落語・講談・浪曲 日本演芸なんでもござれ

自称・演芸ブロガーが語る日本演芸(落語・講談・浪曲)ブログ!

単語のタンゴ

たたみからたたみかけられたたみがみたたたみをたたんでしまうたたり

 

畳から畳み掛けられた民が見た畳を畳んでしまう祟り 

 

わたしがわたしにわたしをわたしにわたしのわたしとたわしのわたしとわたわたしながらわったし

 

私が私に私を渡しに私の私とタワシの私とワタワタしながら割った詩

  即興の世界

 とても幸せになんてなれない。酷く酔った夜はいつもそう思う。でも、おれは金色の内臓を持っているから、こんちきしょうの内臓を持っているから、どうにか立ち直って、酔い潰れようが恋潰れようが、そんなことは知ったことじゃないんだぜ。

 酒の世界に身を浸している時は、あ、ちげぇや。おれが酒を飲んでいるときは、そりゃ難しいことなんて全然考えたりはしないよ。四六時中、「あ、地球は自転してるな」とかさ、「あれだな、月の満ち欠けってのは傲慢だよな」なんて考えてたら、それこそ脳みそが蟹みそなわけで、まぁ、美味いかどうかは別として、持たないわけさ。横歩きでも続けない限り、おれは泡吹いて倒れちまうよ。

 酒を飲み終えて風呂に入って、それでもアルコールがおれから離れないっつうんならさ、おれはあるコールをしなくちゃならない。ルービ・ルービ・シュンホニーって言わなくちゃ、おれからアルコールは抜けていかない。プリン体は居座ったまま、おれの染色体のXYの疼きが止まらなくなっちまうんだぜ。だから、俺はシャワーを浴びる時にはワルシャワのことを考えながら、悪さはしないんだぜ。自分のワルサーをぶっ放すようなことはしないんだぜ。もちろん、モンキー・パンチもしないぜ。猿の殴りはするかも知れないけどさ。

 とにかく今日は随分と酔っちまったから、それに、悲しみに寄っちまったから、少し戻らなくちゃいけないんだね。アルコールの後のナイテールみたいなもんだよ。Alcoholの後のNaitell。意味わかんないけどさ。ま、とにかく、トルナドールズのテルスターでも聞きながら、宇宙にでも行こうじゃないか。

 

 アストル・ピアゾラ

 死んでから評価されたくないと言ったのは、誰だったけな。まあ、どうでもいいや。おれは死んでから評価されたくない。生きているうちに絶賛されたい。みんなもそう思わない?だってさ、死んだら何も分かんないんだぜ。どれだけ美人が涙してもさ、その涙を拭うことも、見ることも、言葉をかけてあげることも出来ないんだぜ。それって凄く悲しいことじゃないかな。出来ないのにさ、今、こうして生きているおれは、想像しちゃってるんだぜ。ちょっと傲慢にもさ、「あなたの死に、美人が泣きます」ということがさ、起こりうるもんだという体で書いているんだぜ。浅はかだと笑ってくれるな。おれはいつでもマジだぜ。おれから何一つ奪ったところで、問題無いと思っているかも知れないけれど、そんなことはないぜ。おれはおれを構成している全てのもので成り立っているんだぜ。踵の汚れから脳天を突き抜けて行く美声まで、マジでおれは全部愛してるんだぜ。DNAだかDeNAだか知らねぇ。でもなんか生きてるものを全部愛したくないかね、諸君。どうかね。この酔い覚めのおれを認めてはくれないかね。いやいや、そういうことじゃねぇや。別に誰の賛同も受けなくたっていいや。おれはもともと産道を通って、山道や参堂に三度以上参っている。参るってのはねMy居るなのか、My illなのか、間入るなのか、マイルなのか、どうでもいいんだけどさ。なんか踏んじゃうとさ、いざ踏んでみるとさ。なんか色んな意味が込められてそうじゃん。え?興味ないの?あ、そう・・・

 何が悲しくてこんな文章を書いているかって言うとさ。まぁ、大体のことは察しがついてるのかも知れないし、冊子が付いてるのかも知れないけど、おれの創刊号の見出しは『小池一夫氏、死去』なわけでね、『ケーシー高峰氏、死去』でね、もうね、いたたまれないのよ。いたたたた、板畳まれないのよ。やってくれたな、と。ついにやってくれたな、と。別にフォローはしてなかったけど、流れてくる言葉にいつもおれは共感してたし、心のどっかでは「このジジイ、おれと同じだな」と思ってたわけ。おれが言うか、小池先生が言うか、くらいのね。そういう気持ちってあるじゃん。「こんな発言、私には到底ムリー、リームー」っつってね。ワームみたいな顔した女が睫毛から鱗粉飛ばすような勢いでさ、言う人いるじゃん。そりゃ、おれも短歌の人達には毎回びっくりさせられるし、一体どこから言葉を組み合わせてくる発想が生まれてるんじゃい、とね。思うことはあるよ。発想が発走して発送されて八層の考えをさ、鼻で笑って「はっ、そうですか」みたいには言えない部分がね、そりゃありますわ。南総里見八犬伝

 で、小池先生に限って言わせてもらえば、考えてることが同じだな、と思っていたわけ。だから同族嫌悪的にフォローもしなかった。また素敵な言葉をツイートされてるなとか、あ、これはちょっとおれと考えが違うな、みたいなツイートを見る度にさ、この人は良い人だな、と思ってくるわけよ。一度、話しがしてみたいな、と思うわけよ。そりゃおれだってね、永井豪、じゃねぇや、吉田豪さんみたいにさ、プロインタビュアーではないしさ、コネもねぇしさ。ハリネズミヘアーでも無ければ、美人と自分の部屋で酒を飲むこともないわけ。あ、ちげぇな。美人とは美人の部屋で酒を飲むことはあるけどさ。大抵、おれは「うーん、君の思うことは100%分かるよ」みたいなことを言ってさ、なんだよそれ、光GENJIかよ、勇気100%かよって思われることもあるけどさ。いやいや、確かにおれもある意味では源氏だし、有機100%農法だし、勇気元気のアンパンマン・ボーイな訳だけどさ(マンでボーイを気にするなマンボウ

 もちろん、実験人形ダミー・オスカーとかね、もう最高なわけですよ。女性にも是非見て欲しいよね。主人公が人格変わるとめちゃくちゃ傲慢だし、正直、わけわかんないんだけどさ。その訳の分からない理不尽さがたまらなく面白いし、ま、美人がいいのよ、美人が。叶精作先生の凄くリアルな筆致とともにね、見てほしいねぇ。

 渡胸とオスカーのような、一人の肉体に二つの人格っていう設定はさ、何回か似たようなドラマを見たこともあるけれど、小池先生が書くオスカー像っていうのは、とても魅力的なんだよね。それはさ、憧れでもあるんだよ。普段のおれはさ、渡胸みたいにさ、女性には奥手だしさ、もうそれはそれは、滅多に話しかけられないわけ。でも、お酒を飲んで少し饒舌になるとさ、おれはおれで、もう一人の自分を出しているのかな、とか、そんな考えを思ってくるわけ。でも、それはオスカーみたいに物凄く傲慢で危険なのにカッコイイ人間じゃない。そりゃ女を襲ったりしたら犯罪だからさ、そんなことは絶対に許されないけれど、許されないことを実行するオスカーに共感できる哲学があるから、どうしても読んでいておれは、オスカーかっけぇなぁ、憧れるわぁ。って思うわけさ。

 それって、なんでもそう。漫画やら演芸を見てさ、「うっわぁ、かっけぇな~」とか思う訳じゃないですか。思いませんか?何っ、思わないだとぉ。うーん、だったら話は出来ないけどさ。おれはかっけぇなぁと思うわけ。で、それはやっぱりおれ自身に、その対象に対する憧れがあるからなんだろうな、と思う。おれは一秒後には文菊師匠になっていたいし、また一秒後には小池先生にもなっていたいわけよ。でもさ、ある程度発言権というか、言葉に力を籠めるっていうのは、それはそれは短い人生の中で、なんとかして自分の言葉を磨いて、大勢の人に認めてもらわなければならないっていう部分があるわけじゃないですか。今おれ、何も分からずに押下してるけどさ。

 その点、見せ方の上手い人とか、上手く話題を作ってドカーンと知名度をあげていく人とかを見るとね、やっぱなんか、汚いのし上がり方だよな、と思うわけ。おれはそりゃ、有名にはなりたいけどさ、自分が汚いな、と思う方法ではのし上がっていきたくないわけよ。傲慢だよ、そりゃおれの傲慢さだけどさ。なんか嫌じゃん。「お前の発言は矛盾してるー」とか「お前は炎上商法だー」みたいなさ、そんなの嫌なのよ。

 

 五里霧

 ゴリラが夢中になったみたいに文章をつづってきたけど、まだ心はどうにも収まんないよね。あれだな、少し酒を飲み過ぎたのがいけなかったな。もう一回嘘だよな、と思って小池先生のニュース見て、あれ、やっぱ嘘じゃねぇや。って思ったときに、おれ、自分でもびっくりするくらい、悲しい顔してたな。マジか、と思った。さっきも書いたけど、おれはものすごく小池先生の言葉に共感してたし、おれの代わりに小池先生が言ってくれてんだな、と思ってたから、ま、それがしばらくの間は続くんだろうな、と思っていたら、だもんな。早いよなぁ。早いよ。

 それにさ、今日は桂枝雀師匠の命日だったんだぜ。もう今日ではないけど、もう少し昨日にいさせてくれてもいいんじゃないか。おれだってたまにまだ3月かと思うときとかあるけどさ。なんかちょっとなぁ。おセンチだったぜ、朝からずっと。本当にね、なんだろうね、凄く幸福なのに、まだ幸福を求めようとしているおれ自身が存在してて、書けば書くほど、もう目が冴えて冴えて行くわけ。同時に虚しさがドーン、ドーンと襲ってくるわけですよ。そりゃ文豪も一回や二回は筆置くわ、と思ってさ。でもね、面白いのはさ、そんな文豪達も、女性に救われてるんだよね。尾崎先生だってさ、奥さんと結婚してから奮起してるしさ。その小説がまた堪んなくて、wikiにもあるけど、三島由紀夫から『着流しの志賀直哉』とも呼ばれていたらしいよ。そりゃ、志賀直哉先生は偉大だよ。偉大過ぎるよね。偉大過ぎて太宰みたいに「くっそ目障りだな、このジジイ」とか思ったりもするけどさ。それでも志賀先生やら、太宰だって、女性に救われているわけでしょ。だれかおれを救ってくれる女性いないの?とか思うよね。やっぱゴーマンだな、おれは。

 そんなわけで、もうそろそろタンゴに踊りつかれてしまいました。こんな駄文を読んでくれてありがとう。んで、小池一夫先生の冥途の弥栄を祈ります。きっと向こうで、モンキー・パンチ先生と笑いあっているんじゃないだろうか。「あれ?君も来ちゃったの?」「どうも、来ちゃいました」「そっか、じゃあ、二人で漫画でも描く?」「いいですね、どんな漫画にしましょうか」「そうだな、じゃあ泥棒が出てくる話は?」「いいですね、じゃあ美人も出しましょう」「タイトルはどうしましょうか」「とっておきのがあるよ」「なんですか」「ルパン三世