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きっとみんなが『待ちかねた(?)』~2018年11月13日 遊雀式スペシャル 深川江戸資料館~

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日本一お客に優しい落語家だから

 

しまったぁ、こりゃ芝居だったぁ

 

10秒黙ってみましょうか

 

判官が切腹するから由良助は行くんだ

澤村淀五郎の切腹なんか行きやしねぇよ

 

肚だな、お前さんは肚がいけないよ

  午前0時に即完売したという『遊雀スペシャル』のチケットを握りしめ、名演を期待しつつ江戸深川資料館 小劇場に向かった。

 会場に入ると、スーツ姿の50代~60代と見られる男性方が大勢ロビーでお話をされている。あまりにもわいわいガヤガヤしていたので、何を言っていたかは分からない。着物姿の方もいらっしゃったし、ご婦人方も多い。全体的に『遊雀師匠を見に来ている』という方々が多い様子だった。恐らくサラリーマンでも役員クラス、或いはそれなりの地位を獲得したスマートな紳士が多い。また、お綺麗なご婦人や落語会には付き物ののんびりとしたお顔立ちの方まで、二日前の渋谷らくごとの客層のギャップが凄すぎて、正直体と脳が追い付かないとは思いながらも、どんな会になるのだろうと思って期待していた。

 ロビーには昔の名横綱大鵬の展示物が飾られてあった。今回の『遊雀スペシャル』は落語、講談、浪曲の三扇だったので、思わず『巨人 大鵬 卵焼き』にかけて、『遊雀 太福 松之丞』と身バレ覚悟で呟いたが、誰も反応しなかった。

 大鵬の展示物に興味を持ったお客様は私を含めてもそれほど多く無かった。みんなが遊雀師匠やら松之丞さんに胸をときめかせている様子で、三人全てに期待をしている方というのは私だけだったのではないでしょうか(調子に乗っている・・・)

 会場入りして着座。開場時刻は15分押していたが、遊雀師匠が飛んでやってきて「すみませ~ん、申し訳ございませんでした~」と直々に頭を下げていた。最近、なんだか色気の増したと勝手に思っている遊かりさんが受付にいて券を切ってくれた。落語ファンは心が広いので、誰も文句や不満を言わずに会場入りすることができた。

 300人ほどのキャパにずらっとびっしりお客様が並ぶ。志茂田景樹のような髪型の方から、森星似の女性、Twitterではお馴染みのお着物の女性まで、それ相応に個性の際立つお客様もいらっしゃったが、松之丞会では常連の方々の姿は見えず、この辺りからよりはっきりと『遊雀師匠を待っている』客層だということが分かってくる。

 オープニングは遊雀師匠、松之丞さん、みね子師匠、太福さんのかなり豪華なトーク。みね子師匠はお綺麗だし可愛いなぁ。好き。とか思いつつ、松之丞さんと太福さんを誘った経緯を語る遊雀師匠。ここでも松之丞さんの振る舞いが上手くて、「開口一番の太福兄さんでだあっと上がって、私はだらだらっとやって、最後は遊雀師匠で再びズバンっと盛り上がって終わるっていう」というようなことを仰られていて、それに恐縮する太福さんの感じも、いつもの太ちゃんだなぁと思ってほっこり。軽く赤穂義士の話題に触れ、持ち上げに持ち上げられた太福さんと、あくまでも自分がメインじゃないということを自覚して行動する松之丞さんの振る舞いは、なんだかそれぞれに色んな思惑がありそうで面白かった。遊雀師匠も松之丞さんに褒められて(どう褒められたかは書かないけど)、思わず「本音を言えよ!本音を!」と突っ込まれていて、なんだか微笑ましいなぁと思いつつも、松之丞さんの思惑を勘ぐってしまった。

 隅田川馬石師匠から習った『淀五郎』は、今回ネタ卸しだという。事前にネタ出しはされており、太福さんは『不破数右衛門の芝居見物』、松之丞さんが『中村仲蔵』、そしてトリの遊雀師匠が『淀五郎』という、出演者と演目だけで垂涎ものの凄い会だ。

 一体どんな遊雀スペシャルが見れるのか期待大である。

 まずは開口一番。もはや『我らが』という形容が付くほどの浪曲師。

 

 玉川太福/みね子『不破数右衛門の芝居見物』

 万感の拍手と客席からの掛け声(聞き取れなかった)に迎えられて登場の太福さん。マクラでは松之丞さんが後に出るということを、上手く表現して笑いを取る。でも、浪曲の世界で今、太福さんに肩を並べる若手はいないと私は思っている。講談には松之丞、浪曲には太福さんがいる。頑張れ!太ちゃん!と思いながら演目に入った。

 不器用だけれども忠義に厚い、粗忽で無鉄砲だけど人情に溢れる人間をやらせたら、太福さんの右に出る者はいない。オープニングのトークで松之丞さんが「太福兄さんの不破数右衛門。これがねぇ、凄く良くて染みるんですよ。泣き笑いというね」というようなことを仰られていて、まさにその言葉通りの泣き笑いの一席。

 浅野内匠頭の殿中松の廊下での刃傷事件、その後の切腹から一年後。向島で酔っ払いに絡まれた女を助けた不破数右衛門。女は中村座の役者で、助けてもらったお礼にと舞台を見に来てくれという。粗忽だが真面目な不破数右衛門は、武士が芝居を見て良いか堀部弥兵衛に確認する。忠臣蔵という芝居で、浅野内匠頭の刃傷事件が克明に表現されているという噂から、二人は芝居見物に行くことにする。

 芝居の忠臣蔵を見て不破数右衛門は感極まる。今は亡き殿に瓜二つの姿をした判官の役者を見て男泣きする。この辺りの節と言葉が素晴らしくて、不破数右衛門の姿と重なる。芝居なのだが芝居だと思えず、目の前に切腹した殿がいると思い込むほどに感極まる不破数右衛門の姿に、私は不覚にも笑いながらも目からは熱い涙が零れた。判官を「鮒じゃ、鮒じゃ、鮒侍」と罵る高師直に思わずいても立ってもいられず、舞台に上がって高師直を殴りつける。そこで役者の髷が取れて、初めて「ああしまった!これは芝居だった!」と言って反省するが、周りの者から一人で歩くことを禁じられるという話。

 玉川太福さんのこういう熱くて真っすぐな話が凄く良くて、私は大好きである。国本武春さんから教わったという『若き日の大浦兼武』や、『西村権四郎』のような話もとっても良くて、殆ど泣かされるのは太福さんの浪曲である。落語は笑って心が穏やかになるし、講談は誇りと勇ましさに勇気が湧くし、浪曲は人情と心意気に泣かされる。まさか開口一番から胸が熱くなって泣かされるとは思わなかった。

 浪曲は本当に文章にするのが難しい。何よりも音と節は味わってもらわなければ何とも言えないからだ。物語をただ語るだけでは駄目で、その心意気の振れ幅というか、微妙なニュアンスを節で持って流麗に胸に染み込むように語るのが、浪曲という芸の素晴らしさだと私は思っている。加えて太福さんの人間らしさが加味されて、不破数右衛門の粗忽っぷり。決して語られないが、不破数右衛門に芝居であることを忘れさせるような芝居をする中村座。この想像の余地を見事に埋めてくる節と三味線。一度聴いたら、不破数右衛門の真っすぐさに泣くことは必死である。私の隣のお客様はぽかんとしていたし、会場全体が浪曲をあまり知らない様子で、拍手した方が良い場所でも拍手は起こらなかったけれど、私は小さく拍手をしつつ、太福さん、さすがだ。と思いつつ目から零れた涙を拭った。

 たとえ遊雀師匠がトリの会であっても、自分に与えられた役割と浪曲という芸の魅力を引き出した太福さんは素晴らしい。会場の空気感も太福さんの浪曲に反応して笑いが起こっており、特に前列は反応が早い。さすがは落語家トリの会にくるお客様である。

 最高の開口一番を終えて舞台袖に下がる太福さんとみね子師匠。お次はTheの佇まいで登場。

 

 神田松之丞『中村仲蔵

 第一声と間から、あ、今日はちょっと本気じゃないな。と私は思った。それは松之丞さんも認識している様子。何せ、ここは松之丞さんメインの会ではない。あくまでもトリは遊雀師匠。そして、遊雀スペシャルなのだ。

 「本当はね、マクラなんか振らずに入った方がいいと思うでしょ。鶴瓶師匠との二人会みたいに、出てくるなりバンっとやった方がカッコイイの。でもね、今日はそれはやりません」

 みたいなことを言って、山形のマクラで笑いを誘う。この辺りで松之丞さんも客層の感じをつかんでいたと思う。行けるところまでお遊び的な面白マクラを披露したところで、「これ以上のお遊びは止めます」と言って『中村仲蔵』に入った。その前に「今日はね、そういうマクラ振らずにやる感じじゃなくて、泥仕合ですから」というようなことを言っていた。こういう時の松之丞さんは割とガチである。

 内容はと言えば以前ブログにも書いた『伝説の夜』回の『中村仲蔵』と比べると、やはり本調子ではない様子。前半は特に客席のゴッホン、ブホォというような咳と、なぜそのタイミングで笑うのか?と疑問ばかり浮かぶ笑いが起こり、客席にいた私も内心で(なるほど、今日は笑いに寄せて行く感じかな)と思って聞くモードに入る。深夜寄席の時の『真剣モード』に比べると、やはり客層がそれを求めていない感じが如実に伝わってきた。松之丞さんの凄みが笑いの間によって打ち消されつつ、後半はボルテージが上がって真剣味が増していくのだが、やたらと咳が多い客席に聴いている私も若干ペースを乱される。講談というのは、本当に客席が聞き入っていなければならない芸かも知れないと思う。その点、二日前の渋谷らくごは時計の時刻音はあれど、殆ど咳き込まず、誰もが真剣に聞き入っていた。再三にわたって書いているが『芸は演者と客が作る』ということを今回も感じた。今回に関していえば、松之丞さんの真剣な熱意に対して、呼応する客よりも呼応しない客の方が多かったという印象である。

 だから、深夜寄席では印象的だった「堺屋ぁ!日本一ぃ!良い工夫だぁ!」も何度か繰り返されたのだが、間と空間とトーンが微妙にずれていて、最初に聴いた時のような痺れる感覚は無かった。少し残念に思いつつも、後半の見事な迫真の語りは真に迫っていたし、仲蔵の工夫、仲蔵に痺れた観客の様子は何とか善戦していたように思う。ただやはり残念だったのは微妙な間で起こる笑いと、咳込む音だったように思う。まぁ、仕方がないと私はあきらめることにした。この会場にいるのはあくまでも『遊雀師匠を待っている』人達なのである。そして、私もその一人である。

 だからこそ、自分の立ち位置の中で精いっぱいの芸を披露した松之丞さんの芸は素晴らしかった。きっとトリでメインの会だともっと凄いのだろうけども(笑)今回は遊雀師匠を食うという感じではなかった。まだ二つ目という立場上での芸だったと、素人ながらにそんなことを思った。

 「お次は中村仲蔵が座頭になって登場します」とあくまでも遊雀師匠に花を持たせて去っていく松之丞。輝くべき場所で期待以上の輝きを放つ男は、今回の場ではその輝きの位置が遊雀師匠にあることをしっかりと認識していた。良いリレーの後で仲入り。

 

 三遊亭遊雀『淀五郎』

 二日前に見た神田松之丞さん、すなわち講談の『淀五郎』の後で、今度は馬石師匠に習った遊雀師匠ネタ卸し、落語の『淀五郎』。これはそもそも比べてはならないものだと思いつつ、その違いを考えざるを得ないだろうと思いつつ聞く。

 落語に出てくる淀五郎は、とにかく勘違い役者である。判官切腹に浮足立って周りの連中から呆れられる。松之丞さんの講談『淀五郎』とのセリフの違いを考えるのも面白い。「お前のは腹を切る真似をしているだけだ」という講談の團蔵に対して、落語の團蔵は「判官が腹を切るから客は見るんだ。誰が澤村淀五郎が腹を切るところなんか見るか!」と、あくまでも落語の常識に即して発言される。この辺りの淀五郎の苦悩、葛藤の浮き立たせ方というのが決定的に違う。松之丞さんの講談の淀五郎は本気で絶望している様子だが、遊雀師匠の落語の淀五郎は少し軽い。本気で死ぬ感じじゃないなぁと思うのは、やはり落語がそこまで真剣に聴く話ではないからだろうか。

 中村仲蔵に出会うシーンや中村仲蔵の雰囲気も、講談と落語ではまるっきり違う。はっきり言って、講談の中村仲蔵を落語に求めたらガッカリする確率の方が高い。松之丞さんの講談の中村仲蔵の姿は、苦労して苦労して苦労して、芸を極めた者の至高の言葉のように感じられたが、遊雀師匠の落語の中村仲蔵の姿は、まんま落語界の芸人のようなアバウトな言葉に感じられた。特に松之丞さんの講談の仲蔵は具体的なアドヴァイスを淀五郎にする。腹を切る時の所作、耳の裏への仕込み、そして肚。この辺りの語りと間とトーンが、唯一無二の座頭、中村仲蔵を想像させたのに対し、遊雀師匠の落語の仲蔵は「あとは肚だな、肚」とか「本当に腹を切ったことは無いが、聴いた話によると腹を切るときは寒いって思うらしい」という言葉を聞いて、少し「あれ?軽い感じの歌舞伎の世界だな」と思った。二日前の記事で感じた伝統芸能の世界の厳しさを感じた講談の『淀五郎』に比べると、落語の『淀五郎』はあくまでもオチを言うまでの一つの過程に過ぎないのかも知れないと思った。ネタ卸しだからそこまで真剣に評価をするものではないと思ったが、今の私が思ったのはその辺りである。

 仲蔵の助言を受けて舞台に立ち、見事な切腹を決める淀五郎。最後の「待ちかねた~」で終演。同じ四段目の演目をやっていても、落語の『四段目』と『淀五郎』の四段目の語りは違う。そのニュアンスと語りのリズムの違いを知ることが出来て興味深かった。どちらかと言えば落語の『四段目』のような語りが実に落語らしいし、オチも見事に決まっている。今回に関して言えば、私は講談の『淀五郎』を、講談の『中村仲蔵』とセットでオススメする。今まさにそれをやっているのは松之丞さんただ一人。是非とも出会ってほしいと思うものである。

 遊雀師匠と言えば、十八番の『堪忍袋』や『宗論』のような爆笑派のイメージが強い。喬太郎師匠とはまた違ったベクトルで古典を面白おかしく演じられている方である。特に女形が素敵で、寄席で『堪忍袋』でどかどかウケているのを見るのは気持ちがいい。出だしの「殺すなら殺せ~」の感じも面白い。

 ただ、私は遊雀師匠に爆笑を期待していた分、淀五郎や中村仲蔵のようないわゆる芝居話は正直期待していなかった。感想としては「ふ~ん、こんな感じかぁ」という印象を抱いている。とてもらしい太福さんと、また違った松之丞さんの一面を見ただけでも良かったし、四段目と淀五郎での語りの違いなども感じられてとても良かった。

 午前0時にチケットを取ってから、今日までかなり『待ちかねた』。正直に言うと、それほど痺れる会という訳でも無く、個々の良さを改めて認識した会になった。私的には今日一は玉川太福さんだったかなと思う。

 さてさて、そんなわけで遊雀スペシャル。あくまでも遊雀師匠がメインの遊雀式だったということで、熱心な私のブログ読者には、私の熱意が低調子であることが分かってしまうかと思われますが、これにて失礼。

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