疒のメロディ
All I want to do is get back to you
Connection, I just can't make no connection.
But all I want to do is to get back to you.
Everything is going in the wrong direction.
The doctor wants to give me more injections.
Giving me shots for a thousand rare infections
And I don't know if he'll let me goどうしたって俺は君のもとに帰りたいんだ
繋がるってことが、俺は今君と繋がることが出来ないけど
でも、どうしたって俺は君のもとに帰りたいんだよ
全てが悪い方、悪い方に進んでいくね
医者は俺にもっと注射を打ちたがってる、
千の珍しい感染症に効く注射をね
だけど、それで医者が俺を解放してくれるかどうかなんて、分からないんだ
The Rolling Stones 『Connection』
Between the Buttons
風邪になるということは、運転中に藪から猫が飛び出してきた時に似ている。
轢く前と轢いた後じゃ、気分がまるで違う。
猫なんて飛び出してくる気配はまるで無かった。視界は良好だったし、気分も良かったし、シートベルトは締めているつもりだった。だが、いざ突然飛び出してきた猫を轢いてしまった今となっては、激しいショックと悲しみで何をすべきか分からない。
猫に首輪なんか付いていたら最悪だった。ピンク色の革製の首輪に鈴が付いていて、その鈴に付属するプレートに猫の名前が書いてあったら、目も当てられない。一刻も早く忘れたいのに、家に帰っても猫を轢いたことを忘れることが出来ない。
猫を愛していたであろう家族が猫の帰りを心配して猫の捜索届を出す。やがて路上で血を吐いて倒れる猫を見つけ、猫を一番愛していた小さな女の子が、泣きじゃくりながら母親に尋ねる。「ねぇ、ミーコはどうして死んじゃったの?」と。すると母親は涙を抑えながら、こう答える「誰かにね。轢かれて死んじゃったのよ」
轢いたのは俺だ。仕方が無かったんだ。あの状況で、轢かない方が無理だったのだ。そうだ。猫は俺に轢かれるために飛び出して来たんだ。そうだ。俺は轢くべくして轢いたのだ。ははは、轢いた。俺は轢いてやった。轢いてやったのだ。俺の後ろにいる猫が、俺の喉元に食らいつく。ううう。苦しい。苦しい。
と、思い詰めるくらいの風邪を引いていた。
病み上がりで書くのもどうかと思ったが、書かないと消化できないので備忘録がてら風邪の記録を。
疒がかかる
12月の初旬から、いきなり頭痛がやってきまして、大丈夫かなと思いきや2,3日で一気に高熱と吐き気諸々もセットで襲ってきまして。医者に薬を貰って飲むも、薬の効果が切れた瞬間に頭痛がやってくる。土日もデロデロに寝込んで気持ち悪く、再び別の薬を貰ったらガツンと聞いて今。という感じ。詳細には語らないのよ。
びっくりするくらい病が酷かった。全身に疒がかかっていた。自己紹介とか「疒(森野)(やまいだれ もりの)です」くらいの感じだった。常に『疒』を背負って生きてる感じで、殆どベッドで寝込んでいた。
不思議なことに、体が悪くなると「もっと体に悪いことしておけばよかったー」という気持ちが沸々と湧いてきた。とても不思議な感覚だった。「煙草吸っとけばよかったー」とか「マックポテト食べとけばよかったー」とか、「シャブ打っとけばよかったー」とかね(最後のは嘘)。なぜなら食べ物が喉を通らない。電車も通らない。
物が食べられないのが辛い。体が1ポンドの肉を欲していてもギャグボールを噛まされて、涎しか垂らすことを許されない犬みたいな状態で、頭に付けられた万力をキリキリと締められ、左右のこめかみが尋常じゃないほど痛むという、地獄の状態のなか、もだえ苦しんでいた。
苦しみの中で、私は二人のオリンピック選手を越えた。
正直、『寝返り』でオリンピックを狙えるところまできた。寝返りに関してだったら羽生結弦を越えている。4回転どころか15回転半の寝返りが出来る。羽生君は氷上を舞うが、私の寝返りはベッドを舞う。共に白い戦場。アイススケートと寝返りは同競技と言って良いだろう(過言)
白井健三も越えている。どれだけ彼が体を捻ろうが、うつ伏せ状態の私の首の捻りには敵わないだろう。1秒で3回首を捻る自信がある。60秒間に180回の捻りを、私は今回の病床で会得した。技の名前は『MORINO Ⅱ』。いきなりⅡなのは、なんかカッコイイからである。
こんな愚にも付かないことばかりを病床で考えながらも、世間のことにはそれなりに目を向けていた。
まず一番のショック。我等が辰兄の訃報である。丁度、らくおもを聞いている時に知ったので、思わず、「えっ!?嘘!?」と言ってしまった。
つい最近、転んで顔面を大怪我し、ヘラクレスオオカブトの背中みたいなデカイサングラスと、整形にしては雑過ぎる傷当てパッドが印象的だった辰兄が亡くなるとは衝撃だった。
料理が上手で娘思いな印象が強く、個人的な思い入れが強いのは『トラック野郎 望郷一番星』でのカムッチャカ役であろう。主演の菅原文太にも負けず劣らずの迫力。これを見るだけでも、梅宮辰夫がどういう役者だったかが分かる。
続いては、鈴本演芸場の文菊師匠の柳田格之進が聞けなかったことが残念である。これはのちにシブラクで聴けるから良いが、やはり『場』の空気は大切で、二年に一度だからこそ、とても貴重な会なのである。行けなかったことが悔やまれる。
お次は松之丞さんの深夜寄席卒業公演。これも体力が無く行かれなかった。前回、伝説の深夜寄席と題して、トリで中村仲蔵をやったことを書いたが、今回もこの目で見たかったというのが正直なところである。
そんな中で、シブラクが一つの目標点になった。病に伏しながらも、「シブラクまでには絶対に治す」という強い思いが沸き起こった。他は何を駄目にしようとも、「シブラクだけは絶対しくじらない」という決意があった。
それほどに、私のシブラクへの思いは熱いのだと思って頂けたら嬉しいし、まだシブラク未体験の人がいるならば、是非足を運んでほしい。
そしてもう一つ。読者が増えたこと。これは地味に嬉しいのである。だって、読者にならなくても、このブログを読むことは出来るからだ。まして、他のところに移行している当ブログである。そんなブログの読者になってくれる人がいるのだから、この嬉しさに勝るものは無いのである。
今思い出したが、12月のどがちゃがに載っていた。これも嬉しかった。たまらなく嬉しかった。だって、2017年の9月にシブラクに出会ってから、ずっと思い続けてきた夢だったから。言葉以上の喜びがあった。今は棚に大切にしまってある。本当に本当にうれしくて堪らないことが重なって、今、なんとかこうして記事を書いている次第である。
まだ、疒が取れたかは分からない。分からないが、これからも、私は私の好きなことを好きなだけ語って行こうと思う。
そして、これは私のオススメだが、演芸の感想はなるべくなら書くことをオススメする。もちろんネタバレとか悪口は無しで。というのも、記憶や感情の整理に繋がるし、何より「自分がどう感じたか」が理解できる。
意外と言葉にすると、生きやすくなる気がする。自分が考えていたことがより客観的に見えるようになる。なんてことは、私が言わずとも色んな人が言っているだろうと思う。
確か凶悪犯罪者は自分を客観的に見る力が一般に比べ、著しく低いらしい。自分を客観的に見るためにも言語化は大事だなと思うけど、どうなんでしょうね。
徐々に本調子に戻っていけるように。記事もウォーミング・アップ的につらつらと書きました。
それでは、また。