落語・講談・浪曲 日本演芸なんでもござれ

自称・演芸ブロガーが語る日本演芸(落語・講談・浪曲)ブログ!

Don’t Stop Believin’

Shine The Light

太陽が昇れば月が沈んで行くように、月が昇れば太陽が沈んで行くように、人生には幾度も光と闇が訪れる。陽光と月光を何度も浴びながら、我々は長大な時間を生きている。長い年月をかけて積もる雪も、夏になればすっかり溶けて透明な水になるように、或いは、春に勢い良く葉を宿した木々が、冬になればすっかり枯れてしまうように、月日はまるで行き場所を求めて歩み続ける旅人のように忙しなく、気がつけば色合いは変わり、一所に留まることがない。

毎朝、目を覚ます度に、自分の心が幸福を受け入れる準備を始める。まるで小さな器を作るように、ゆっくりと体を動かして、心を動かして、パソコンの前に立ち、心を形作る。日によって、大きくなったり、小さくなったりする。それは自分ではコントロールすることができない。何となく、「今日は良い日になるぞ」と呟いてみて、そこに実感があるかどうかを確認する。予感はいつもあって、それはきっと日々の生活の中で確信に変わっているのだけれど、どのタイミングでそれが起こったかということを見逃してしまうことの方が多い。まるで、小さなメダカを両手で掬ってみたものの、指の隙間からするりと逃げていってしまうように、知らず知らずのうちに、掴み損ねた予感があって、それはほんの僅かな温度を残して去って行ってしまう。

少しずつ、自分が変わり始めた。今年になってから、かれこれ11ヶ月も経って、去年とはまるで異なる趣向を持つ自分を自覚する。東京に来てからの3年間は、それこそ落語に夢中の毎日で、それ以外のことは殆ど興味を示して来なかった。ところが、2019年の年末に酷い病に苛まれ、2週間ほど激しい頭痛と原因不明の熱にうなされ、病院で診察を受けたところ軽い肺炎とまで診断されたとき、いよいよもって自分の人生が淵にあるのではないかと思い始めた。崖の淵で眼前に広がるのは、途方もない拡がりを持った海が、荒れ狂い渦巻いている光景であった。もはやこれまでかと思い、情けないとは思いながらも家族を頼った。家族の助けもあって、細々と生き永らえた気分で、2020年を迎えては見たものの、新年早々、身内に不幸があった。

それは、あまりにも突然のことであった。

ほんの2日前まで、笑顔と明るさに包まれていた人が、息つく暇も無くこの世から去ってしまうという事実が、私には信じられなかった。永遠に続くであろうと思える時間が、幻想であるということを突き付けられたように思い、その日から私は、自分の死について考えることが多くなった。

今、死んだとして、十分に幸福であると言えるだろうか。その問いを自らに向けたとき、否、という答えだけが帰ってきた。そして、それはほんの少し前の私にとっては矛盾する答えだった。

自分さえ幸福であれば良いとか、自分は十分に幸福であるという考えが、ほんの少し前の私にはあった。落語を聞き、銭湯に行き、様々な芸術に触れ、言葉を紡ぐ。それ以上に何を望むというのか。それがほんの少し前の私の考えだった。

だが、今は、それまで目を背けていたと言っても過言ではない社会に目が向いた。投資を始めたことによって、大きく自分の趣向が変化するのを感じた。

自分だけではなく、全体の幸福を望む心が私の中で強く熱を持って沸き起こった。それまでは、静かに息を潜めていた炎が、急にぶわっと強くなったように感じられた。それは不思議なことだった。よりよい社会にするために、そして、よりよく社会を生きるためにはどうすれば良いか。私はそんなことを考えるようになっていた。

健全なる精神が健全なる肉体に宿ってくれたらいい。そう思った私は、4月から今日まで、一度も欠かすことなく毎朝のストレッチを開始した。筋力トレーニングを始め、8月にはジムに入会して更なるトレーニングをした。みるみるうちに肉体と心に変化が表れ始めた。自分でもどうすることも出来ないレベルにまで、私の心は登り始めた。まるで、漕ぎだした船が風の力を得て前進するかのように、私はいつの間にか、様々なことを学ぶために進み始めたのである。

自らの欠点を補いたいと、FPの勉強を始めて資格を取得。次なる資格のために今も勉強をしている。学びは本当に楽しい。それまで考えもしなかった自分に出会うことができるからだ。

投資に関しても、成功体験がより私の好奇心を刺激した。一生続けることの一つに投資が加わったことで、社会の見方を一つ手にしたように思った。私は殆どギャンブルというものはやらない。だからこそ、自らが優れていると思ったヒト・モノ・コトに関しては徹底的に調べ、自らの直感を信じる。そして、その成果が結果として結びついた。これほど幸運なことは無いと思うが、コロナ後の上昇相場に乗った体験、そして、大統領選挙、日本の首相の交代など、様々なイベントに立ち会って投資を勉強することができたのは、何ものにも代えがたい最高の経験であると考えている。

毎度、同じことの繰り返しになるかもしれない。それでも、私は何度でも2020年の体験を思い返したい。なぜなら、それほどに私の体験は強烈だったからだ。2020年ほど、多くの人にとって変化の起こった年は無いのではないだろうか。少なくとも、私にとっては今後何十年と生きる人生において、一つの分岐点になったことは間違いない。

30までの間に何ができるか。残り2年となって、ようやく目標が見つかった。

今は、その目標に向かって、ただひたすらに進み続けるのみである。

そして、信じ続ける。自分の可能性を。自分の力を。自分の全てを。