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自称・演芸ブロガーが語る日本演芸(落語・講談・浪曲)ブログ!

転ばぬ先の杖すら捨てて~2019年11月23日 新宿末廣亭 深夜寄席~

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土砂降りの雨の中

今日もトラブル抱えて走り出してゆく

その男はおれだ

バカにつける薬はどこにもないんだ

トータス松本『あーだこーだそーだ!』

  

不格好の輝き

食器洗浄機の中の皿かと思うほどびしょ濡れになって、僕は新宿末廣亭までやってきた。夜の部は人間国宝神田松鯉先生が赤穂義士伝を語られている。松之丞さんは『山田真龍軒』をやられたようで、会場もさぞ盛り上がっただろうと思う。

大勢の注目を集め、数多の異名を持つ講談師が輝きを放つ一方で、日の目を見ることのない芸人も大勢いる。まして、数の多い芸の世界。たった一握りの噺家しかメディアに取り上げられない世界。

でもね、僕は知ってる。

たとえメディアに取り上げられなかろうとも、たとえ大勢の注目を浴びなくとも、凄い噺家さんはたくさんいる。あまりにも注目を浴びていないので、殆ど『個人的に好き』という言葉を多用しかねないほど、僕の趣向にぴったりと合う、素晴らしい噺家が大勢いるのだ。

同時に、これも言っておきたい。メディアで売れているから良い芸だとは限らないということ。あくまでも自分の心がフィットするか、しないか。それが重要だ。

正直、僕の好きな噺家さんに対しては『人気になってほしくない気持ち』と『人気が出て欲しい』という相反する気持ちを抱いている。一生日の目を見なくとも、僕が面倒みるよ、と思うほど面白い噺家さん。同時に、この面白さを全世界に知って欲しい!と思う噺家さん。

この気持ちは一体なんなんだろうな。自分でもよく分からない。でも、確実に言えることは、僕にとって、大好きな噺家さんは、これも声を大にしていうけど、

 

 生きている

 

 それだけで

 

 良い!!!

 

そういう存在なのだ。僕の好きな噺家が生きている。生きて高座にあがっている。言葉を発して、落語の世界を見せてくれる。

もうそれだけで、良いと思いませんか。

今日は、そんな記事。

 

桂伸べえ 粗忽の釘

さっそく、声を大にして

 

 大好きなんだよ!!!

 

 伸べえさん!!!

 

僕にとって、『生きているだけで良い』存在、桂伸べえ。この人はですね、もうね、面白いという言葉を、世界中から集めても足りないくらい面白い。終演後に「めっちゃ面白かったです」しか言えなくなるほど面白い。(会話で伝えるとなると、僕は超短い)

なぜこんなに面白いのか、説明が付かない。説明できない。だって、笑うしかないのだ。もうね、面白すぎて笑うしかない。

いつ見ても新鮮。そう、いつも伸べえさんは新しい。同じ話を何回聞いてもめちゃくちゃ面白い。見る度に面白さを増していく稀有な存在。

急に仕事の話になるけど、社会に出たらみんな一所懸命に働くじゃないですか。それこそ、完璧主義なまでに働く人もいるじゃないですか。でね、僕は完璧主義な人をそれなりに知っているし、憧れてもいるんですよ。

そういう完璧主義な人とは、真逆の、荒々しいまでの野生というか、天然というか、整えられてない感じが、伸べえさんにはある気がするんですよ。(全部褒めてます)

不器用とも不格好とも違くて、伸べえさんが伸べえさんのまま突き進んでいる感じが、たまらなく面白いわけなんですよ。ああ、いいなぁって思うわけ。

飾らない姿とか、落語の世界に浸りきっている感じとか、どこかで考えたであろう独自のワードとか、もうね、全てが凄まじいわけ。分け入っても分け入っても面白いことしかないわけ。種田山頭火なわけ(いみふみこ)

伸べえさんは面白いから、つい見ちゃう。

伸べえさんには、私に『見たくなっちゃう』気持ちを沸き起こさせる強い何かがある。

なんとなく『この人があの落語をやったら、どんな風になっちゃうんだろう!?』という気持ち。これが一番強いかも知れない。だから見たくなっちゃう。どうしても見たくなっちゃう。沢尻エリカがMDMAにハマるのと同じ感覚かも知れない(喩えが良くない)

そうねー、言ってみればMDMAみたいな存在かも知れませんよ、伸べえさんは。あとは猫で言えばマタタビ田代まさしで言えば風呂の小窓、立花隆で言えばNHKみたいなもんかも知れませんね(最後は違う気がする)

とにかく、『無条件で笑える』のが伸べえさんの落語なんですよ。

そんな伸べえさんの『粗忽の釘』が面白く無いわけないじゃないですか。粗忽ぶりを地で行く伸べえさんの突き抜けた粗忽っぷり。これがもう、抱腹絶倒、阿鼻叫喚でした。汗だく大熱演だったから、今日の伸べえさんもかなり気合が入っていたと思う。夜の部を終えたお客さんが、伸べえさんのことを落語家だと知らなかったら、完全に不審者と思われるんじゃないかと心配になるほど、スター・ウォーズのダースベイダーみたいな黒いフードを被っていたけど、いざ、高座に上がった伸べえさんは、やっぱり私にとってジェダイの騎士。フォースが覚醒していた。

なんであんなに面白いのか。考える暇も無いくらい面白い。気が付いたら、隣の人は殆ど笑っていなかったけど、私はぶるぶる震えるほど笑っていた。頬骨が宇宙の彼方へバズライトイヤーしていくかと思った。飛んでいくかと思った。

必死に内臓が飛び散らないように、腹筋を使っていた。腹筋を鍛えられる。表情筋を鍛えられる。ライザップ越えの面白さ。

これだけは言わせて欲しい。大好きな噺家さんの前での僕は、

無力だ。。。

 

 春風亭弁橋 元犬

お初の弁橋さん。春風亭柳橋師匠門下。渋い声と格闘家のような佇まい。切れ長の目と、笑ったときのジョーカーばりの笑顔が素敵な噺家さんに見える。

枕で体を前後に揺らす仕草が珍しいと思った。リズムを作っているのかなと思った。

演目の『元犬』は、『犬が人間になって奉公先へ行く』という話である。

とにかく犬が可愛らしい。人間へと変わる描写にもリアリティがあった。何よりも笑顔が素敵だ。ちょっと怖いけど、犬のまっつぐな瞳が輝いている。

人間になった犬に対する、周りの人々の反応も面白い。弁橋さん自体も肌が白く小柄だから、どことなく白犬に近いものがあるのかも知れない。

他にどんな演目をやられているのか、見てみたい噺家さんだ。

 

 桂伸三 竹の水仙

密かに伸三さんと伸べえさんの組み合わせを僕は楽しみにしていた。そういえば、伸べえさんが兄弟子と共演している会を見たことがなかった。寄席ではもちろん、師匠である伸治師匠がトリの時は見るけど、こういう組み合わせはなかなか無い。僕が行ってないだけかも知れないが。

そんな伸治一門の端正な落語部門を担う(?)伸三さん。凄まじいまでの眼力もさることながら、美しい文字を見ているかのような端正な語り口。独特の『軽さ』があって、すすすっとした筆遣いを見ているようだった。

プロの落語を見る前に、落語教室に通われた方達の落語を見たせいか、なんとなくプロとアマチュアの境目が分かる気がした。アマチュアの方々は、自らの個性や自らの考えが如実に登場人物に反映されているように感じるのに対して、プロの噺家さんは登場する人物がどことなく、江戸に照準を合わせている感じと言えば良いだろうか。いや、上手く説明できないし、物凄く分かりづらいのだけど、一応書いておこう。

落語界のヒーローである左甚五郎や、甚五郎に振り回される周りの人々を、美しく清書するような心持ちで描き出すような、伸三さんの語り口。

来年の5月より桂伸衛門として真打昇進。一体どんな落語を見せてくれるのか、楽しみだ。

 

 柳亭信楽 大工調べ・序二段 恋の山手線

トリを務めたのは信楽さん。最初に言っておこう。

 

 ナイス・ファイト!!!!

 

最初は冗談で「やべー」と言っているかと思いきや、本当にヤバかった信楽さん。こういうの、大好き。

なんていうか、そのチャレンジ精神に熱くなるわけですよ。男として。一人の不器用な男としてね。ぽっぽやの心持ちでね。

駄目かも知れないけど、やってみるか!っていう心意気。そういうのがね、僕は見たい。そして、好き。

アントニオ猪木が『出る前に負けること考える馬鹿いるかよ』と言ったみたいに、信楽さんの高座は最高だった。挑戦に溢れてた。最後に逃げたけど、そこも含めて最高だった。分かる。どんなに頑張っても、駄目な時は逃げればいい。勝てないと分かっても無謀に挑戦して負けたら、またゼロから始めればいい。人生はトルネコの冒険。また一から始めようぜ。

 

道を歩けば、世の中には『整えられたもの』、『綺麗なもの』が所狭しと並んでいるじゃないですか。みんながみんな、綺麗さや整い具合を競い合ってる雰囲気を、僕は感じるときがある。

もちろん、それはとても美しいことだ。女性はみんな綺麗を常に意識しているし、そういう人ほど、とても綺麗だ。Official髭男dismの『Pretender』のような心持ちである。

反対に、不格好なものって、目にする機会が少なく無いですか。

八百屋だったら不格好なキュウリは置きませんとか、商品になる途中で割れた煎餅とか、虫に食われたトマトとか。そういうのを見ると、僕は「ああ、こいつら、俺だな」とか阿闍梨みたいに思うわけ。ボロボロになった草履を見て「この草履は、儂じゃ」みたいな(誰が分かるんだよ・・)

会場の雰囲気も、凄く良かった。信楽さんに思わず「頑張れ!!!」って言いたくなった。それでも、信楽さんは冷静に自分を見つめながら、大師匠である柳亭痴楽師匠の『綴り方教室』、『恋の山手線』なるものを語り始めた。

僕は言いたい。小島聡になった気持ちだった。

1+1は2じゃないぞ。オレたちは1+1で200だ。10倍だぞ10倍

会場のお客様と、信楽さんのファイティング・スピリット。チャレンジ精神。全てがプラスされて、わけのわからない計算式が成り立っていた。

高座で葛藤する姿を見ることができるのも、深夜寄席の楽しみかも知れない。

良かった。とにかく良かった信楽さん。誰も悪口なんて言いませんよ。

僕も、信楽さんと同じように、失敗して恥をかいてきたから、応援したくなるのだろう。

人生には、転ばぬ先の杖を捨てても、挑まなければならない瞬間がある。

そうやって、転んですり剥いて、傷つこうが、泣こうが、世界は回る。時間は流れる。

伸べえさんだって、弁橋さんだって、伸三だって、いっぱい恥をかいてきたと思うけど、それを全部力に変えている。私が見てきた伸べえさんだって、二年前とは見違えるほど、凄くなっている。

演芸ファンの僕が言うのもなんだし、素人が言うのもなんだけど、信楽さんの熱いチャレンジ精神が輝いた、素晴らしい一席だった。

今後、磨き上げられた大工調べを聴ける日がくる。そのときが楽しみでならない。やたらダンディな笑い方をする与太郎さんが印象的だった。

 

ほくほくとした気持ちで末廣亭を出た。まだ雨は降っていた。私は、最高の土曜日になったことを嬉しく思った。

朝は、とても大きな落語愛に触れたし、夜は、とても大きな挑戦を見れた。

マチュア噺家さんでも、素晴らしい芸を見せる人もいる。プロの噺家さんでも、途中で詰まってしまう噺家さんもいる。

僕は思う。人間らしくて、素敵だ。

あくまでも僕個人の思いだけど、人それぞれ、良いところが必ずある。僕は、そういう良いところだけを、これからも見つけ出して、形にしたいと思った。

なんだかんだで、200記事を越えまして、よく続けてきたなぁと、唐突に自分のブログを振り返りますが。

これも全て、支えてくれる人のおかげです。

これからも精進して参ります。

原点に立ち返る思いを抱いた、

素敵な夜でした。

それでは、またいずれどこかで会いましょう。