語っていたように思う。

丸橋が仲間になった正雪に対して、疑惑の念を覚えながらも、正雪と出会う場面が印象深い。それぞれの思惑が内に秘められたかのような、松之丞のゆったりとした語りが印象に残った。

また、土産の魚を義兄弟の間で取り交わす場面も印象深い。お互いにお互いの心を解いていくかのような、厳かな雰囲気があった。

私の集中力の途切れもあってか、断片的にしか覚えていないのが悔しいが、またどこかでこの物語に出会った時に、再び考えてみたいと思う。

 

 第十三話『加藤市右衛門』

ここまでの話があまりにも物語の展開が大きく、非常に興味を持って聴いていたのだが、私も集中力が途切れてしまい、断片的にしか覚えていない。

慶安の時代は浪人達で溢れかえっていたのだということが、何となく察せられた。幕府に対して不満を抱く者達が多かったのだろう。十二話と十三話では、歴史的な背景、当時の雰囲気のようなものが、何となく伝わってくる一席だった。

 

 第十四話『鉄誠道人』

前半二席で不甲斐ない集中力を発揮してしまった自分を取り戻すため、仲入りで集中力を取り戻す。各所で噂になっている十四話が、一体どのようなものであるか、前情報を一切入れずに聞いた。

冒頭、全身が真っ白だという願人坊主・鉄誠道人が、正雪一行と出会う場面が印象深い。幕府転覆のために資金を必要としていた正雪が、自らの体を自虐して小銭を集める鉄誠道人に出会うのだが、この時の鉄誠道人は、どこか心が擦れた男という印象があった。

生まれながらに皮膚が他の人達と異なっていたことによって、両親に捨てられ、周りから蔑まれながらも、その状況を逆手にとって金を集め、自分の欲を満たす鉄誠道人の姿は、人物描写がリアルかつ、松之丞の語りも絶品だった。まるで「どうだ、俺は不幸だろ?そう思うなら金をくれよ!」という、人の善意に付け込むような鉄誠道人の声、そして表情、言葉。正雪が目を付け、酒の席で話を聞いた途端に、正直に自分の抱えているコンプレックスによって、どのような目にあってきたかを語る鉄誠道人。とても素直で、生きるために止むを得ず手段だったのかも知れないな、と鉄誠道人に対して同情の心が湧いた。

こんな話がある。五体不満足という著書で有名な乙武洋一さんという方がいる。この方の生まれた時のエピソードである。

赤子として生まれた乙武さんを医師が見た時、それはまるで芋虫のように見えたという。医師は、生まれてすぐに母親にこの芋虫のような赤子を見せると、気が違ってしまう恐れがあると考え、しばらくの間、母親に会わせずにいた。産後のホルモンバランスが落ち着き、いよいよ対面という時になっても、医師は母親の気が振れてしまわないか心配していた。

手と足がほぼ無い状態の芋虫のような乙武さんを見た時、乙武さんの母親は芋虫のような赤子である乙武さんに向かって、こう言ったという。

 

「まぁ!なんてカワイイ子なの!」

 

それから、乙武さんはすくすくと成長した。小学校に上がると、心無い周りの友人から「やい!手無し!、足無し!」などと罵声を浴びせられたという。それでも、乙武さんは全然悔しくもなんともなかったという。なぜなら、家に帰ると乙武さんの母親がいつも、「あなたは素晴らしい子よ。なんでも出来るわ!」と言ってくれたからだった。

 

上記の話を聞いた時に、鉄誠道人もまた、両親に捨てられることが無ければ、別の道を歩んでいたのだろうなと思い、鉄誠道人の境遇が可哀そうでならなかった。ところが、正雪はそんな鉄誠道人に対して、金儲けの仕方を教える。この正雪の案に、見事に魅せられ、信用する鉄誠道人の純粋さが胸に苦しい。

騙されていく過程における、鉄誠道人と正雪の描き分けが実に見事だった。松之丞は言葉の間、声、表情、リズム、全てで二人の感情を対比させ、浮き彫りにしていく。正雪の金儲けのトリックに魅せられ、眼を輝かせる鉄誠道人。その眼を見ながら、心の奥底で静かな闇を覗く正雪。二人の思惑の差がゾクゾクするほど表情に現れていた。

金儲けの仕掛けが実行段階に移ると、続々と集まってくる人々の罪の無い意識にさえ醜さを感じてしまう。「自らの悪を取り除くために、一人の坊主の死に様に金を払う」という、行為そのものの浅ましさ、醜さが、言葉にならない残酷性を表現しているように思えた。

あまり深く書くことは物語の面白味を奪いかねないため、詳細は書かないが、金儲けの仕掛けが実行される場面は、あまりにも様々な人間の思惑、感情、本性が渦巻いており、見ているこちらまで苦しくなってくる。特に鉄誠道人が可哀想でならなかった。自らの理想の人生を思い描きながらも、その夢が叶うことなく消えて行く絶望感を想像して息が出来なくなってしまう。自分なら絶対に参加したくないイベントに強制的に参加させられ、周りの人々の熱狂が強くなればなるほど、心が冷めて行くというか、この場にいたくない!という気持ちが強くなってくるほどの強烈な物語だった。

仕掛けが終わった後の正雪の表情、鉄誠道人の姿、狂乱の聴衆達。まるで、カルト宗教の大きなイベントを見ているかのような、カリスマのありとあらゆる策謀が発揮された場面は、ある種の爽快感すらある。人がどうやって魅了されていくのかを目の当たりにしたかのような恐怖と興奮が同時に押し寄せてきた。

噂に違わぬ究極の一席で、残酷さでは慶安太平記の中では随一と呼ぶべき話である。いずれ、多くの人々がこの物語に出会うと思うのだが、語らずにはいられないほどの残酷な景色と、人の本性の醜さ、浅ましさ、欲望が渦巻く一席であり、これは絶対に聴いて欲しいと思う。

今の神田松之丞という講談師が描く中で、これほどまでに力の入った物語は恐らく他に無いかも知れない。さらに言えば、今見ておいた方が良い一席である。力が漲っており、迫力が籠っており、まるで野外ライブで激しい音楽を聴いたかのような、強烈な爽快感とともに、胸に気持ち悪さが残る話である。

 

第十五話『旗揚げ前夜』

強烈に印象を残した前話の後で、静かな殺意が実行に移されていく。前話を起点として、一気に正雪の野望が実行へと移されて行くのだが、その一歩として静かな幕開けである。

私の記憶違いかも知れないが、ここで銃を放ったのは正雪だったように思う。打ち損じて逃げ出し、伊豆守と相貌が似ている柳生が「追わなくてよい、相当の手練れじゃ、逃げる道も作っておるだろう」みたいなことを言って、逃がす場面があったように思う。この辺りの描写が印象に残っていて、打ち損じた正雪もさることながら、柳生の落ち着きぶりが、松之丞のゆっくりとした語りから、静かな迫力を感じた。

暗殺失敗に地団駄を踏む正雪の姿もさることながら、徳川家光が死去し、「時は来た!」と感じた正雪の喜びは凄まじかっただろうと思う。

幕府転覆に向けて、それぞれの代表を読み上げて行く場面が最後にあり、丸橋の名が無いというところで、一夜が終わった。

最後の日に向けて、暗雲が立ち込める一席だった。

 

 総括 革命前夜

前半二席をぼんやり聞き、当時の時代背景、浪人たちが溢れかえって不満がたまっていたのだ、というところから、金儲けをして幕府転覆の資金を得る正雪のカリスマ性、そして最後の運命のいたずら。どれももどかしくもありながら、一つ間違っていたら大きく運命が異なっていく展開になっただろうという、物語の惜しさが際立った一夜だった。松之丞の語りも、鉄誠道人を最高の頂点として、激しいバンドの名曲を聴いているかのような爽快感があったし、旗揚げ前夜での静かに実行されていく革命が、物語が終盤に近付いてきたのだということを感じさせた。

連続読みで読むことによって、それまでの経緯や思惑、それぞれの関係性などが立ち上がってきて、それがリンクした瞬間の面白さは極めてハッとする部分が多い。考えてみれば、正雪は『鉄誠道人』で初めて、一度仲間にした男を踏み台にして殺すのである。もしも、違った方向で資金を集めていれば、正雪の運命は変わっていたのかも知れない。そして、第十四話以降、鉄誠道人の呪いもあるのかも知れないが、物語は意外なところから、大きく展開していくのである。

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